麒麟がくる文まとめ

桔梗「賢い」「凛々しい」「青年」
法事のとき実家の家紋が桔梗と知りました(戦国ジャンルでしかドヤれないネタ)

かねてから商人に頼んであったものが届いたと伝吾が館を訪れれば、本人は部屋に籠もりきりという。然もありなんと廊下から控えめに呼ばわる。
「やっと来たか!」
手をかける前に戸が勢いよく開き、十兵衛が平素見せぬ笑顔で目の前に現れた。
ちらと室内を見わたせば、書物がそこかしこに積まれている。部屋の主も小袖姿で、数日片づけていないようだと察せられた。
幼いころから賢いと評判であったその主は、しかしなにかに没頭すると他のことに気が回らなくなるのが玉に瑕……と彼の母が先ほどもこぼしていた。野盗もしばらく出ていない、叔父に伴っての登城もない。ここしばらく空の様子も芳しくなかったから、だれに咎められることもなく書に埋もれていられるのだろう。
「お待ちかねの品でございます」
油紙に包まれた数冊の書物を恭しく差し出すと、主人はいそいそと中身を改める。
それがどのような書であるのか、伝吾は知らない。説明されてもわからないだろう。だが見事に相好を崩しているのを見れば、どれほど待ちわびていたかは容易に知れる。これは下手に長居をしても、邪険にされるだけと見た。そうでなければ暫しとどまり、世間話や村の噂を耳に入れることもよくあるのだが。
「では……」
「待て」
用事は済んだと頭を下げかける伝吾の肩を、十兵衛はあわてたように掴んだ。それから声をひそめて口早に囁く。
「腹がへった。厨からなにか、くすねてきてくれぬか」
「はあ?」
「おれでは見つかってしまうのだ」
決まり悪そうに言うのがおかしくて、つい噴き出す。民の前で見せる凜々しさなど微塵もない。
不機嫌そうに口を曲げた顔の前に、懐から竹皮の包みを取り出してみせた。
「干し柿でよければ、我が家からくすねてきたぶんが『偶々』ございますが?」
驚きを隠さずに包みを見つめた青年は、しかしすぐ「でかした」と伝吾の肩を叩いて、共犯者を部屋の中へと引きずり込んだ。