小話色々
侍戦隊シンケンジャー:オールキャラ小話
忍恋秘想(しのぶこいひするおもい):池波流ノ介
黒子夜話(くろこやわ):池波流ノ介
花薫姫君(はなかおるひめぎみ):志葉薫
父熊子熊(ちちぐまこぐま):谷千明
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忍恋秘想(しのぶこいひするおもい)
黒装束をまとう者は、個を持ってはならぬ。見せてはならぬ。
怒りも悲しみも憎しみも、すべての感情を殺して、ただ主のためだけに動く者。
だがその黒装束でも抑えきれない悲憤と絶望を持てあまし、男は黒い頭巾を脱いだ。二度と黒子にもどることはないと思っていた。
あの、長身の若侍に出会うまでは。
流ノ介の枕元に座り、その寝息をじっと聞く。
先ほどまでは苦しげな呻きを洩らしていたが、今は呼吸も穏やかで規則正しい。ほっと安堵のため息をついて、ひたいの濡れ手拭いを取った。
侍たちが酷い怪我を負って帰ってくるのは毎度のことで、ときには寝つけないほど熱を持ったり痛みに苛まれることもある。その手当てをするのは自分たちの仕事だ。だれがだれの世話をすると決まっているわけではないが、自然と流ノ介の傍らにいることが多くなった。
流ノ介は、この自分を知らない。名もない黒子の一人としか思っていない。それでいいのだ。素顔で向き合った時間など、今の自分には関わりのないこと。今はただ、全身全霊で彼らを支えることだけが、黒子の本分であり、本意でもある。
あの悲しみを、再び味わうことのないように。
「……………」
冷たく濡らした手拭いを彼のひたいにそっと置き、端正な寝顔をしみじみと眺めた。
「おはようございます!」
日課の庭掃除をしていると、規則正しい足音とともにさわやかな大声が朝の空気を震わせる。
すでに鍛錬をはじめていた侍三人は少し驚いた顔で、現れた流ノ介を見た。
「もういいの?」
「ああ」
心配そうな茉子にうなずいてみせた流ノ介は庭をぐるっと見わたし、なぜかこちらに目を留めてぱっと明るい顔になる。
何事かと息を詰めて庭箒を握りしめている黒子に、彼はまっすぐ駆け寄ってきた。
「おはようございます」
わけがわからないまま、彼に合わせて頭を下げる。声を出さないのは黒子の鉄則だから、無礼には当たらない。
長身の侍は笑顔で黒子を見下ろした。
「明け方まで看病していただき、ありがとうございました。おかげですっかりよくなりましたよ!」
「……!?」
声を出してはならない。だが、禁じられていなくとも声など出なかった。なぜ彼はこの自分だとわかったのか。いつから知っていたのか。
驚いているのは自分だけではなかった。千明が信じられないといった顔で駆け寄ってくる。
「おまえ……こいつらの区別ついてんの?」
「こいつらとはなんだ! いつもお世話になっている黒子さんたちだぞ!」
質問に答えるより先に、流ノ介は千明に竹刀を突きつけた。紙一重で胸を突かれそうになった千明は、硬直してその場に立ちつくす。そして、ちらりとこちらを見て頭だけを下げた。
「……スイマセン」
もともと、その存在を感じさせないようにふるまっている黒子の区別がつかないのは当然だし、千明の乱暴なもの言いは今にはじまったことではない。べつに謝られることはないから、こちらもつい頭を下げてしまう。
おとなしくなった千明に満足したらしい流ノ介は、うなずいて竹刀を下ろした。
「ひとつ屋根の下で暮らしているのだ。体つきや所作で自然と見分けがつく。茉子とことはをまちがえないのといっしょだ」
「いっしょじゃねえだろ、それは……」
これには茉子とことはも驚いて、鍛錬の手を止める。
「わあ、流さんすごぉい」
「すごいっていうか、いっそ変よ」
残念ながら、他の三人が正しい。
黒子を見分けられるのは丈瑠と彦馬だけだが、それも素顔を知っているからこそだ。顔なしで人を判別するのはひどく難しい。かつて、それができたのは……
「そうか? 妙だな」
首をひねる流ノ介を、黒布越しに呆然と見つめた。
「妙なのはあんただってば」
「でもやっぱりすごいわぁ。よく見てはる」
「そりゃ、世話になってるなあとは思うけどよ……顔なしだと今ひとつ親近感がわかねえっていうか……」
ぶつぶつと呟いた千明は、こちらを見てなにかを思いついたような笑顔になった。
「なあ、あんた! ちょっとそれ取ってみせてくれよ?」
「!」
無邪気な手が伸ばされる。
だが、いかな侍衆の要望であっても、これを剥がされるわけにはいかない。規律もあるが、流ノ介にこの顔を見られたくないという心が先に立つ。彼が黒子を見分ける目を持っていると知った以上は、なおのこと。
「……………」
じりっと後ずさったとき、目の前に光が走った。ように見えた。
「千明っ!」
怒号とともに、竹刀が無遠慮な手をしたたかに打つ。痛みが想像できそうな、小気味よい音が庭に響いた。
「……ってえぇ!!」
手を押さえて騒ぐ千明が、ふっと見えなくなった。目の前に流ノ介の背中がある。彼は黒子を守るように、背筋を伸ばしてそこに立っていた。
「彼らには彼らのルールがある。煩わせるな」
毅然と言い放つ姿に見とれかけ、はっと我に返って、痛みに騒ぐ千明に駆け寄ろうとする。だが、流ノ介の手がやんわりと黒衣の胸を押しとどめた。
「放っておいてください。悪いのは千明ですから」
「……………」
できるだけ不自然でないように、一歩下がって彼から離れる。長いこと触れられていては、この異常な鼓動を怪しまれかねない。
ところが流ノ介は黒子に向きなおり、あろうことかその肩をがしっとつかんだ。
「!?」
正面から顔を覗き込まれ、向こうからは見えないとわかっていても冷や汗が伝う。
「あなたがそばにいてくださるから、私はなんの憂いもなく殿をお守りできるのです。お名前も存じ上げませんが、いつも感謝しております」
まっすぐに向けられる言葉が、胸を締めつける。返事ができないのも歯がゆいが、できたところでなんと答えればいいのだろう。
「もぉ、いつまで黒子にくっついてんの」
別の黒子が差し出した手拭いで千明の手首を冷やしている茉子が、あきれ顔で流ノ介を呼ぶ。
「そうだ! 煩わせてんのはおまえじゃねえか!」
「ねえねえ流さん、うちにも黒子さんの見分け方教えて……」
「今そんな話はしてねえだろ!」
「千明、ちょっとじっとしてなさい」
にぎやかな仲間たちに流ノ介の意識も向かいかけ、黒子の肩から手を離そうとしたとき。
「朝から騒々しいな」
濡れ縁に彼らの主人が現れた。
流ノ介はぱっと晴れやかな顔になり、それでも目の前の黒子に会釈をするのは忘れずに、主人のところへ飛んでいく。家臣の鏡だ。
「殿! おはようございます!」
「ああ」
丈瑠は手を押さえている千明と彼を囲んでいる二人を一瞥し、それから足下に跪いた流ノ介を見下ろす。
「流ノ介」
「はい!」
「手合わせを」
黒子が手渡す竹刀を受け取り、丈瑠はすたすたと庭の中央に出ていく。見返りもしないが、流ノ介にはそれで充分だった。
「はいっ!!」
個を消すのは、黒子の本分。影となるのは、黒子の本意。気づかれない、見分けられないことにこそ満足を覚えるのが自分たちだ。
だが……
胸の奥がかすかに痛む。
かつて、彼と同じく黒子たちを見分けられる侍がいた。その男は……
黒子が一人、庭の隅で箒を握りしめたまま立ちつくしていた。
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