ルー・ガルー/サラマンダー

2010_ハートキャッチプリキュア,[R18]

ハートキャッチプリキュア!:ルー・ガルー/サラマンダー

※ルー・ガルー成人済


旅程

とん、と軽い衝撃があって、背中に重みが乗ってきた。彼がもたれかかってきたのだということはふり向かなくてもわかっていた。
ベッドに腰かけて窓の外を眺めていたおれは、なにか言葉をかけようと口を開いて、でもなにも思いつかずに口を開けたまま、ガラスの向こうの空を見上げる。昨日からずっと泣きつづけている空は重苦しい灰色で、まだ朝なのに部屋の中も暗い。
日が昇った感じがしないせいだろうか。おれたちは安い宿屋のベッドでただぼんやりとして、背中合わせにもたれ合っていた。
今度は、頭の後ろに軽い衝撃。彼は天井を見上げて大きく息を吐き出す。
もともと口数の多くない彼だけど、雨の日はほとんどしゃべらないし、動かない。一日中、こうしてなにもせず過ごすことさえある。
カーテンを閉めて明かりをつけようと思い、立ち上がった。
「おっ……」
間の抜けた声を上げて、おれに寄りかかっていた彼が後ろに倒れ込むのが聞こえた。頬をゆるめながらカーテンを引いて、いよいよ暗くなった部屋をふり返る。
ベッドの上で、仰向けにひっくり返った彼がおれを見上げていた。
笑うでもなく、睨むでもなく。どこか魂の抜けたようなこの顔に、幼いころは意味もわからず焦燥を覚えたものだった。それが、別の感覚を呼び起こすようになったのはいつからだっただろう。
「…………」
明かりのことも忘れ、ベッドに歩み寄った。真上から覗き込んだ顔におれの影が落ちる。おれはベッドサイドに跪き、逆さまの唇に口づけた。
わずかに彼の息が止まる。息をさせてあげようと舌で唇をこじ開ければ、熱い吐息が洩れて安心する。この人はたしかに生きているのだと。
外で降っている雨の音はカーテンで閉ざされた部屋の中には聞こえず、だから舌が絡み合う濡れた音がやけに大きく耳に響く。
少し唇を離して、頬をすりつけた。無精ひげのざらりとした感触が彼の存在を感じさせてくれる。うれしくなって、その頬にも口づける。硬い頬骨に、ひくつくまぶたに、細いあごに、髪をかき上げて耳にも。逆さまの顔に何度も唇を落とす。そして、やわらかい首筋に噛みついた。
「ルー・ガルー……」
それまで黙ってキスを受けていた彼が、初めて囁いた。たしなめるような、懇願するような。あるいは、誘っているような。
そのまま吸い上げて痕を残す。人間離れした陶器のような肌には、おもしろいくらいにくっきりと痕がついて、何度文句を言われてもやめられない。近ごろでは不平さえ出なくなり、ただあきらめのため息を投げつけられるだけだ。逆から乗りかかっている今はその吐息がおれの胸元に当たってくすぐったい。
シャツのボタンを外しながら、広い胸にも朱を散らしていく。小さな先端をくわえると、深いため息とともに「バカ……」と力ない文句が吐き出された。そこを吸い上げ、歯を立て、舐めまわすだけで、おれの胸に当たる息がどんどん熱くなっていく。
「ぁ……」
身を震わせた彼は、声を上げてしまった照れ隠しなのか、おれの髪を撫でながら苦笑してみせた。
「なんで、今なんだ……」
この町に来てから、どれほど帰りが遅い夜でも同じ部屋で並んで眠りにつかない日はなかった。それがあたりまえだから。でもそのあいだ、おれたちはお互い手にも触れていない。
だから、よりによって雨の日の朝にこんなことを始めてしまったおれを、笑っているのだ。
「……やめようか?」
ちょっとした反抗心からそう呟くと、くすくす静かな笑い声が返ってきた。
「いいさ。どうせ、今日は外に出るつもりなんかなかったんだ」

貧相なベッドがかすかな悲鳴を上げている。でもそんなことを気にしている余裕なんかあるはずがない。
「ぁああっ…ガル……」
甘い悲鳴にそそのかされるまま、おれは彼の奥を深く穿つ。
「んぅ……あぁっ」
白い喉を反らして、白いシャツをしわくちゃにして、白いシーツをつかんでいる、彼。暗い部屋の中では、全てが灰色だ。窓の外の雨空みたいに。ただその赤毛だけが、おれの視界の中で燃えている。かつて自在に炎を操った力も今はないというのに。
力を失っても彼は相変わらずで、おれたちはたった二人の家族だった。ただ、目に見えて弱っていく彼の生気だけはどうしても取り戻すことができなくて、おれは自分の無力さを恨んだ。彼のなかにもう一度炎を……幼い頭でおれはいつもそれだけを考えていた。
また、あのころの彼に戻ってほしいんじゃない。でも、今の壊れて消えてしまいそうな彼を見ているのも苦しい。
「ど、うした……」
濡れた目が訴える。かすれた声がねだる。熱い奥が誘う。
なんだか息がうまくできなくなって、苦しさに喘ぎながら彼の手首をつかんで枕に押しつけた。
「あんた……おれを置いていったりしないよな?」
彼は驚いたように目を見開いておれを見つめたが、やがて口元だけで笑う。
「しねえよ……置いてくのはおまえの仕事だ……」
「!」
そうだ。どれほど儚く見えても、彼はおれよりずっと長く生きる運命だ。彼がおれに見せる表情は、おれの感じている儚さを彼もおれに感じているせいだ。十何年も前からずっと。
「……っ」
言葉もなく、彼を押さえつけたまま深く突き上げる。
「は……ぁうっ!」
目の前に白い喉が晒された。衝動のまま、さっき歯を立てた喉笛に再び噛みついていた。
狼男の力は子どものころになくしたけれど、狼の心は失っていない……最初からおれの中にあったのだと、彼は言った。ある意味では真実なのかもしれない。
「ル……ガル……」
掴まれた手が苦しげにもがく。
力をゆるめたとたんに彼がしがみついてきて、おれの中の狼が吼える。
「くぅ……っ!!」
迸る熱が
「ふっ……ぁあっ!!」
細い背中を反らせて果てた彼は、しばらくおれを抱きしめたまま離そうとしなかった。

雨は音も立てずに降りつづけている。
狭いベッドを占拠されて、おれは仕方なくさっきのようにベッドの端へ腰かけていた。
「昔、おまえを置いて一人で町に出たことがあったな」
突然そんなことを言いはじめた彼を、おれは息を止めてふり返る。
枕に赤い髪を散らした男は天井を見つめているようだったが、その目はきっと別のものを見ているのだろう。
「迷路みたいな町で、さんざん迷っちまって、なかなか戻れなかった」
あの町かな、といくつかの町並みをぼんやりと思い浮かべた。身軽に動くために子どものおれを置いてどこかへ行くのはよくあることで、彼がいつの話をしているのか見当をつけるのは難しい。
独り言みたいに、低い声が言葉をつづける。
「おまけに雨が降ってきて、俺は傘を買ったんだ」
ああ、きっとあの町だ。赤くて大きな、変わったかたちの傘を覚えてる。あのとき、おれは……
「やっと戻ったら、おまえは一人じゃなかった」
「うん……猫を見つけたんだ」
箱に入れられた捨て猫だった。それでもいないよりはマシで、猫を相手におれはさびしさをまぎらわせていた。でも、彼は。
「あの日から、雨と猫が嫌いになった」
たしかにあのとき、彼はしばらくまともに口をきかなかった。
おまえは道具だ、と言われつづけてきたけれど、おれはどうしてもこの人を嫌いになれなかった。今ならその理由もわかる。一人でさびしかったのは、おれだけじゃなかったんだ。
「でもさ」
カーテンの隙間の灰色を見つめながら口を開く。
「おれはあの日、赤い傘が好きになったよ」
「ふん……」
背後から、忍び笑いともすすり泣きともつかない声が聞こえてきて、おれは雨空に向かって微笑んだ。

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