零/ジャック

2006_戦闘妖精雪風,[PG]

戦闘妖精雪風:深井零/ジェイムズ・ブッカー 


THE FRONT DOOR

自分以外の人間には無関心、仲間の生死に対しても冷徹。
それがブーメラン部隊全体の気性であり、隊員個人の傾向でもある。その性質は、任務内容とともに他の部隊からは疎まれ、反感を買うことも多い。
ある日、零はパブで酔っぱらいに絡まれた。
それもただの酔っぱらいではない。軍人、しかもパイロットだ。
「あんた、特殊戦のパイロットでしょ……あたしの相棒を見殺しにしたユキカゼの!」
当然、零は相手を無視した。よくあることだったからだ。
だが零の隣に座っていた彼の上司は、その酔っぱらいを無視することはできなかった。彼は自分が特殊戦のブッカー少佐だと名乗り、赤ら顔の彼女に謝ろうとする。
だが相手はあくまで「ユキカゼのパイロット」に恨みがあるらしく、無言の零の胸ぐらをつかむと、ジャックが止める間もなく殴り飛ばした。
正式な任務に難癖をつけ、一方的に暴力をふるったのだから、だれが見ても非は彼女にあった。だが零に同情する者はない。けんかを売ったほうが女ということもあって、野次まで飛ぶ始末だ。
特殊戦の二人は、この場で正当性を主張しても無意味だとよくわかっていた。
「出よう、零」
零は半分以上残っていたビールのジョッキを一気に飲み干すと、小憎らしいほどにおちつきはらったようすで店を出ていった。
「うちで飲みなおすか」
彼を追って店を出たジャックは、零の肩に手を置く。零は歩みを止めようとはしない。
「ああ」
無表情だが、肩には力が入っている。ポケットに突っ込まれた両手は、固く握りしめられていることだろう。
ジャックは彼を追い越し、先導するように歩いた。どちらの部屋へ行くにしろ、方向は同じだ。
だが、いつもの道を途中で折れた。零が立ち止まる。
「ジャック、どこへ行く」
共用電気ビークルのターミナルは、まっすぐ行った先にある。たしかにこちらへ向かえば居住区域には着くが、歩いて帰るとなると一時間近くはかかる。
「散歩だ。頭を冷やすのにちょうどいいだろう」
「頭は冷えてる。酔いも醒めたよ」
「いいから、つきあえよ」
零は口をへの字に曲げて黙り込み、だが結局はおとなしくジャックの後ろをついていった。
少し歩みを速めれば、苦もなく追いつけただろう。だがなんとなく、並んで歩く気分にはなれなかった。彼もまた、ふり返りもせずにのんびりと足を運んでいる。
友人の背中を見ながら歩きつづけているうちに、ほんとうに酔いが醒めてきたような気がした。それと反比例して、殴られた頬が少しずつ痛みを増してくる。零は麻酔が切れた歯痛の患者さながらに頬を押さえた。
いつもの倍の時間をかけて、二人は居住区にたどりつく。
エレベーターの中で、ジャックが零の顔を覗きこんだ。
「派手にやられたな」
「相当の剛腕だよ。しらふだったら、あごくらい砕けるんじゃないか」
「こりゃあ痕になるぞ」
頬に触れてきたジャックの腕を、零はとっさにつかんでいた。
「ん?」
とくに意識はしていなかったが、この欲求を抑えるために離れて歩いていたのかもしれない。彼がこちらの意図に気づく前に、全身を使って厚みのある身体を壁に押しつけた。ついでにキスくらいはするつもりだった。
「こら、部屋まで待て……」
エレベーターが止まり、ジャックは零を押しやる。開いたドアの向こうにはだれもいない。
「だれも見てない」
「だがだれか来るかもしれん」
ジャックは逃げるように足早に自分の部屋へ向かい、零はその後をスキップに近い駆け足で追う。
「零!」
背後でドアが閉まったとたんに、ジャックは細くて頑丈な腕で拘束されていた。
「部屋まで待てと言った。ここはあんたの部屋だ」
そう言う零の声には、笑いが含まれている。
「待て、おい、零!!」
背中と肩に容赦なく全体重をかけられて、ジャックは床に倒された。手とひざの痛みに苦情を言う間もなく、性急な手が服の中に這い込んでくる。
「せめてベッドに……」
「もう待てない。あんたの散歩が長すぎるからだ」
「ベッドまでの距離も待てないのか!」
「待てない」
あがいて仰向けになり彼と向き合えば、なんとも楽しそうな顔をしていて怒鳴りつける気も失せる。キスを迫る顔を押しやり、ベルトに絡む指を押さえつけ、なんとか上半身だけは起こすことに成功した。だが零は猛攻の手を緩めない。
とつぜん、零の身体が宙に浮いた。
「ジャッ……」
大きく息を吐いたジャックが立ち上がり、零は自分が彼の肩に担ぎ上げられていることを認識する。へたに暴れては床に落ちてしまいそうで、思わず硬直していた。
「まったく、サカる歳でもないだろうに」
土嚢でも担ぐように零を肩に乗せたジャックは、足取りも軽く……とはいかないが、よろめきもせずにベッドルームへ向かう。零は必死に友人の背中にしがみつき、身をよじって彼の後頭部に声をかけた。
「おい、ムリするなよご老体、自分で歩けるって……」
「だったら最初から言うことを聞け」
だが下ろそうとはしない。半開きだったベッドルームのドアを蹴り開けて、自分のベッドに零を放り出す。
「わっ!」
ベッドの上で勢いよく跳ねた零を見下ろして、ジャックはにやついた。
「男のロマンだねえ」
「くそったれ、レイプごっこでもする気か」
薄笑いは、笑い声に変わった。
「どっちかっていうと、連続強姦魔のおまえを現行犯逮捕、って気分だよ」
いきなり玄関でコトをはじめようとした零の姿は、まさにジャックの言うとおりだった。
シャツの胸元は大きく開いているし、尻までずり落ちたボトムのファスナーは全開だし、なにより攻撃的な視線は欲に満ちている。
「おれは本気で飲みなおすつもりだったんだがな」
零は苛立ったように両手で顔を覆い、そのまま髪をかきまわした。
「ジャック、ジャック、いいから早く来いよ。アルコールよりあんたがほしい」
「熱烈すぎて酔っちまいそうだ」
苦笑しながらため息をつき、ジャックは伸ばされた腕の中に身を委ねた。
だが抱きしめられた瞬間に悟る。
零はまだ頭が冷えてはいない。
「あんたがほしい」とは言ったが、きっとこの自分でなくてはならない理由など、ほんとうはないのだろう。ただいちばんそばに立っているから。それだけにちがいない。
そのことに文句はなかった。苛立つ友人をなだめ慰めるのは、友人として当然のことだ。この行為があるのは、自分たちが親しいからこそなのだ。
問題なのは……
「ッ」
頬骨に噛みつかれて、といっても歯を立てられただけだが、ジャックは呻いた。これが零のキスだ。たしかに女はいやがるだろう、と思う。
そう、問題はこの気性だ。実際の彼は、すべてに無関心なわけでも、心の底から非情なわけでもない。今も、自分が傷つき怒っていることに気づいていないだけだ。
彼のナイーブな精神は、やがて特殊戦の性質に耐えきれなくなるかもしれない。それがどういうかたちで表出するかは想像もつかないが、手遅れにならないうちに、こちら側へ……自分のそばへ引き寄せてやらねば。
彼にとって安全な場所は、それ以外にない。そのためには……
だが、零の指が本格的に行動を開始する。
ジャックの思考は中断されたまま、シーツの襞に埋もれていった。

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