【SS】ビルド「PAPA’s Build」
今日は「桐生戦兎」の誕生日ということで。
せんと2さいの、お父さんたちの話を書きました。
仮面ライダービルドって戦兎とエボルトの主観で語られていて、それ以外の視点はわりと自由だと思うのです。という話。
新世界の石動さんと忍先生。
前座に戦兎と万丈。
カップリングなしですが、最終回後の話なのでネタバレは自己責任で。
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【PAPA’s Build】
「ちょっとコーヒー飲んでくるわ」
「おう」
ヘルメットを押しつけられた万丈はなんともいえない表情で、体ごと顔を背けた。いろいろ思うところがあるのだろう、筋肉バカのくせに。戦兎は大仰にため息をついてみせた。
「俺がいないあいだ、迷子になったり騒ぎ起こしたりすんじゃないよ」
「するか! 幼児あつかいすんな! おまえこそ……」
あっさり激昂して噛みついてきたが、途中で言葉を切って表情を隠すようにヘルメットをかぶる。
「じゃあな、夕方にここで落ち合おうぜ」
「おう」
戦兎は走り去るバイクを見送って、見慣れた路地に足を踏み入れた。
マスターこだわりのコーヒーと、産地直送野菜を使ったカジュアルイタリアンが評判のカフェは、客がいないタイミングをはかるほうが難しい。それでも今日は少ないほうだ。
戦兎はカウンター席に座り、かつては口にすることができなかったコーヒーを注文する。
「久しぶりじゃない? ……はいどうぞ」
ウエイトレスがテーブル席のほうに行っているから、カウンター越しにマスターがコーヒーを出してくれた。
戦兎の顔が例のインディーズバンドのメンバーに似ているという理由で、彼はすぐに戦兎を覚えてしまい、まだ数回しか来ていないのに常連扱いだ。美空も暇になると親しげに話しかけてきて、戦兎は自分のことを話題に出さないよう極力気をつけながら彼らのことを聞き出そうとする。
戦兎が知りたかったのは彼らの今だった。「正しい」世界がどうなっているのか。知ったところで意味はないと万丈は言うが、ただの好奇心だ。同じ顔をした彼らの「正しい」人生を知りたかった。
たとえば、長身のマスターがこの店を開いたのは十年ほど前だとか、そういうことだ。美空の母親が死んだ後、少しでも長く娘のそばにいるために仕事を辞めて自営業を始めたらしい。そんなことを、明るい看板娘は陽気に教えてくれる。
「へえ、前はなにやってたの」
そ知らぬ顔で尋ねる戦兎に、美空は「なんだと思う?」と自慢げに覗き込んできた。これは、みーたんクイズにつき合わなければならないということか。
「うーん……消防士?」
「ぶぶーっ」
戦兎が知っている彼でなければ、当てるのは難しい。当てる気もないから適当に思いついた単語を並べる。
「警察官。あ、自衛官?」
「ぶぶぶーっ。絶対当てらんないと思うなあ」
「やだ、俺ってそんなにヒーローっぽい?」
冷蔵庫からフルーツを取り出したマスターが笑う。言われて気づいたが、それは戦兎の願望だったのかもしれない。べつに床屋でも農家でもいいはずなのに。
開いた冷蔵庫がただの冷蔵庫であることに何度目かの失望を感じる自分を押さえ込み、なぞなぞに頭を戻す。
「えー、なんだろ、宇宙飛行士以外……」
思わず髪をかきまわして呟いた言葉に、美空が目を丸くした。
「それだよそれ、ていうかなんで外した?」
「あ……」
彼女はタブレットを持ってきて、当時の写真を見せてくれる。
「極プロジェクト……」
火星探査は実行された。石動惣一他三名の日本人が火星に行った。
しかしこの世界にエボルトはいない。だから彼は何事もなく帰ってきて、そして宇宙飛行士を辞め喫茶店のマスターになった……
「マスター……火星行ったんだ」
「まあな」
パフェにフルーツを盛りつけながら、彼は照れくさそうに笑う。
「ほらほら美空ちゃん、氷室さんとこに特大パフェ持ってって」
思わず振り向くと、端のテーブル席でノートパソコンを広げたスーツの幻徳が、難しい顔で画面を睨んでいる。彼もこの店の常連らしい。氷室首相の秘書なんだよ、すごいまじめで笑ったの見たことないけどパフェだけは美味しそうに食べるの、と美空がこっそり教えてくれた。
元気そうでなによりだ、でも今は幻徳のことはいい。
「あの、火星には……」
なおもその話題をつづけようとする戦兎に、彼は困ったような笑みを向ける。
「昔の話だよ。言うほど楽しい場所じゃなかったさ。なにもなかったし、だれもいなかった。タコみたいな宇宙人もな」
戦兎の目の前で手をひらひらさせて、彼はコーヒーのおかわりを淹れてくれた。
「ごゆっくり」
美空が渡してくれたタブレットの写真をもう一度眺める。
チームの中に、葛城忍の姿もあった。
幻徳が忙しそうに出ていったあとで、戦兎も腰を上げる。離れがたいが、ここは自分のいるべき場所ではない。
「旅してるんだよね。次はいつ来るの?」
美空が無邪気に尋ねてくる。戦兎自身については「友人と放浪の旅をしている」ということにしてあった。嘘ではない。
「いつかな……気が向いたら、また寄るよ」
事実、無性にこの店へ来たくなることはよくあって、そのたびにルートを勝手に変えるから万丈と揉めることもある。最後には万丈も折れるのだが、彼はまだかつての仲間たちが「いない」世界を心から受け入れることができていない。
だから、戦兎一人で訪れる。「正しい」世界を最も肌で感じられるこの場所を。
「いつでも、帰っておいでよ」
カウンターの中からかけられた声に、はっと顔を上げた。マスターがカップを拭きながら笑っている。
「友だちもいっしょにさ。またおいで」
「あ……うん」
深い意味はないだろう。ここは戦兎の家ではない。戦兎の部屋はどこにもない。そこの冷蔵庫を開けても秘密基地はない。
「じゃあ……いってらっしゃい!」
美空が「うまいこと言ってやった」風の顔で手を振る。ドヤってんじゃないよ、とつっこみそうになるのを、こみ上げてきた涙といっしょに飲み込んで、せいいっぱいの笑顔を作った。
「……いってきます」
次はおかえりって言ってあげるからね、という声に背中を押され、店を出る。
西日が射し込んでいるのは気づいていたが、いつのまにか空全体が赤く染まっていた。
待ち合わせ場所でじりじりしている万丈の顔を思い浮かべて駆け出す。
悔しいけれど、今は万丈龍我が桐生戦兎の「居場所」だ。
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夕焼けの赤は西へ追いやられ、紺色の空がせり出してきている。
看板を片づけようと外に出たところで、今来た客と鉢合わせした。
「店じまいかな」
そう言いながらも客はきびすを返そうとはしない。石動も彼を追い返すつもりなどなかったから、ひらりと手をのべて店内へといざなった。
「いえ、どうぞ。今から貸し切りなんで」
堅苦しいスーツに身を包んだ壮年の男……葛城忍は、興味深そうに店内を見回してカウンター席に腰を下ろす。昼間、あの青年が座っていた場所だ。石動はそう思いながら湯を沸かす。
「この店は初めてでしたか」
「ああ……『今回』は」
そう答え、彼は石動に視線を戻した。
「よく考えたら、十年ぶりですねえ……」
しみじみと呟き、カップを用意する。過ぎてみればあっという間だ。自分がアカデミックな世界から離れているあいだに、彼のほうは研究所の所長に昇進していた。
「きみは変わらないな」
「いえ、それなりに老けました」
ぽつりぽつりと、言葉を交わす。ただの世間話だ。積もる話がありすぎて、なにから話せばいいのか二人ともわからないでいた。
湯気の立つカップが客の前に置かれる。忍はかすかに微笑み、黒い液体を覗き込む。
「久しぶりだな、『きみの』コーヒーを飲むのは」
「ええ……」
自分が淹れたのではないコーヒーを飲ませたことは幾度かあった。何度かで彼は学習し、そのコーヒーを決して飲まなくなった。
「美味しいよ、昔のとおり」
「ありがとうございます」
同じ研究チームにいたときはよくふるまっていたが、こうして喫茶店のマスターとして出すのは初めてだ。
香りと味をゆっくり楽しんで、忍は静かにカップを置く。
「……『彼』が来たそうだな」
その目はまっすぐ石動に向いていた。自分のぶんのコーヒーを淹れていた手を止め、彼に向き直る。
「来ましたよ。来てます、というべきかな。ちょうど今日も……」
そう、こうして向かい合って。
「元気でやってます、桐生戦兎も、万丈龍我も」
慎重な彼は、まだ石動に対しても美空に対しても名乗ってはいない。相棒のほうはまだ気持ちの整理がついていないのか、一度訪れたきりだ。だが、見まちがえようもない。
「そうか……」
厳しくも見える相好を崩し、忍はカーテン越しの外を見やった。
「彼らが今も『存在している』のは想定外だったが……もう一度『やりなおす』ほどではないな」
「もうやりなおせませんし。この世界にはパンドラボックスがないから」
「そうだった」
二人は笑い合って、またカップに口をつける。
忍はもう一度店内を見回し、そしてまた目の前のマスターに視線を戻す。そしてゆっくり口を開いた。
「きみは……いったい何回世界の破滅を見た?」
「さあ。途中で数えるのをやめました」
思ったよりも早く明快な返事があったことに、忍は驚いたようだった。むりもない、と石動は苦笑する。
「直接この話をするのは初めてですね」
「今までは監視されていたからな」
石動の言動は、24時間眠らない敵に筒抜けだった。助けを求めることさえできなかった。
ただ、人の体を乗っ取ったエイリアンは人間の思考や感情までは理解できないらしく、結果としてエボルトは客観的な事象としての石動惣一を観察しつづけているに過ぎなかった。それが石動に残された唯一の抜け道であったのだけれど。
忍が同志であると気づいてからも、直接話し合って作戦を練るなどということはできなかった。二人は一度も打ち合わせないまま、壮大な計画を実行しなければならなかった。
「きっかけは、やはり火星か」
忍の中ではある程度の仮説が立っていて、それはほぼ正しいだろう。石動もそうやって彼に問いただすことなく、自分たちの置かれた状況を理解していった。
この会話はただの答え合わせに過ぎない。
「火星でパンドラボックスを見つけたのが、トリガーでした。
エボルトによる地球の消滅を見届けると、次の瞬間に火星でパンドラボックスの前に戻っているんです。そこから先は、毎回ちがう未来が……いや、毎回変えようと努力した結果の未来があって、でもだめでした」
自分が火星からエボルトを連れ帰ってしまうかぎり、その後の展開はおのずと決まってくる。それは地球に帰還してすぐのことも、十年以上先延ばしにされることもあった。だが、結末だけは変わらない。
「どんなにルートを変えても、必ず最後にはエボルトが勝ってしまう。私の命がなくなれば、このループは断ち切れるんじゃないかと思ったこともありましたよ」
なにより、生きつづけること自体が苦しかった。エボルトは石動の内心までは知ることができない。石動が自ら命を絶とうとしても気づかないだろう。だが、エボルトを道連れにできる確率が低い以上は、利己的な逃避でしかない。世界の破滅から目をそらして、すべての責任を放棄して……。
「主体は私で、先生は巻き込まれただけだったのではないかと思っています」
「そうだろうな、きみから見れば」
彼もまた自分と同じ立場だと気づいたのは、どの世界だっただろうか。自分がパンドラボックスに触れたことでこのループに陥ったことから考えれば、研究メンバーの中でパンドラボックスに最も近く、そして長く研究をつづけていたせいで影響を受けるようになったにちがいないとは想像がついた。
破滅によってリセットされるごとに、彼の作るシステムが洗練されていく。明らかに「前の失敗」を受けての改善だと気づいたとき、彼に賭けることを決めた。平行世界の存在を示唆し、「前の世界」の情報を、エボルトに気づかれないよう与えていく。
エボルト自身は死なない、つまり時間をくり返すことはない。だからパンドラボックスとエボルトが存在しない世界を創り出せばいいのだと、忍が理解するのにそれほど時間はかからなかった。
だが作戦の実行は別の話だ。
「きみとちがって、世界の破滅を見ずに殺されることも多かった。それでも気づくとパンドラボックスが目の前にある。そしてきみの顔をした悪魔が私を利用しようと立っている……」
「私はもうこの顔がいいかげんイヤになりましたよ」
「いや、どの世界でも男前だよきみは」
静かに笑う忍も、また過酷な経験を繰り返してきた。エボルトに気づかれればそこで終わりだ。実際、石動はエボルトの意向で幾度も忍を手にかけた。忍自身だけでなく、息子や妻を屠ったことさえある。
石動は自分の手を眺めた。今でも、時折こうして確かめてしまう。その手が赤く染まっていないことを。数え切れない人間を、時として幾度も殺した。
「彼らの死はきみのせいじゃない。それをいうなら、彼らを大義の犠牲にした私も人殺しだ」
「……それこそ、私も同罪です」
世界を救うために、前途有望な若者を手駒として使わざるをえなかった。本来戦士ではない、それぞれに平穏な生活を持っていた無関係な人間を。氷室幻徳、内海成彰、猿渡一海……葛城巧。
「私自身ではだめだと気づくのに二回、巧でもできないと悟るのに三回、世界を滅ぼした」
淡々と実験結果を告げるような忍の声が、さまざまな感情をはらんでいるのを石動は知っている。息子を軍事兵器の実験台にしたい親などいない。娘を兵器開発の道具にしたい親がいないようにだ。
空になった忍のカップを取り上げ、熱いコーヒーを注いだ。
「桐生戦兎だって、一度じゃ『創れ』なかった」
自分の思い通りになる人形を作ろうとしたのは、エボルトだ。彼は巧の頭脳を必要とし、同時に彼の頭脳以外を疎んだ。エボルトによる「桐生戦兎づくり」が始まったときから、石動と忍の作戦も変わった。
「最後の切り札のつもりだったが、彼一人では完成しない……私だけならあきらめてしまうところだった」
「万丈龍我は盲点でしたよ。最初から我々の目の前にいたのに」
エボルトの一部を取り込んだ不幸な青年……エボルトと同時に葬り去らなければならないと思い込んでいた彼が、ほんとうの鍵だった。桐生戦兎と万丈龍我、そしてこれまでただ命を落としてきた、哀れな若者たち。すべてのパーツがそろったとき、石動の、そして忍の長く孤独な戦いに終止符が打たれた。
ぬるくなったコーヒーを一口飲み、顔をしかめる。
「味、変えますか」
「いただこう」
ミルクを泡立てながら、石動は自分で淹れたコーヒーが飲める幸せを噛みしめる。
味覚のないエボルトは、人間の味覚……とりわけ拒絶反応をおもしろがって、わざと不味いものを石動に食べさせ、その反応をトレスしていた。そんなことをくり返すうち、自分でも正解がわからなくなっていった。
カプチーノを淹れ、忍が「美味い」と洩らし、昼間の彼も同じようにわざわざ「美味い」と言ってくれたのを思い出す。それほどに長いあいだ、自分はコーヒーひとつ満足に淹れられない日々を強要されていた。
「今の世界で、自分の淹れたコーヒーを飲んで感動しましたよ。味を忘れてなかったことにね」
コーヒーだけではない、味覚は正常で、何者にも邪魔されない。たしかにエボルトは消え去ったのだと、そのとき実感した。
「それでも、桐生戦兎がここへやってくるまでは確証が持てませんでしたが……」
パンドラボックスを「持たずに」帰還して十年。この国は分裂することなく、戦争は起きず、計画は成功したのだと信じてはいた。だが、同志である葛城忍にその事実を確認することはできなかった。ほんとうに彼もその記憶を持っているか、判断がつかなかったから。
「私もだよ。全て夢だと思いたかった」
この世界にエボルトは初めから存在しない。ならばただの悪夢として、自分だけの不快な記憶として封じ込めてしまえばいいと思っていた。
忍もまた同じことを考えていたようだ。当然ながら、父は息子に兵器を作らせようとはしなかった。葛城巧は今、聡明な両親の元で研究者としての歩みを着実に進めている。
石動も、宇宙から逃げるように職を変え、娘と平穏な生活を送れる人生を選んだ。だれも世界の破滅を知らない。それでいい。
そうして平和な十年が瞬く間に過ぎた。戦っているときにはあれほど長かった十年が。くり返された破滅は自分の妄想かもしれないとさえ思いはじめていた。
そんなある日、その青年がふらりと入ってきて、すべてを理解した。
石動のコーヒーを飲み、一度も見たことがない笑みがこぼれたとき、初めて心から信じることができた。彼は、彼らはエボルトに勝ったのだと。
「おかしなもんですよ。戦兎と万丈が消えて世界が救われるんだと思ってたのに、生きてる彼を見てこんなにうれしくなるなんて」
研究所を離れてから初めて、忍に連絡した。ただ一言「桐生戦兎が現れました」とだけ。それだけで石動と同じ結論にたどり着いた彼に、やっと秘密を口に出してもいいのだと思えた。
「桐生戦兎か」
忍は宙を見つめ呟く。中身は彼の息子だが、家族の記憶はいっさい持たず、そして顔は別人……そんなキメラのような青年を、彼がどのように捉えていたのか石動は知らない。エボルトと戦っているときの忍は、温厚な笑顔も人格も封印し、冷徹な科学者たろうとしていたから。
「いい子でした。素材がよかったのかな」
おどけて言ってみせると、忍も苦笑してカプチーノを飲む。
「この世界では、私と彼は出会ってもいないのにな。彼が生きていると知ってこんなにうれしいのはなぜだろうね」
桐生戦兎は、エボルトにとっても石動と忍にとっても重要な「駒」だった。だれでもない、存在しない人間だからこそ、すべてを任せられる。エボルトもろとも次元の狭間へ消えようとも、その後の世界線にはなんの影響もない。
にもかかわらず、石動は彼をただの駒とは思えなかった。目の前で生きて笑い、泣き、怒りをぶつけてくる青年を、単なる道具と割り切ることはついにできなかった。
忍もそうであったと知り、歓喜と安堵がない交ぜになる。
「そりゃあ、息子みたいなもんですから」
石動の言葉に、忍も笑みを浮かべた。
「そうだな……桐生戦兎は、私たちの息子だ」
「自慢のね」
この世に生み出し、育て上げ、そして父を乗り越えるよう仕向けた。持てるすべてを彼に与え、注ぎ込んだ。生きていてうれしくないはずがない。
店のドアが勢いよく開いた。
「ただいまー、重かったよー! って、お客さん?」
両手に買い物袋を提げた美空が、忍に気づいておそるおそる頭を下げる。
「おうおかえり、おつかれ!」
カウンターから出て荷物を受け取り、買い出しから帰ってきた娘をねぎらった。振り向くと、忍が目を細めて美空を眺めている。最後に会ったのは彼女が小学生になったばかりのころだから。
「夕飯でもどうですか」
石動の誘いを、忍は穏やかに断った。
「いや、もう帰るよ」
立ち上がった彼はスーツの内側から携帯端末を取り出す。メッセージを見た表情がほころんだ。
「今夜は巧が食事当番だそうだ」
「それは楽しみですね」
当たり障りのない別れの言葉を交わして、ドアの外まで彼を見送る。店に戻ってくると、美空が怪訝そうに尋ねてきた。
「お客さんじゃなくてお友だち?」
首をかしげる娘の頭に、自分の帽子をぽんと置く。
「パパ友かな」
それから石動は店のドアに鍵をかけ、明かりを消した。
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ナシタの料理は猿渡ファームの直送野菜を使っています。箱に「私が作りました」ってカズミンの顔写真が貼ってあります。
葛城父の研究所では難波機械製作所の部品を使っていて、最近は社長の孫二人が納品にきます。似てないけど仲良し兄弟です。
葛城母は学校の先生なので忙しくて、実家暮らしの息子も晩ごはんを作ります。もちろん葛城父も作りますが、卵焼きはしょっぱいです。