三成と吉継
真田丸:石田三成/大谷吉継
襖を開けかけた信繁が、素早くしかし静かに戸を閉めなおす。
どうした、と尋ねようとする吉継を制し、彼は「石田さまが」と囁いた。
吉継は信繁にこの場で待つように言い、薄暗い御文庫へと足を踏み入れる。
三成は、座って書を開いたまま眠っていた。眉間に皺を寄せたままで、うたた寝のあいだすら気を抜いているように見えないところが彼らしい。
起こす気はなかったのだが、吉継の気配を察したか三成はすぐに目を覚ました。
「……これは! みっともないところを……」
めずらしくあわてた顔で、すぐ立ち上がろうとするもよろめきひざをついてしまう。諦めて座りなおした彼の傍らに、吉継は笑いを噛み殺しながらかがみ込んだ。
「お疲れのようだが」
「いえ……気がゆるんだだけでしょう」
目をしばたたかせて軽く頭を振った三成は、手にしていた書を棚へと戻した。
とは言うものの、目の下の隈も濃く、鬢もほつれている。
「控えめに言って、ひどい顔だな」
無遠慮な言葉を投げかけたところで、こちらを向こうともしない。
「九州から急ぎの報せがまいったもので」
声だけは常と変わらず、なんの心も見せようとしないのが見事といえば見事だ。事実、なにも感じてはいないのだろう。自らの疲労も、吉継の気遣いも。
このような無理をするから、この男からは目が離せないのだ、と苦々しく思う。人に任せれば済むことまで抱え込んでしまうのは、三成の悪癖だと吉継は思っていた。
「今宵はもう仕舞いにされるがよろしい」
「そういうわけには……」
今度は筆を取ろうとした手を、止めるつもりでとっさに握った。
その手がひどく冷たいことに驚いて己に引き寄せる。これには三成もはっと顔を上げ、怪訝な目を向けてくる。
「なにを……」
「こんなところに夜通しおっては風邪をひくぞ。九州の件は明日でもよいではないか」
説教めいた言葉を口にしながら、冷たい手をさすってやる。三成は眉間の皺を深くしたが、手を引き戻す様子はない。表向きの物言いは固くても、やはり気安い間柄ではあった。
なんとはなしにその手を口元へ引き寄せたところで、三成は閉ざされた襖のほうをちらりと一瞥し呟いた。
「……源次郎がおります」
「誰もおらぬ」
平然と嘘をつけば、呆れたような顔で見返される。
戸の向こうにはあきらかに息をひそめた気配がある。へたをすれば、早鐘を打つ胸の音まで聞こえてきそうだ。あの敏い若者は、吉継の一言で己の役割を悟ったにちがいない。
噴き出しそうになるのをこらえ、三成の手を己の唇に当てようとした吉継に、三成はようやく逆らい手をふりほどいた。
労るつもりであったが、気分を害しただろうか。
詫びようと頭を下げかけた吉継の頬に、冷たい手が触れた。
「……………」
目を上げると、息がかかるほど近くに相手の顔があった。いつもどおりの無表情で、伏せた目は吉継の唇を見つめている。剣呑な、甘やかさなどまるでない眼差し。だがその意味を吉継は誰よりもよく知っていた。
我知らず身を引きたくなる。
「待たれよ、源次郎が……」
「おらぬのでしょう。ならば憚ることはない」
平然と、しかし二人だけの睦言には似つかわしくない明瞭な声音で、三成は吉継の言葉を遮った。外にまで聞こえたことはまちがいない。
これだから……と思いながら吉継は三成を抱きとめる。
「……ああ。そうであった」
これだから、この男から目が離せないのだ。
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