魁利/透真

2018_ルパパト,[R18]

新しい隠れ家はジュレよりも広くて、それぞれの部屋も離れている。
快盗をつづけるためという大義名分はあったが、そうでなくても指名手配中で顔と本名を世に晒している自分たちが、今さら平気な顔で一般市民に戻れるはずもない。
だからここには以前と変わらず、魁利と初美花と透真、それからここを別荘代わりにしているノエルの部屋が用意されていた。
昼間の仕事はそれほどないが、執事の手伝いをしているだけでも一日はそれなりに過ぎていく。
いつまでこの日々がつづくのかという問いを、自分たちも新たな共犯者も、あえて口に出すことはなかった。

厨房を片づけ、やすむために自室へ戻った透真は、思わぬ肌寒さに身をすくめた。開けた覚えのない窓が開いている。
揺れるカーテンが強い風もないのにめくれて、月明かりを部屋へいざなう。
窓枠に、ドレス姿の婚約者が腰かけていた。
「彩……」
暗がりの中、月を背にした彼女の表情は見えない。だがくすりと笑ったのは聞こえた。
身軽に床へ降り立ち、こちらへ歩いてくる彼女に透真も近寄ろうとする。だが次の瞬間、すっと身をかがめた彼女の動きに、体に染みついた防衛本能が半ば強制的に呼び起こされた。
「……!」
勢いのある上段蹴りを紙一重でかわしたところで、正面から拳がくり出される。鼻先に風圧を感じたところで、彼女は的確に拳を止めた。
そして静かに笑い出した。
「ノエルくんに教わったの、どう? 今ならわたし、透真に勝てるかもしれない」
「……不戦敗だ」
両手を挙げて本心からの言葉を吐き出す。
手を下ろした彩も、照れくさそうにドレスの裾を払った。
「昨日は……いきなり帰っちゃってごめん」
「いや、当然だと思ってる」
昨日も彼女はこの部屋に来た。もちろん勝利や詩穂と同じく、正面の玄関から。
だが透真が意を決して打ち明けた告白……懺悔と言ってもいい……を聞かされた彼女は、怒りとも悲しみともつかない表情で部屋を出ていってしまったのだ。
「二度と会えない覚悟もしてた」
透真の真剣な言葉に、苦笑した彩はベッドに腰かける。
「魁利くんは、言わないほうがいいって言ったんじゃない?」
「……ああ」
「それでも黙ってられないのが、透真らしいよね」
彩に打ち明けたのは、彼女がいないあいだの、魁利との関係。恋愛感情はなかったが、事実として彼女を裏切ったと透真は思っている。
無事に彩が帰ってきたからこそ、無事に再会できたからこそ、それを隠蔽するという選択肢はなかった。むしろ、彼女に断じてもらうしかない罪だと思った。
「ずるいな、そういうの」
自分のひざに頬杖を突いて、麗しき女快盗は恋人を見上げた。
「透真は……わたしが体を売ってまで透真を救ったら、わたしを許してくれる?」
予想もしない言葉に息を飲み、そしてその仮定に嫌悪感を覚えて眉を寄せる。だが言われるままに、自分がどう感じるかを考えてみた。
「……俺自身を許せないだろうな」
自分の不在が、彼女にそんな選択をさせたとしたら。自らを傷つけた彼女を責めることなど、できるはずもない。
透真の表情が目に見えて曇ったからか、彩の頬からもいつのまにか笑みが消えている。
「わたしも、同じとこに落ちついちゃった。透真に対しても、魁利くんに対しても」
裾をさばいて立ち上がった彼女は、言葉も出ない透真の正面に進み出る。
「それに、これはあなたと魁利くんが解決しなきゃいけない問題だから……わたしや勝利さんがなにか言えることじゃないと思うんだ」
「……………」
透真は自分の甘えを悟った。
責められるのは楽だ。捨てられるのも、断罪されるのも。ジャッジを委ねた結果、彼女に苦悩を背負わせることになるとも気づかずに。
「……ごめん」
彩はうなだれる透真の顔を下から覗き込む。
「透真が答えを出すまで、わたし待ってるから」
優しくて厳しい彼女は、そう易々と透真が求める結論を与えてはくれない。
この来訪は一時の決別なのだと、ようやく理解した。わざわざ別れを告げに来てくれたのだ。透真が自分自身で解決するまでは、ここを訪れることはないと。
「……彩」
「ん?」
小首をかしげる愛らしい恋人に、震える手を差し伸べた。
「きみを愛してる」
「知ってる」
彩は肩をすくめ、軽やかに後ずさって微笑む。
「これからは、自分も愛してあげて」
そして女怪盗は、再び窓から去っていった。透真には指一本触れず、触れさせることなく。

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