景勝/兼続
春遠し
寒さには慣れている。
兼続はかじかんだ手をさすってから、再び筆をとった。
暑かろうが寒かろうが、兼続がなすべきことは常に山積みだ。それが勤めであり、手が空いてはむしろ落ちつかない。城が変わり領地や領民の顔ぶれが変わろうとも、変わらず忙しい日々が兼続をまっすぐ立たせている。自分が傾いてしまっては家まで傾いてしまう、という責務と自負があった。
「……さて」
兼続は背筋を伸ばし、眼前の書状に向かった。休んでいる暇はない。
冬は日が落ちるのが早い。
領主たる男の室にもすでに灯りが入っている。
「……堤の普請は、雪解けを待って取りかかる手筈にございます」
兼続は領内城内の諸々を主に報告しているあいだ、それとなく相手の様子を窺う。今日に限って特別なにか引っかかるというわけではない。長年の癖のようなものだった。
「それでよい」
脇息に寄りかかる景勝は物憂げに答える。話は聞いているのだが、重ねての問いや提案はない。相槌を打っては杯をあおる、そのくり返しだった。
無論、かつてはそうではなかった。
だがこの地に来てからは、にこりとも笑わず、言葉すらめったに発することもなく、たまに訪れる徳川方の使者などは、気難しく人嫌いゆえ声もほとんど聞いたことがない、とぼやき露骨に敬遠しているほどだ。
燭台に照らされた顔は、ひどく老け込んで見える。ということは、己もそうなのだろうと兼続は至極冷静に考える。
たしかに若くはない。だが、隠居にはまだ早い。
景勝の傍らにある火鉢の炭が、ぱちりと爆ぜた。それに合わせて景勝が羽織の襟を引き寄せ肩をすくめる。
「炭を足しましょう」
「いや……」
この場合、主の言葉を拾う必要はない。人を呼ぶのも却って手間に思えて、自ら腰を上げる。
兼続が炭を持ってきて足すのをぼんやりと眺めていた景勝だったが、ぽつりと呟いた。
「寒いか?」
兼続が、と問うているのだ。
「……いえ。越後と大差ございませぬゆえ」
向きなおって無表情に答える家臣を、景勝は見つめた。
「それは、寒いということだな」
景勝はすぐ傍らにいる兼続の手に触れる。酒を飲んでいたからか、景勝の手のほうがわずかに暖かい。だがほんのわずかだ。主の熱を奪ってしまうのではないかと兼続が手を引きかけると、主のほうからその手を握りなおした。
大きな手が兼続の首を抱き寄せる。首に触れられればやはり冷たいが、それより重ねられた唇に意識がいく。
目を伏せた景勝の顔を間近に眺めながら、兼続は酒の味と熱を受け取る。
新しい炭が爆ぜるかすかな音が、合図に聞こえた。
「御免」
鼻先で囁いて、恭しく主の体を倒した。長い腕が絡みついてきて兼続の自在にはならない。かといって景勝が組み敷こうというのではないのだ。床の中でもないのに衣を引きはがすのは互いにためらわれ、布越しのもどかしい触れ合いとなるのも常だった。
火鉢の中で燠が静かに赤さを増している。燃え上がる炎などは見えないけれど、芯は熱く燃え、時折こらえきれずに弾ける。
寒さには慣れている。
どこであろうと雪は冷たく重いもの、冬は冷え込むものだ。黒い髪にも霜が降りるほど幾歳も重ねてきた冬は、今さら少しばかり北に移ったところで新鮮な驚きなどない。
二人とも慣れている。
凍える冬にも、敗者の暮らしも、先が見えぬ日々も。
こうして互いを慰め合い、極寒と寂寥をまぎらわせる夜も。
混じり合う熱い吐息を感じながら、兼続は景勝の腹へ手をすべらせる。衣の内側までは冷えていない。腹の奥なら、なお熱い。
冷たさとこそばゆさに身をすくめた景勝が、小さく笑った。久方ぶりの笑みだった。
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