トカゲの気分を抱きしめて
ブログ記事タイトル縛りはやめたと宣言したあとからのタイトルが私のハートを鷲掴みにしてくるのですが正規のそーまファンはどうなのか知りたい今日このごろです。若いんだからもうちょっとメジャーな曲を持ってきなさいよあんたって子は。
ちなみに、フォトブックはまだ耐えています。
その代わりAmazon推しのしょーご写真集に誘惑されています。耐えろ、自分。
夏前からぼちぼちと赤金を書いているのですが、どうも難しいです。
二人がいっしょにいればエロなくても支障ないんじゃない、みたいな。妙に清らかというかフツーの友だち感覚になってしまいます。あと数年したらもう全くセックスしなくなって、それぞれ結婚しちゃいそうだな、とか。いかんいかん、やおいにならない。
なにかもう幼馴染の描き方がマジでわからないんですけど。イケるイケるとか余裕ぶっこいてすみませんでした。やっぱ窓から入ってきて起こしてくれる系はムリでした。
そんな苦心惨憺の末にエロなし長文ができあがってしまったので投げやりな気持ちでここに置いておきますね。エロは各自脳内で保管してください(えっ)。
——————————–
08 旅先(たびさき)
今度は自分から会いに行くと言った。
源太は時折、今どこにいてどれくらい滞在するか、メールで知らせてくることがある。次に便りが来たらその土地に連絡なしで訪ねていって、驚く顔を見てやるつもりだった。
だが現実はそう甘くはない。
日本国内だったのは幸運だったが、旅などせいぜいがことはか茉子を訪ねるくらいで、手配もほとんど黒子に任せきりだった丈瑠にとって、それは大冒険だった。
ローカル線を乗り継いで目的地の駅に降り立ったまではよかったものの、そこから先は時刻表も頼りにならない。小さな田舎町とはいえ、見知らぬ土地でどこにいるかもわからない人間を捜すのは、想像以上に困難を極めた。
あちこちで尋ね回り、彼の軌跡を追って、やっとのことで見慣れた屋台を見つけたときには、涙が出そうになったくらいだった。
素知らぬ顔で暖簾をくぐって、という計画も忘れて、屋台の横から大声で呼ぶ。
「源太……っ!」
ひょいと顔を出した源太の目が、まん丸になる。
「たっ、丈ちゃん!?」
驚いた顔も頓狂な声も、今は笑う気にはなれなかった。丈瑠は駆け寄ってきた源太を引き寄せて思いきり抱きしめる。
「ああ、くそっ……会えないかと思った……!!」
源太は数秒固まっていたが、尋常でない丈瑠の様子に瞬時に考えを巡らせたのだろう。
「なんだよ、まさか外道衆が……」
「ちがう! もっと大事なことだ!!」
まっとうなはずの親友の誤解に、今は苛立ちさえ覚える。
「おまえに会いたかった!」
「丈ちゃ……」
源太の顔が、呆れたような、照れくさそうな表情に変わり、細い腕がためらいがちに丈瑠を抱き返してくる。
「悪ぃ、いきなりすぎて頭ん中真っ白だけどよ……うれしいぜ」
「源太……」
丈瑠が答えようとしたとき、絶妙なタイミングで腹が鳴った。
さほど大きな音ではなかったが、密着している源太にはしっかり伝わったらしい。
「まずさ、なんか食う?」
「ん……」
丈瑠の頭にようやく羞恥心や常識というものがもどってきて、ゆっくりと相手から離れる。そのとき彼の肩越しに見えた屋台に客がいないのをたしかめ、安堵のため息をついたのだった。
「しっかしなあ、変なとこで行動的だよなあ」
「……変ってなんだ」
食後の茶をすすってから、丈瑠は低い声で反論する。店主曰く裏メニューの「ゴールドちらし寿司・大盛」を平らげたところだった。会うなり醜態を晒した点については素直に反省しているので、今一つ強気で言い返すことができない。
客は丈瑠以外にいないが、食材はほとんど残っていない。もう常連さんもできたんだぜ、と源太は得意げに言う。物珍しさからだろうというのは丈瑠もわかっていたが、あえてなにも言わずに微笑んだ。文句をつけるのは流ノ介の役目だし、特別美味いわけでもないこの寿司もそれなりに好きだったから。
「で、宿はどこだよ?」
あらかたの片づけを終えてカウンターを拭きながら、源太が尋ねてくる。殿さまだからなあ、そのへんうっかり忘れてんじゃねえかなあと思ってさ、などと失礼なことを言うのは聞き流すことにした。
「駅前にホテルがあるのは確認してきた。おまえと合流してから決めようと思ってたが、おまえのほうは……」
話している最中に着信音が鳴った。
知り合いなどそう多くはないから、なぜこのタイミングかと少しむっとして端末を開いてみる。相手を確認して思わずため息が出た。
「メール?」
「黒子からだ」
そして内容はさらに盛大にため息が出るものだった。丈瑠は思わずカウンターに突っ伏す。
「なに? 帰ってこいって?」
ならばまだいい。
「……この近くのホテルに予約を入れてくれたそうだ……だから、なんでそういう……」
源太は文字通り腹を抱えて大笑いした。黒子たちの過保護なのかお節介なのかとにかく度が過ぎる気遣いをいちばん近くで客観的に見られるのは、源太かもしれない。
「じゃ、宿は安心だな。俺は使っていいって言われてる倉庫があるから、明日迎えに……」
「なに言ってるんだ、二人部屋だぞ」
「えええ!?」
家も金もない源太は、行く先々でうまいこと宿や食事にありつくすべを心得ている。もしそれらに巡り会えなくても困らないらしい。野宿でもなんでも、やろうと思えばなんとかなるもんだぜ、とタフな幼なじみはこともなげに言っていた。
だが、他人にホテルを用意されるという経験はなかったようだ。すでに腹を決めた丈瑠は、端末を閉じて源太に向きなおる。
「あのなあ、俺はおまえに会いに来たんだ。なのに俺だけホテルに泊まってどうする」
源太はめずらしく目を泳がせて、困ったように笑いながら鼻の頭を掻く。
「いやぁ……まいったね、黒子力ってのにも」
その呟きに関しては、丈瑠も反論のしようがなかった。
山の上にあるホテルは、そのあたりでは高級の部類に入るのだろう。古いながらもそれなりの格調を感じさせる造りで、源太はやたらとかしこまっている。
「おい、こんなナリで入っていいとこなのかよ……」
「俺だって似たようなもんだ。気にするな」
源太は着た切り雀のスカジャンで、丈瑠はシャツにジーンズとバックパック。たしかに場違いではあった。だが、志葉の名で予約が入っているのを確認してしまえば、物怖じすることもない。殿さまであるということは、開き直りの連続なのだ。丈瑠はドレスコードなど気にせずチェックインをすませ、源太を連れて部屋へ向かう。
「うおお、すっげえ! でっかいベッドだなあ!」
「ベッドか……」
思わず叫ぶ源太の横で、丈瑠はため息混じりに呟いていた。
できれば和室がよかったのだが、急なことでは贅沢も言っていられない。むしろこの部屋のほうが贅沢なのだというのはわかっているし、源太のテンションも上がっているようだからよしとしよう。
「つーか、なんで二人部屋なんだろうな? このベッドなら四人寝れるじゃねえか」
さっそく手前のベッドにダイブした源太が、素朴な疑問を投げかけてくる。丈瑠は荷物を下ろしながらぞんざいに受け答えしていた。
「二人ぶんのスペースに一人で寝るから贅沢なんだろ」
「そっか……」
ベッドの上で泳いでいた源太は、もそもそと起き上がって呟いた。
「俺としては、丈ちゃんと同じベッドに寝るほうが贅沢なんだけどよ……」
「なっ……」
「殿さまは、やっぱ一人で二人ぶんがいいか?」
その声にからかいの色はなくて、だから余計にどぎまぎしてしまう。自分がさっき抱きついたことも忘れ、恥ずかしくないのかと問い返しそうになった。丈瑠は源太に背を向けて窓の外を眺めながら、低く呻る。
「……風呂入ってこい!」
「一番風呂いいの?」
気にするところがおかしいのは、もうあきらめた。「いいぞ」と重ねて言ってやれば、彼は「贅沢だ……」とまたしても呟いている。
「へへ、なんか俺までお殿さまになった気分だ」
「いいんじゃないのか。たまには」
ようやく落ちついてふり向いた丈瑠に、源太はスカジャンを脱ぎながら苦笑してみせた。
「いや……丈ちゃんの前じゃムリだろ。正真正銘、天然モノの殿さまだからな」
「人を本マグロみたいに言うな」
どちらかといえば養殖モノだが、と思いながらも笑ってしまう。
そんな丈瑠を見て、源太は眩しそうに目を細めた。
源太が浴室へと消えたあと、ベッドに腰かけて少しだけ跳ねてみた。
スプリングが音もなく丈瑠の身体を押し返してくる。おもしろいことはおもしろいが、この上で寝るとなると話は別だ。実は丈瑠はベッドで眠れたことがほとんどない。布団になじみすぎたのか、なんだか落ちそうな気がして熟睡できない。布団から転がり出たこともほとんどないのだが。
実際、駅前のホテルを探すときも、和室があるところにしっかり目をつけておいた。しかし黒子の厚意を無にするわけにもいかない。迷惑とは思っていないが、さすがに過保護すぎる気がする。どうやったら屋敷の者たちに「殿離れ」させることができるか……
「丈ちゃぁあん」
どうにもならないことを考え込んでいると、源太が間延びした声で呼ぶ。
困っているようにも聞こえ、なにか不都合でもあったのかとバスルームを覗いてみた。果たして、源太の表情は困惑に近い。
「どうした」
下着姿の源太は、眉じりを下げたまま両手を広げてみせる。
「すげえ広いんだよ、二人イケるって、な?」
どうも贅沢空間に戸惑っているらしい。
「俺は……」
「せっかくだし、たまにはいいじゃねえか!」
なにがせっかくなのかわからないが、断る理由を見つけることができなくて結局浴室に引きずり込まれる。
だれかと風呂に入ったことなど、もうずいぶんなかった。侍たちとひとつ屋根の下に暮らしていたときも、風呂の順番は厳格に決められていたのだ。丈瑠が最初、そのあとは個人の希望も考慮しつつ、ときには源太も遠慮がちに借りていた。
それが、今は一番風呂に二人で入っている。ユニットバスではない琺瑯のバスタブに湯をためれば、たしかに二人は余裕の広さだ。
湯船に浸かってふやけた顔をしている源太が、身体を洗っている丈瑠に悪戯っぽく声をかけてくる。
「お背中流しやしょうか?」
あんまりにも楽しそうに言うものだから、断るほうが悪い気がしてうなずいた。
「……頼む」
待ってましたとばかりにいそいそと湯から上がった源太は、鼻歌交じりでスポンジを泡立てはじめた。
「しかしさあ、広くなったよなあ」
「なにが」
他人に洗ってもらう心地よさに身をゆだねている最中、源太が手を動かしながら呟く。
「背中」
「……………」
なんと答えていいのかわからずに黙り込むと、源太の手も止まった。とん、と背骨に軽い衝撃があって、源太がひたいを押し当てたのだと気づく。
そのとき丈瑠の脳裏に浮かんだのは、昔近所にあった銭湯だった。丈瑠が学校に入る前にはもう駐車場になっていたが。
もちろん立派な風呂がある志葉家には無縁のはずの場所だが、源太から話を聞いて行きたいと彦馬にねだったのだ。普段あまりほしがらない子どもだったせいもあってか、彦馬は丈瑠と源太を二人まとめて連れていってくれた。
そこで彦馬がいわゆる「三助さん」に背中を流してもらっているのを見て、源太はその真似をしようとした。小さな丈瑠を彦馬の隣に座らせて、痛いくらいにごしごしと背中をこすって……
「……源ちゃん」
丈瑠はそっと囁く。なんとなく照れくさい響きの呼びかけに自分で苦笑しながら、顔を上げた源太の顔を肩越しに見やった。
「交代しよう」
驚いた様子の源太を座らせて、その背中に触れる。
遊んでいて足を挫いたとき、源太はこの背中に丈瑠を背負って屋敷まで連れ帰ってくれた。小さいながらも頼りがいのある背中に、幼い丈瑠はひどく憧れたものだ。男たるもの、侍たるもの、当主たるもの、かくありたいと。
その背中は今、思ったよりも薄く、小さく感じられた。丈瑠が彼を追い越したのだといえばそれまでなのだが。
「ちゃんと食ってるか」
「お? おう」
「風邪とかひいてないか」
脈絡のない問いかけに、さすがの源太も怪訝に思ったらしい。
「どうしたんだよ、母ちゃんみてえなことばっか……」
「たまには、俺にも心配させろ」
だれの手も借りず、源太はいつもたった一人で生きている。それだけでもたいへんなのに、丈瑠の心配が自分の役目であるかのように気にかけてくれる。身長も肩幅も逆転して久しいというのに、まだ丈瑠を背負う気でいる。
丈瑠の言葉に暫し戸惑ったように黙りこくっていた源太は、やがてふっと小さな笑いを洩らした。
「なんもかも、みんな順調だ。たまにうまくいかねえのもご愛敬ってな。だからなんの問題もなしってことだ」
ないわけはない。売れない寿司の屋台を引き、その日暮らしをつづけていて、毎日が順調ということはありえない。黒子にかしずかれている殿さまであっても、ままならないことはあるものだ。
それでも、たいていの不都合は源太にとって些事なのだろう。朝になってまた元気に屋台を引ければそれでいい。今日がだめでも明日があるじゃねえか……そんな前しか向いていない言葉を、何度聞いただろう。
「殿さまはどうだい?」
「ああ。なにもかも順調だ」
源太に会えなくて心細かったことも、黒子のお節介にうんざりしたことも、丈瑠の頭からはすでになくなっていた。源太並みに前向きな自分の思考を、丈瑠は自覚していない。
「なあ、丈ちゃん……」
源太が振り向いた。
すぐそばに顔があることにお互い動揺しながらも、どちらからともなく目を閉じて唇を重ねる。しばしの沈黙のあと、離れて覗き込んだ目には、わかりやすく欲望が光っていた。
「うは……やべえよ、俺たち真っ裸じゃねえか」
「そうだな」
心底途方に暮れた顔で天井を仰ぐ源太の背中を、丈瑠は笑いながら抱きしめた。
目が覚めたときはまだ丑三つ時といっていい時間で、丈瑠は源太を起こさないようそっとベッドから下りる。足音を立てず窓に近寄って、厚手のカーテンをそっと引くと、入り江に月が沈もうとしていた。見慣れない光景に、「旅に出ている」という実感を覚える。
「眠れねえの?」
不意に声をかけられてふり向く。源太が目をこすりながらベッドの上に座り込んでいた。
「思ったより眠れた」
正直に答えてベッドに戻る。だが源太はすでに着替えへと手を伸ばしている。
「もう起きるのか」
「仕入れに行くんだよ」
そう言ったとたんに目覚ましのアラームが鳴りはじめ、源太はあわてて音を止めた。
目覚ましよりも早く起きる幼馴染みに感嘆の吐息を洩らした丈瑠は、ふと思いついて首をかたむけた。
「手伝おうか」
「仕入れを?」
「寿司屋を」
今から源太を見送って二度寝しても、きっと眠れないだろう。ここまで来て一人で朝食というのも味気ない話だ。一日源太を手伝うほうが楽しいに決まっている。
そんな丈瑠の提案に、源太は腕組みしながら眉を上げる。
「寿司屋の仕事は厳しいぜ? 一朝一夕じゃつとまらねえのよ」
「望むところだ」
殿さま然とした顔でえらそうに返してやると、源太は「降参」というように両手を上げ、ふにゃりとしまりのない顔で笑ってみせた。
昼時少し前、ゴールド寿司は商店街の端に店をかまえていた。
自治会長と仲良くなって営業許可を得たというそのめずらしい屋台を、訪れる客はまだ減らない。しかし初めてでない客は、今日の狭そうな屋台に目を丸くした。
そろいの法被を着て、ねじり鉢巻もそろいで決まっている。歳のころは同い年くらいの青年が、愛想を振りまく源太の後ろで黙々と皿を洗ったり茶を入れたりしていた。
友だちかと尋ねられると、源太はひひっと愉快そうに笑う。
「弟子でさあ!」
これにはダイゴヨウも驚いて妙な声を出したが、丈瑠は眉を上げただけだった。
ふと、ことはの執事役を演じたことを思い出して笑いをかみ殺す。あのときもそうだったが、殿さまでないという状況は丈瑠に余裕を与えてくれるらしい。
振り返った源太に丈瑠がしおらしく頭を下げてみせると、彼はうれしそうに親指を上げてみせた。
「まだ魚も捌けねえが、根性だけは日本一……いやあ世界一よ!」
ほらを吹くなら最後まで通せばいいのに、そこだけいつもの源太に戻ってしまっている。
「ずいぶん買われたもんだな、兄ちゃん」
愉快そうに言う客に、丈瑠は苦笑しながら茶を出す。
「俺にとっても世界一ですよ」
源太とちがって嘘をつくのは慣れているはずなのに、口をついて出てきたのはまぎれもない真実で。
当然ながら、決して悪い気分ではなかった。
——————————–
そんなイケメン寿司屋台あったらいいな、と。