キュウレンジャー文まとめ2

黒い尾の蠍

『黒い蠍は、黒い心を持っている……』

幾度も聞かされたその言い伝えを、スティンガーは一度たりとも信じたことはなかった。
意地悪な悪童たちは自分と同じ色の尾だったし、たった一人知っている黒い尾の持ち主は、とても優しかったから。
「あんなの、嘘だよね」
泣きながらそう尋ねるたび、兄はなにも言わず微笑んで頭を撫でてくれた。それだけで、村人たちに吹き込まれた兄への悪口など信じないでいいのだという気になれた。
黒い尾というだけで兄の評判はひどく悪く、爪弾きもいいところだった。
スティンガーに対しては、兄と同様に蔑む者と同情する者が半々だったが、そのどちらもが、同じように兄を貶めるのは我慢ならなかった。
仲間でも殺すことができるほどの猛毒を持っているとか、実際に彼の毒で酷い目に遭った仲間がいるとか。事故死と言われている親は彼が自ら手にかけたのだとか。そのうちスティンガーも黒い心に染めるつもりなのだとか……
自分に向けられる敵意より、兄への蔑視のほうがスティンガーの心には堪えた。
泣き虫の少年の涙は、たいていの場合、優しい兄のためだった。

いつものように一人泣いていたスティンガーに、あるとき少女がそっと近づいた。
年が近い子供は親たちによって遠ざけられていたから、それはとても勇気のある、しかし危険な行動だっただろう。
彼女はスティンガーの尾を見て、あなたはちがう、悪くない、と言ってくれた。初めてできた友だちに、スティンガーの心は躍った。
砂漠には少ない花を探し出して、彼女に贈った。少女はとても喜んで、スティンガーを大好きだと言った。
「ほんとうは、あれをとってこようと思ったんだけど」
スティンガーは高い崖の上に咲いている白い花を指した。その花がいちばん彼女に似合うと思ったのだ。
「でもいつか、ぜったいに」
スティンガーは彼女の手を握って約束したが、彼女は首を振って「大人になったら」と笑った。
たしかにその崖は切り立っていて、子供は近づくことさえ許されていなかった。どうしたらいいのだろうと、毎日崖を見上げながら考えていた。
だが翌週、少女は死んだ。花を握って崖の下に落ちていたのだという。
幼いスティンガーにとって、それは自分が虐げられるよりつらい出来事だった。
自分のせいだ。自分が、早く花を取りにいかなかったから。大人になるまで待てなかったのは、彼女のほうだったのだ。
例によって黒い尾のせいだという者もいたが、悲しみに暮れて兄の腕に逃げ込んだスティンガーの耳には入らなかった。

  ◆

蠍の男は、大人になる前に年長の男と兄弟の契りを交わす。そうして初めて、一族の男として受け入れられる資格を持つ。
だが、スコルピオを受け入れる者はいなかった。
スコルピオのほうでも、自分を拒む一族など丸ごと願い下げだと思っていた。親でさえ、口には出さないが黒い尾の我が子を疎んでいた。
時が来れば、この星を出ていこうと考えていた。独裁者の支配が広がってきていることは知っていたから、その仲間になって力試しをするのも悪くはないと。
歳の離れた弟が生まれるまでは。

弟の尾は黒ではなく、両親は大いに喜んだ。自分たちを責めつづけて生きてきた彼らにとっては、至上の赦しであり祝福だったのだろう。
父にも母にも肉親の情など抱いていなかったスコルピオには、全くの他人事だった。
なにも知らない無垢な子供が泣き声ではなく言葉を発するようになったとき、親はスコルピオに跪いて頼んだ。
「弟のために、村を出ろ、だと……?」
親とも思っていなかった。村に未練もなかった。もともと出ていくはずだった。
なのに。
黒い、としか言いようのない感情がスコルピオの心を瞬間的に覆いつくす。
なにもかもわかっていた。
親が自分を我が子と思っていないことも。自分の毒が他の戦士たちより強力であることも。そして幼いころよりずっと心を寄せる相手がいない、自分の冷淡さも。
それが黒い尾の宿命だというなら、受け入れてやる。
だが、親が弟と自分を秤にかけたことを正面から知らされたとき、弟の未来に影を落とす自分が邪魔者でしかないと言い渡されたとき、初めて強い怒りがわき上がった。
騒々しい泣き声が耳を刺し、我に返る。
気がつくと、冷たくなった父と母が足下に転がっていた。
後悔も、歓喜も、なにひとつ感情が動かなかった。いつもどおり、虫を踏みつぶすような感覚だった。
「……初めから、こうすればよかったな」
寝床で泣きわめく弟に歩み寄る。自分の親がいなくなったことなど知りもしないで……
「すぐ、おとなしくさせてやる」
尾を持ち上げて覗き込むと、あろうことか弟は泣き止んだ。しかもうれしそうに笑い出す。面食らったスコルピオは、暫し自分の弟の顔を見つめていた。
「……おまえまで死んだら、さすがに俺が疑われる」
無邪気に伸ばされる手を取り、スコルピオは尾を下ろした。

当然、両親の死をスコルピオの仕業だと疑う者は多かった。スティンガーの安全を危ぶむ者も。
だがスコルピオは遺された弟を「たった一人の家族だから」と、献身的に世話をした。誰の目から見ても二人は仲睦まじい兄弟だった。
あの夜、幼い命を両親もろとも葬り去ろうとしたことを、スコルピオはすでに忘れていた。思い出せないわけではないが、さほど重要なこととは思えなかった。それよりも、今目の前にいて兄を頼ってくる弟の存在が全てだった。
「おまえも、そのうち兄貴みたいに黒くなるぜ」
幼いスティンガーを、黒い尾の血縁だからと蔑み虐げる連中もいた。心ない言葉にスティンガーはただ泣くことしか知らず、笑うことなどほとんどなかった。
それを知るたび、スコルピオはあの夜のような激しい怒りを感じた。自分に対してならいくらでも流せる。あまりにうるさければ黙らせればいい。自分への敵意にはなにも感じなかったのに、スティンガーへの仕打ちは見過ごすことができなかった。
弟を害する者への制裁が度を過ぎると問題になったころ、村に志願兵を募る話がきた。
独裁支配に対抗する解放軍があちこちの星で発生していて、この星でもそれなりの軍が編成されつつあった。だが兵は足りず、実質の徴兵が始まっていた。
誰もが予想したとおり、スコルピオは真っ先に選ばれた。戦闘力は段違いで、戦死しても誰も困らない。
通常なら拒否権はあるが、自分にはその権利は与えられていないだろうとスコルピオは察する。
今度は親を始末したときのようにはいかない。一族の総意として伝えられては、逆らうのも得策ではないだろうと冷静に考えた。
「条件がある」
志願兵として追い出されると悟ってから、同時に進むべき道筋も見えていた。解放軍など少しも興味はなかったが、最初の踏み台としては妥当だ。うまくやれば、自分を疎んできたこの一族に相応の「返礼」をしてやれる。
そう思えば、偽りの涙を流すことにも躊躇いなどない。
「弟を……頼む」
たったひとつ、気にかかるのはスティンガーのことだった。今までは自分が守ってきたが、この先は一族の権力に縋る必要がある。
「まだ子供だ。なにも知らない、なににも染まっていない。黒い尾の兄も、その兄に殺されたという親も最初からいなかった。あいつにはまっすぐ誇り高い戦士に育ってほしいんだ」
黒い心を持つはずの男が、涙ながらに吐露した肉親への強い愛情に、皆は初めて心が揺れたようだった。
スコルピオはスティンガーによって変わったのだ、もう黒い心など持ってはいないと囁く者さえいた。
いや、はじめから黒い蠍の言い伝えなどでたらめだった。兄を信じるスティンガーこそが正しかったのに……そう呟く年寄りもいた。
スコルピオは殊勝な顔で、彼らの言葉を聞き流していた。

兄の旅立ちを知ってまた泣くスティンガーを励ましながら、このまま抱きかかえて連れ去ってしまいたいという衝動に耐える。
「大丈夫、離れても俺たちはずっと兄弟だ」
「うん……」
彼の中で、強く優しい兄は揺るがない。
誰になにを言われようとも……いや、言われるほどに自分の中の兄に縋ろうとするはずだ。スコルピオがそう育てた。もう少し時間があれば……彼が契りの時期を迎えるまでは、離れたくなかったが。
男たちは黒い尾の血縁を恐れて契りを避けるだろう。女たちも我が子が黒い尾だったらと想像しない者はいない。自分に責のない理由で孤独を強いられるスティンガーは、禁を犯してもたった一人と契るしかない。
そして彼は、それを自らの決断と信じて選ぶのだ。黒い尾の、愛しい兄を。
もしスティンガーが別の男を選んだなら……そんな想定をスコルピオはしていなかったが、まちがいなく相手の男を血祭りに上げ、スティンガーをむりやり我が物にするだろう。
スティンガーに寄り添おうとした少女を、崖の上から突き落としたように。

次に故郷を訪れたとき……人々は黒い尾を心底怖れ、そして悔やむのだ。言い伝えどおりの黒い蠍を野放しにしたことを。
そのとき弟は、スティンガーはどうするのか。
スコルピオにもわからなかった。わからないからこそ、確かめたくてたまらなかった。どこまで兄を慕えるか。兄を信じ抜けるか。
スティンガーは、黒い心を動かす唯一の存在となっていた。

  ◆

かつて村があった場所を見下ろす。
一族を滅ぼした兄は死んだ。復讐は果たされた、ということになるのだろうか。
だが自分は一族の仇を取りたかったわけではない。
兄がいなくなってから、人々は手のひらを返したように優しくなった。まるで黒い尾の蠍などはじめからいなかったように。両親の死についてとやかく言う者もなくなった。
しかし年頃になっても、スティンガーと契りを結ぼうという大人は現れなかった。皆うわべでは優しくできても、スコルピオの代わりに兄となることはできないのだろう。スティンガー自身、だれかに強く惹かれることもなかった。
いるとすれば、ただ一人。皆が存在そのものをなかったことにしている、黒い尾の男だけ。
肉親と契りを交わすことは禁じられている。その禁忌から黒い尾が生まれるという迷信まであった。
では、黒い尾の兄と契るのは、どれほどの罪になるのだろう……?

スティンガーはあふれてくる涙を拭った。
乾いた風が目にしみる。
兄の心はたしかに闇に染まっていた。だがそれは、染められる前はちがっていたということにはならないか。
親を亡くしたスティンガーをたった一人で育て、そしてスティンガーを守り抜くために力を求めた兄の心は、まだ黒くはなかったはずだ。
兄が村を襲ったその夜、彼は変わらない優しさでスティンガーを受け入れ、禁忌の契りを許してくれた。悪に染まってもなお、その心は弟にだけは愛情を向けていた。その愛情を享受するだけだった自分が、どうして兄を責められるだろう。
見上げると、崖の上に白い花が咲いているのが見えた。子供のころは決して手が届かない場所に思えたが、大人になった今はその花を摘むのになんの努力も勇気もいらない。
「大人になったのに……」
もう顔も覚えていない。ほんの短い間だったけれど、ほんとうの友だちだった。
自分の弱さが他人を不幸にすると、知っていたはずなのに。
つかの間の相棒だったアンドロイドの修理を待ちながら幾度も流した涙は、悲しみではなく自分への怒りだった。兄を憎めず、それどころか求めつづけている自分への憤り。
結局、その弱さが兄を黒く染め、言い伝えどおりの「黒い蠍」にしてしまった。幼い日の友人も、滅んだ村も戻らない。兄の罪を自分が背負っていくしかない。
「黒い蠍は……」
今はもう、その言い伝えを知る者もないが。
どちらにしろ意味のない言葉だ。たった一人残された自分が、信じていないのだから。

『黒い蠍は、黒い心を持っている……』


ジャークマター退場席。
イカ「途中まではよかったが…最後でキュウレンジャーに味方したのは唐突じゃなイカ?」
スコ「キュウレンジャーじゃなくスティンガーだ」
タコ「同じだよこのタコ! 直前まで悪役全開だったじゃねえか!」
スコ「「いや…なんかこう、その場のテンションで…カローになったのも勢いっていうか成り行きだったし…」
タコ「テンションと成り行きで下克上を企んだっていうの? とんだ死に損だわ」
スコ「うんまあ…弟が思った以上にかわいく育ってたから、こいつ俺が宇宙征服したらどんな顔するんだろうって、見たい一心で…」
エリ「それなら悪役のまま散ればよかったではないか」
スコ「いやあれは…弟に倒されて、ああ成長したなあって思ったらなんかいろいろこみ上げてきて、せっかくだから最後にお兄ちゃんかっこいいって思ってほしくて…」
タコ「結局テンションというわけか! 見損なったぞスコルピオ!」
スコ「…ていうか何人いるんだマーダッコ!」
イカ「ああ、知らなイカ。死んだ人格がそのたびにこっち来るからどんどん増えていくんだよ」
タコ「嫌そうに言うな、死ねこのタコ!」
イカ「もう死んでるしタコはきみだ」

個人的には、悪いまま怪人体で倒されてほしかったのでがっかりラストでした!
ていうモヤモヤ解消のために書きました!