由利/三津木

2020_探偵由利麟太郎,[G]


その「想い」を表現する言葉を、ずっと考えている。

暗闇の中で偶然、手が触れた。
いけないって思った。失礼だからすぐ離れなきゃって思うのと同時に、なぜか離したくないという気持ちが湧いてきて、映画どころじゃなくなった。
そもそも、それほど観たい映画だったかといえば、しばらく待って配信でもいいかなというくらいの期待値で、好きな女優は出てるけどメインじゃないし、こんなに脅かされる展開だとは思っていなかったし(スプラッタは大丈夫だけどホラーはちょっと苦手だ)、今ぜんぜん集中できていない時点で内容はもう問題じゃない。

いちおう作家の端くれとして、「敬愛」と「恋慕」の差異くらいはわかっているつもりだ。
確かに先生は見た目だけでも十分に魅力的で、その身体に触れたらどうなるかと興味もなくはないけれど、どちらかといえば単純な好奇心に近い。自分とどうこうまではさすがに考えられない。そういう下世話なリアリティとは無縁の人だと思っている。
ほんとうに同じ人間なのかなって思うことさえある。神秘的で、侵しがたくて。なにを考えているか読めない瞳に引きずり込まれそうになるから、子供っぽくはしゃいでおどけて、自分を現実にとどめようとする。
今日だって、もらい物と言うときに前売り券だと不自然かもしれないと、金券ショップでわざわざ招待券を買って。二枚あるから一人で行くのはもったいないなんて苦しい言い訳で縋って。
そこまでして先生と映画を観たかった理由も、今となってはよくわからない。このレトロな劇場に二人で来たかっただけかもしれない。
ただ手が重なったとき、その熱にはっとした。自分のやわな手とは全く作りがちがう、力強い大人の手。血が流れている、呼吸をしているという実感さえなかったのに、自分よりも体温の高い肉体がそこにあることに気づいてしまった。
それから先の、スクリーンで起こったことなんてほとんど覚えていない。

外に出るなり白い日差しが眉間を刺す。正気に戻れ、と言われている気がした。
だから食事はどうするかと尋ねられたとき、なんでもない顔で近くの店を検索すればよかったんだ。なのに、切りっぱなしのスマホの電源すら入れる余裕すらなく。
「先生」
やめとけ、と冷静な自分が言う。引かれるだけだし、最悪クビって言われるかも。今の関係を壊すようなこと……わかってる、わかってるけど。
こちらを見返す瞳はいつもどおり優しくて、つい引き込まれた。
口をついて出てきたのは、大仰な告白でも生々しい欲望でもなく。
「手……つないでもいいですか」
たった数秒の沈黙が永遠に思えるってこと、本当にあるんだ。
ポケットから出された手がコートの裾を払って、そして恭しく伸べられた。シャルウイダンス?なんて台詞が勝手に脳内再生されるほど、優雅な所作で。
自分から言ったくせにあわてて袖口で手汗を拭って、震えないようにおそるおそる手を出す。
指が触れると、先生がかすかに微笑んだ。
「お手……に見えるな」
「ちょっと先生!」
思わずツッコミを入れそうになった勢いで、その手をぎゅっと握りしめていた。自然と距離が近くなって、顔を上げると優しい目がすぐ近くにあって。ごくあたりまえに、この距離を許されているのだと気づく。
「……いいですよ、どうぞ散歩に連れていってください」
肩をすくめてみせれば、彼はそれこそダンスでも始めるかのようにすいとぼくの手を引いた。
「敬愛」は消えていないけれど、「恋慕」にも似た胸の高鳴りは抑えられない。でも手をつないで……肌が触れ合っているだけで、充足感は過ぎるくらいだった。くすぐったいような、ふわふわした感覚。

その「想い」に名前をつける必要なんてないのかもしれない。
今のところは、まだ。

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