神戸/大河内
相棒9:神戸尊/大河内春樹
秘めごと
「っ、待て……」
らしくもなく上ずった声が、神戸を制止する。すっかりその気になって閉じていた目を開ければ、戸惑う上目遣いとぶつかった。
「少し、落ちつけ……」
大河内は動揺に喘ぎながら目を伏せる。
「なに言ってるんですかこの状況で」
ねだるつもりで唇を押し止める指を舐めると、その指先がひくりと震えた。
「なにを……そんなに怖がってるんです?」
問いかけながら指先をかじり、歯と舌で指を責める。指などではなくて、全てがほしいのだと訴えるために。
「……なにもかもだ」
押し殺した低い声が答えた。
神戸は大河内の指を嬲りながら、横目で視線を室内に泳がせる。
きっちり閉まった分厚いカーテン、余計なものはいっさい置いていないリビング、床にも塵ひとつない。この家は潔癖で神経質な彼そのものだ。家宅捜索などされても困らないだろう。それでも彼は恐れている。
なにひとつ汚点などない潔白な大河内監察官の、唯一の醜聞。
警察官でなければ……いや、弱みを見せられない要職に就いていなければ、そこまで徹底的に隠すこともなかったかもしれない。
「罪を犯してるわけじゃないのに……」
思わず呟いた神戸に、大河内は濡れた目を向けてくる。
「いっそ罪なら……潔く断ち切れたかもな」
この上もなく警察官らしい、だがあまりにも切ない発想だった。神戸は言葉もなくただ大河内を押さえつけ、その唇を乱暴に吸っていた。
二人の関係が明らかになったとしても、直接的に組織から排除されるわけではない。しかし男社会での信用は地に落ち、明確な理由もなしに疎まれ、居場所を失って自主的に立ち去ることを余儀なくされる。懲戒免職よりもひどい。
全てを捨てて今の部署を選んだ神戸でさえ、それは目の前が真っ暗になる未来だった。キャリアなりに苦労して上りつめた大河内を襲う絶望は想像もできない。
ただ人と少しばかりちがう愛のかたちを選んでしまったというだけで、この世界はこんなにも生きにくい。神戸にはそれが腹立たしく、やりきれなかった。
苛立ちのまま、荒々しい口づけをつづける。
今度は大河内も止めなかった。二人は互いを抱きしめ、今ここでしか許されない愛を貪ることに没頭した。
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