大河内/湊
相棒2:大河内春樹/湊哲郎
蜜月
上着を脱いで椅子の背に掛けたとたん、後ろから長い腕で抱きすくめられた。
「……少しは待てないのか」
止まりかけた息をなんとか吐き出して、声に呆れた色を滲ませる。
「すいません、でも……」
いかにも失態を詫びる部下の声だが、彼は腕の力をゆるめようとはしない。
細く長い指が、Yシャツの上から胸をまさぐる。焦った様子でボタンをはずそうとする手を押さえ、自分でシャツの前を開けた。
「……っ」
急いた呼吸が首筋に当たったかと思うと、唇が押しつけられた。長い指は肌の上を直に撫でさすってはその感触を記憶しようとしている。
腕の上から抱きしめられているから、こちらからは彼に対してなにもできない。与えられる愛撫を黙って受け入れているしかない。
「湊……っ」
熱い息とともに吐き出した名前は、同じように熱く湿っていた。耐えきれずに彼の腕をつかむ。
「大河内さん……?」
荒い息のままで問いかけてくる彼のほうに向き直り、惚けた顔を睨みつけて首を抱き寄せた。
衝動のままに唇を重ねると、彼はうっとりと目を閉じて応えてくる。
「ん……」
睫毛がかすりそうな距離で彼の顔を見つめた。なにも……この自分のこと以外はなにも考えていない、考えられないといった様子だ。
年甲斐もない青くささだと冷笑しようとしたところに、舌を絡め取られて息ができなくなった。しなやかな手はスーツの中に這い込み、シャツをひっぱり出そうとしている。
「み……なと……っ!」
必死の腕力、というよりは精神力で、彼の身体を引き剥がす。
胸を軽く突き飛ばしただけであっさりひざを折った彼は、すぐ後ろのベッドへと仰向けに倒れ込んだ。
「大河内さん……」
呆然と見上げてくる大きな目が、彼を歳よりも幼く見せる。その無垢にも見える若々しい顔立ちが余計にこちらのペースを乱すのだ。ため息をつきながら、自らベルトを外した。
「……まったく、仕事を離れると後先考えなくなるのはどういうわけだ?」
「それは……」
だが答えなど待たずともわかっている。彼がなにかを言う前に、彼の上に乗りかかって両腕をベッドに押さえつけた。
「有能なのは仕事だけか」
「…………!」
彼の頬がみるみる朱に染まっていく。自覚はあるのだ。この方面にそれほど器用ではないことを。何度揶揄されても、彼はそのたびに恥じ入り、己の至らなさを詫びて許しを乞う。
そんな姿が見たいだけなのだと伝えたら、彼はどんな顔をするだろう。
「すいませ……」
今も謝ろうとする唇に、そっと指を当てて黙らせた。
彼の腰から尻を撫で下ろした手でバックポケットを探ると、正方形のパッケージが出てくる。
「こういうところだけは用意がいいんだな……」
ため息混じりにそれをひらつかせて、彼の表情の変化を楽しんだ。彼は目元を赤くしていたが、やおらぎゅっと目をつぶってむりやりこちらを抱き寄せる。
薄い胸の上に倒れ込みながらも、心配はしていなかった。職業上鍛えられているこの身体は、そうかんたんに潰れはしない。ならば、と思いつく。
「湊……」
真っ赤になっている耳に口を寄せ、小さく呟いた。彼は驚きに目を見開いたが、異を唱えることはしなかった。
「あ……ぁあ!」
細い喉をのけぞらせて喘ぐ彼を見下ろしながら、ゆっくりと腰を動かす。縋ってくる手が、無自覚なのか腕にぎりぎりと食い込んできた。
「く……ぅん……」
つい、眉間に皺が寄る。腰から突き上げてくる衝動をこらえ、声を出さないように奥歯を噛みしめるが、それでも喉は勝手に音を立てる。
視線を落とすと、彼の腹の上で、猛った自分自身が揺れていた。喘いでいる彼のそれは、今この自分の中にある。敬愛する上司を貫いて、中で強く脈打っている。
こちらが腰を浮かせたり落としたりして揺らすたび、仰向けになった彼はなんとか起き上がろうとする。中で角度が変わり、それに刺激されて強く締めつけると、彼の欲望がさらに大きく力を増す……そんなくり返しで、二人は快楽を貪りつづけていた。
「んぁああっ、ああっ」
シーツの上で身をくねらせる彼は、ひどく従順で。どちらが犯しているのかわからない。若い部下を組み敷いて支配している快感と罪悪感が心中でせめぎ合っている。身体を犯されているのは自分だが、彼の精神を犯しているのはこちらなのだ。
「大河内さん……」
顔のほうへ手を伸ばされ、思わずかがみ込んで近づいた。だれも知らない、几帳面な彼が快楽に溺れる表情。これは、自分のものだ。
「ゃ……あああ……っ!!」
嬌声とともに彼は高みへと上りつめる。息が止まるほど強くしがみつかれ、歯を食いしばるのを忘れた。
二人の男は抱き合ったまま、互いの最も熱い部分を感じていた。
ドアがノックされる。
「おはようございます」
湊と同じく部下である女性だった。出張で男二人女一人のチーム編成となれば、ホテルの部屋割りはおのずとこうなる。
「課長、時間です」
ドアを開けた彼がふり向き、きまじめな声で呼んだ。その声には甘えも照れもない。
「今行く」
コートのボタンを閉めてから、いつもの錠剤を噛み砕く。髪の毛一本たりとも乱れてはいない。冷徹な監察官とその手先。哀れな警察官たちを怯えさせるには申し分ないだろう。
一度ドアを閉め、自分のコートと鞄を取りに部屋へもどってきた彼が、ちらりとこちらを見た。黒目がちの大きな瞳で。
「私にも分けてください」
「え……」
なにを言われているのか理解する前に、彼の影が自分に落ちる。
「む……っ」
飲み込みきれていないラムネの欠片が、二人の舌のあいだでざらりと動いて砕け、甘さが広がった。
「行きましょうか」
「……ええ」
ぐいと口を拭って、ドアの横の姿見を見る。
そこに映っているのは、威厳もなにもない二人の男。甘い夜を過ごしたあとでそろって出勤する、ごくありふれた恋人たちの姿だった。
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