清盛/盛国

2012_平清盛,[R18]

平清盛:平清盛/平盛国


夜更けに自室で書を開いていると、荒々しい足音が近づいてきた。
だれかと見極めるまでもない。盛国は身体ごと振り返り、居住まいを正す。
「御用でございますか」
無遠慮に踏み込んできた黒衣の男を、折り目正しく迎える。男は……盛国が仕える平家そのものである男は、不機嫌そのものの顔で答えた。
「用など……ない」
手には酒の入った大きな瓢を提げている。酔っているのだなと見当をつけ、ひとまず中へと促す。
「ただ今、盃をお持ちいたしましょう……」
「いらぬ」
吠えるように答えた清盛は、瓢に口をつけ一気にあおった。
「殿……」
ただならぬ様子に酒を取り上げようと腰を浮かしかけたが、しかし思いとどまる。酔いたいだけなら、ここへ来ても意味がない。あえて一人で盛国の元へやってきたということは……
「盛国」
「はっ」
律儀に頭を下げる家人には目もくれず、清盛は低く呻った。
「俺は、もののけか? けだものか?」
「……………」
平氏の棟梁に、かつて都を支配していた物怪……白河院の血が流れていることを知らない者は少ない。その噂と並んで、武士の勢いに恐れをなした公卿たちが、最も名を売っている清盛を獣のようだと蔑んでいるのも、今に始まったことではない。
若いころのように気の向くまま怒りを外へ向けることができる立場でなくなってかなり経つ。本来の性を押し殺して棟梁としての選択を迫られることが格段に増えていた。その積み重ねが、時折こうして昏い心を噴き出させる。家の内にも外にも、妻にすら見せられぬ心を。
盛国は小さく嘆息し、清盛の手から瓢を取り上げる、ふりをする。盛国の腕をつかんだ清盛の目には、弾ける寸前のあらゆる感情が込められていた。
「殿?」
囁くと、鬼瓦のような顔が歪み、強い力で引き寄せられた。清盛の腕に倒れ込みながら、盛国はひそやかに微笑む。これでいい。そのために主がここへやってきたのなら、それに応えることのみが盛国の役目だ。
「く……」
半ば突き飛ばされるようにして、うつぶせに床へと押しつけられる。盛国は身体の下で、手早く衣の紐をゆるめた。不器用な主が力任せに引いて結びを固くしてしまったり、苛立ちで引きちぎられることのないように。
その気遣いを悟ることなく、清盛は容赦なく盛国の袴から先に引き剥がす。
下帯を乱暴にゆるめられたときにはさすがに身体がこわばったが、初めてのことでもない。今夜は荒れているのだなと思った程度だった。
肩越しに見返ると、清盛はまた酒を飲んでいる。瓢の口をくわえた彼と目が合った。
先ほどまでの苛立った表情はなく、ただ黒い瞳が盛国を見つめる。こうなったときが最も危ない。正面から相手をしてはなにが起きるかわからない。
清盛は瓢を逆さにし、己の手に酒を受ける。その手の真下にある盛国の尻が酒に濡れた。這って逃げようとする盛国の下帯を掴み、清盛はなおも酒を哀れな家人の上へこぼす。腿を伝う冷たさが不快だったが、それどころではない。
「なりません、それは……っ」
諫める声など今の主には届くはずもなく、酒に濡れた指が後ろへねじ込まれた。
「んぅ……っ」
洩れそうになる声を懸命に噛み殺す。
酒精は飲まずとも効くのだと、盛国は身をもって知っていた。ときには口から飲むよりも強く効くことさえあるということも。
昔より酒に強くなったとはいえ、あくまで昔と比べての話。今はまだ己を抑えられるが、酔いがまわるのもすぐだろう。そうなったら、まともにこの務めを果たせるか……
「殿……これでは……」
「かまうな……ともに、けだものに堕ちようぞ」
いかなる気持ちもこもっていない平坦な声音に、寒気を覚えた。快活で磊落な「平清盛」はなりをひそめ、情けの心をどこかへ置いてきた獣だけが、盛国を食らおうとしていた。

頭に霞がかかったようだ。
「ふ……」
盛国は座り込んだ主の前に這いつくばり、その猛々しい逸物をくわえていた。息をすることさえままならず、それでも口を離すことができない。同じ行いでも、もっと確実に主を悦ばせるすべを知っていたはずなのだが、思うように舌が動かないのは酔いのせいだろう。
もっとも、それを怪訝に感じる頭さえどこかへいっていた。ただがむしゃらに舐め、吸い、主がどのような顔でその痴態を眺めているかなど、思いも至らなかった。
「ぅ……おおっ……」
やがて低い呻きとともに、清盛が達する。
口の中にあふれた精をそのまま飲み込もうとするが、咽せてほとんどをこぼしてしまう。
「も、申しわけ、ござ……」
「かまわぬ」
気遣うというよりは、どうでもいいとばかりにぶっきらぼうな声が降ってきて、酒を突き出された。盛国は考えるよりも先にそれを受け取り、喉へ流し込んだ。酔いを恐れる心さえなくなっていた。
清盛が濡れたあごを掴んで、顔を覗き込む。向けられた目がひどく冷たい気がして、盛国は火照る身体を自ら抱きしめる。身体は欲しがっているが、なにが欲しいのかわからない。
肩で息をしながら、目の前の主にただ懇願することしかできなかった。
「殿……どうか、どうか……」
清盛の眉間に深い皺が寄り、盛国の肩を掴む。一門のだれよりも隙のない、生真面目な直垂は、今ばかりは辛うじて身にまとわりつく布でしかなかった。
再び床へと押し倒されるが、今度は天井が見える。その視界を覆うように乗りかかってくる清盛を、盛国は躊躇うことなく両腕で抱きとめた。
「くぅ……」
小さく呻きながら、清盛が盛国の中へ押し入ってくる。酒で濡らされ、そして二度ほど犯されたそこは、拒むこともなく容易に主を迎え入れた。
「あぁっ、殿……っ」
呵責もなく腰を叩きつけてくる主に、振り落とされぬようしがみつく。腰から突き上げてくるのが痛みなのか快さなのか、区別もつかない。ぐちゃぐちゃと卑猥な音をさせて己の中をかきまわしているのが、たった一人の主であること、それだけが今の盛国の全てだった。
この男が望むから、どのような雑事もあるいは一門の大事も引き受ける。ともにいられずとも、主のためと思えばこそ、彼を送り出し留守を守る。
だが、ひとたび理性を引き剥がされた心は、愚直に清盛だけを求めていた。
黒い心で妻を抱けぬのなら、毎夜でも犯しにくればいい。決して拒むことはない、貴方の全てを悦びと感じる男を抱けばいい。
そんな本音さえ言葉として紡ぐことができず、盛国はただ悦楽に身をよじる。清盛という悦楽に。
肌がぶつかる音が大きくなる。最奥を深く突かれ、思わず息が止まった。
「あ……」
二人の鼓動が全くひとつに重なったのを感じた、その刹那。
全てが白くなり、そしてなにも見えなくなった。

目を開けると、真上に主の顔があった。怒ったような顔で盛国を見下ろしている。だが盛国は知っていた。これはひどく困惑し、心から人を案じているときの表情だ。
気を失っていたのは、ほんの一時だったらしい。清盛の衣が少しも直っていないのを見てそれを悟る。
先刻の狂乱が嘘のように、いつのまにか頭が醒めていた。
「と、殿……」
かすれ声で呼びかけると、清盛は大きく安堵の息を吐き出した。ここへ来たとき、苛立ちに塗りつぶされていた瞳は、もういかなる心も隠していない。
「……すまん」
ふてくされた声で謝る顔を見れば、眦の端が濡れている。
盛国は苦く笑いながら、その顔に手を伸ばした。身体が痛むがどうということはない。
「棟梁ともあろうお方が、気安く謝られますな……」
指先で清盛の濡れた目元を拭う。
うなだれる清盛など、下の者に縋る清盛など、見たくはない。どれほど過酷な命運にも耐えて堂々と立っている男こそが、盛国が仕えてきた平清盛なのだ。
そうとでも思わなければ……
「己が、贔屓されているのだと思いたくなります……」
「なにを言うておる」
清盛が涙を浮かべたまま笑った。
「幼きころより、わしのいちばんの贔屓は鱸丸じゃ」
「……………」
言葉を失ってただ見上げるだけの盛国を、清盛はどこか躊躇いを感じさせる仕草で、ぎこちなく抱き寄せる。
「清盛、さま……」
哀しくも優しい、もののけの腕に抱かれ、盛国の目からも涙が伝い落ちていた。

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Posted by nickel