るひま祭シリーズ
「ぅん……」
傍らに人のぬくもりを感じながら気持ちよく微睡んでいた盛長は、妻戸の隙間から差し込むほのかな光にはっと目を開けた。
夜が明けきる前に身支度を調えて主の一日を始める用意をしなければならない。
飛び起きようとしたが、片袖を引かれる。
夜着の袖を、頼朝の頭が押さえつけていた。
相手の懐にうずくまって眠る癖のある主は……女相手ではどうか知らないが少なくとも盛長が相手だといつもそうだ……今も盛長の袖を枕にしている。
「……………」
動けば確実に頼朝を起こしてしまう。
なんかこういうの中国の昔話にあった気がする、と思いながら空いた片手で顔を押さえた。
安らかな眠りを妨げるのが心苦しいというより、寝起きの頼朝はひどく面倒なのだ。機嫌を損ねて当たられることもあれば、ぐずぐずと寝床から出ずに日が高くなるまで駄々をこねたりもする。その全ての相手をするのは盛長しかいない。
深いため息と愚痴を飲み込んで、盛長は顔を押さえたまま考え込んだ。
枕元の刀に手は届くが、まさか故事に倣って本当に袖を切るわけにもいかない。いっそ夜着を脱ぎ捨てて裸で抜け出せばいいのか?
真剣にそこまで考えて帯に手を伸ばしたとき、頼朝が小さく呻いて寝返りを打った。
ここでうまく反対側に転がってくれれば!という盛長の必死な願いも空しく、主は盛長の腰を抱き寄せるように腕を回してきた。そればかりか、裾を割って脚を絡めようとする。
「盛長ぁ……」
明らかに夢の中で呼びかけている声は、甘ったるい睦言を囁くときの調子で、つまり寝る前の状態を引きずっているということだ。残念ながらこれもよくある。
自力で抜け出すことは不可能だと判断した盛長は、頼朝の頭を抱き寄せ、できるかぎり穏便な声音で囁きかけた。
「殿」
「ん……?」
夢の中で返事をする頼朝は、まだ起きていないのだろう、楽しげに微笑む。顔だけ見ていれば初心な生娘と見まごうばかりの造作だから、余計に盛長をやるせない気分にさせる。
「……殿はそのままおやすみになっていてけっこうですから、私が起きることをお許しくださいませ」
ゆっくりと言い聞かせながら、絡みついてくる手足をそっと引き剥がそうとした。だが頼朝は肩をすくめ、ふふっと笑う。
「許さぬ……」
袖を切ればよかった、と盛長が思ったのは、まだ半分以上寝ているであろう頼朝の半眼が、自分を真上から覗き込んだときだった。
「まだ夜明け前じゃ……」
「とっ……」
殿、と諫めるはずだった声は、頼朝の唇に阻まれた。眠たげにしかしねっとりと絡んでくる舌は、夕べの営みを盛長に嫌でも思い起こさせる。
あのとき、頼朝の目を濁らせていたのは酒だった。今と同じように家臣を組み伏した主は、都の白拍子も青ざめる艶笑で盛長を籠絡した。その戯れが現状から目を背けたいだけだとわかっていても、盛長は主の求めを拒むことはできない。
「っ、殿……っ」
首筋に唇を這わせ、胸の硬い突起を吸い上げ、頼朝は再び盛長を夜に引きずり戻そうとする。応えて昂ぶってしまう体をなんとか鎮めようとしたが、腿のあいだに頼朝の熱を押し込まれて息が止まる。
「殿、夜が明けます……」
かすれる声で必死に訴えた盛長を、頼朝は昏い笑みで受け流した。
「朝など来ぬわ……永劫にな……」
女よりも細い腰と、侍というには柔和すぎる顔立ちは変わらないのに、相手が盛長だからか常は見せない手荒さが加わる。
今もろくに馴らしもせず、夕べ散々犯した後ろへ容赦なく押し入ってきた。その形も硬さもすっかり覚え込まされ、どこで力を抜けばいいのか、痛みを軽くする方法もいつの間にか身についていた。
「ぁああっ……」
甘い声を洩らし、男の胸に頬をすり寄せながら腰を揺らす。それが鄙びた遊び女ならば、盛長もどれほど気が楽であったことか。
「んぅっ……」
声が洩れそうになるのを噛み殺し、突き上げてくる痛みと快感に流されないよう、拳を握りしめていた。
「ぁんっ、あ、ぅあ……っ」
頼朝のほうが犯されているかのような喘ぎに、盛長はいつも惑わされる。受け入れさせられ翻弄されている自分の立場を忘れそうになる。
なにも今朝だけの話ではない。
外で小鳥が鳴いている。厩もざわついてきた。
「殿……もうよろしゅうございますか……」
「……………」
頼朝は小さく首を横に振り、盛長に抱きついたままで目をつぶった。
また袖が彼の頭の下に敷かれている。だがもう切っても無駄だ。頼朝が枕にしているのは、盛長の腕だから。
盛長は今度こそ深々とため息をつき、顔を押さえて自分も目を閉じた。
幽囚の御曹司が美しい姫君と運命の出会いを果たす、一年ほど前のお話。
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