零/ジャック
戦闘妖精雪風:深井零/ジェイムズ・ブッカー
お題「RAINY」は、SCHALK.さまからお借りしました。
ガラスを舐めていく水滴
頭上20センチほどの高さに、ぽつり、と水滴が当たった。
点はそのまま透明な窓の上をすべっていく。
ぽつぽつと短い線を描いていた雨は、やがて無数の透明な爆弾となり、あっという間に視界を覆い尽くしていった。
雪風のコクピットからそれを眺めていた零は、そのビジョンになにかを想起しかけた。しかしフライトオフィサの呼びかけですぐに意識を呼びもどされる。
今は任務中だ。余計なことを考えている余裕はない。そうだろう?と相づちを求めると、愛機もうなずくかのように次の指示を求めてきた。
有能な機体のおかげで、今日もぶじに任務を終えて帰還する。
戦闘の最中に降り出した雨は、帰投のころにはどしゃ降りになっていて、外に出ていた機は皆ずぶ濡れだった。雪風も例外ではない。機体を洗うような勢いで雨水が流れ落ちている。
濡れそぼった愛機を下から眺めているうちに、またなにかの記憶とつながりそうになった。
「……………」
少し息苦しい。普段より汗をかいているような気もする。苛々とパイロットスーツの胸元をゆるめ、足早にロッカールームへともどった。
身につけているものをすべて脱ぎ捨て、そこでようやく自分の身体が熱を帯びていることを自覚した。零は、勃起しかけたそれを無感情に見下ろす。よくあることでもないが、気にするほどでもない。
トイレよりもシャワールームのほうが近かったという理由から、火照った身体は水で冷ますことで処理した。
下腹部にもやもやとわだかまっていた熱が、汗とともに洗い流されていく。壁を、床を、シャワーの水が伝い落ちる。
「……そうか」
思わず、笑い出していた。
シャワールームは無人だったが、人がいたとしてもその笑い声には気づかなかっただろう。
冷たい水に打たれながら、零は喉の奥でくすくすと笑いつづけた。
「地上は、雨が降ってた」
「ああ、そうだったな」
どこか困惑した声が返ってくる。それがおかしくて、彼を抱きすくめる腕に力を込めた。
「それで?」
部屋の真ん中で背中から抱きつかれたジャックは、零の腕を振りほどくでもなく、肩越しに呆れたような視線を投げてくる。
「雨が降ってたから……セックスしたくなった」
「……なんだそりゃあ」
降参、とばかりに天井を仰ぐ彼の首筋に、唇の痕を残す。
「おい……っ」
「あんたのせいだ、ジャック」
「わけがわからん」
苦笑しながらも、ジャックはそれ以上なにも言わない。
以心伝心、などという麗しいものではなく、単に思考を放棄しているのだ。余計なことを尋ねたり説いたりせずにつき合ってくれる、その気安さが心地よい。
「……さっさとシャワーを浴びてこいよ」
ぐいっと厚い身体を押しやると、彼は目を丸くしてこちらを見やった。
なにを言っても動じることのなかった男が、今だけは本気で驚いている。
「珍しいな……」
いつもなら、汗や埃まみれでも気にせず乗りかかってくるくせに……とぶつぶつ呟きながら、その途中で気づいたらしい。
「……そういうことか」
先週ここへ来たとき、少しは気を遣えとバスルームに放り込まれたのが発端だった。少しだけ虫の居所が悪かったのも手伝って、服を着たままの彼をシャワーの下へと引きずり込んだ。
当然の権利として、彼は怒り……不遜な部下に対して個人的な制裁を加えた。
即ち。
聞くに堪えがたい甘い言葉を囁きながら、濡れた肌を倦むほどに優しく愛撫し、熱いシャワーと激しい責めで疼く身体へ、何度も楔を打ち込んだのだった。
その記憶が、自分で思っていたよりも鮮烈に残っていたらしい。
流れる雨がスイッチとなり、そのときの感覚や心境を再現しようという意識が働いた。それだけのことだ。
「ずいぶんと短絡的だな」
腕組みをして、首をかたむけて。揶揄するように、彼は笑う。
応えて、肩をすくめた。
「複雑なのは性に合わない」
「らしいよ、まったく」
息を吐き出してバスルームへ向かう男のあとをついていくと、ふり返りもしない背中が声をかけてくる。
「服は脱げよ」
「了解」
敬礼をして、その手で髪をかき上げた。ついでに、舌先で乾いた唇を舐めていた。
そのときは、たしかに怒っていた。怒りにまかせて、彼を濡れた壁に押しつけた。肩をタイルに打ちつけられた彼はかすかに呻いたが、それでも謝る気配はない。
「お仕置きが必要か」
相手も機嫌が悪いのはあきらかだった。濡れてひたいに張りついた前髪のあいだから、体感温度の低い目つきで睨んでくる。
「殴りたいなら、好きにすればいい」
ここで衝動のまま暴力をふるっても、彼は少しも堪えないだろう。
「そうか。好きにしてほしいか」
裸の肩を掴んだまま、荒々しく口づけた。零は苦しそうに身をよじり、ジャックの腕をひっかいた。それでも、本気でいやがるなら当て身のひとつも繰り出してくるだろうと思ったから、その行為をつづけた。
ひざで脚を割り、股間に太腿を押しつける。そのまま擦り上げてやると、濡れたデニム地のざらついた感触に、言葉にならない声を洩らす。ジャックは勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「こうしてほしかったんだろう? 素直に言えよ」
零は唾液で濡れたあごをぐっと上げ、喘ぐように口を開く。
「セクハラだ、ジャック」
「おまえが言うな」
生意気な口をもう一度ふさぎ、濡れた身体を抱き寄せた。
今、タイルに押しつけられているのは、自分のほうだった。シャワーが正面から顔に浴びせられるのも、気持ちいいのは最初だけだ。だんだん煩わしくなってきて、コックをひねり止める。向きを変えられないのなら、それくらいは許されるだろう。
ジャックの背中に張りついてその動きを拘束していた男は、今度は前に手を伸ばしてきた。あまり優しいとはいえない手つきで、そこを握り込まれる。
「おい、零……」
背後に声をかけながらも、返事はそれほど期待していない。
雨が降ったから、セックスしたくなった。
そんなバカなことを、たぶん本気で言う男だ。会話はほとんど意味を成さない。お互いがしたいようにするのがベストだ。そして、今は零に弄ばれたい気分だった。
「…………っ」
脚のあいだにひざが入り込んでくる。裏から強く擦り上げられ、ついでのように乱暴にしごかれて、思わず目の前のタイルに縋りつく。
「こうしてほしかったんだろう? 素直に言えよ」
囁く言葉は甘ったるいのに、その声はあいかわらず硬質だ。笑みすら帯びていない冷たさが、なぜか身体を疼かせた。
「……セクハラだぞ、零」
零は答えず、その代わりにようやく笑い声を上げた。
「あんたが言うなよ、ジャック」
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