アーサー/ランスロット
キング・アーサー:アーサー/ランスロット
それは、決して口にしてはならない。思ってもいけない、おそろしい罪。
だが言わずにはいられなかった。
「ずっと愛しているよ……ずっと……」
十年目の挑戦
宴の夜だ。
一度中座した俺は、再び騒がしい宴の席にもどってきていた。
兵士も農民も商人も、皆いっしょになって騒いでいる。前に抱いたことのある女がすれちがいざま流し目を送ってくるが、今夜は応えてやる気分にもなれない。ただ酒を受け取り、席を探す。
そんな俺をめざとく見つけた仲間たちが、それぞれ大声で呼びながら手にしていた杯を突き出した。
「おかえり、ランスロット!」
声をかけられた以上、他の席へ移ることもできない。俺はしかたなく騒がしい連中のあいだに座った。
「またふられたな」
「へえ、なんでわかるんだよ?」
「女好きのこいつが女に色目を使わないときが他にあるか?」
「ああ、天下のランスロットが形なしだ」
俺は一息に酒をあおると、こぼれた酒を手でぬぐいながら周りの連中を睨みつけた。
「うるさい」
だが死線をくぐり抜けてきた騎士たちに恐れるものはない。ただ豪快な笑い声が返ってくるだけだ。
「女なら目が合っただけで寄ってくるのにな」
「いや、ランスロットなら目が合っただけで孕ませるだろ」
「気をつけろよ、おまえのガキだって何人が……」
言いたい放題だが、昔の俺に唯一の快楽として女遊びを仕込んだのはこの連中なのだから、責任逃れもいいところだろう。
「食うか?」
少なくとも年齢的には俺の人格形成にあまり悪影響のない同輩が、ぶ厚い肉の乗った皿を差し出してきた。
「十年越しとは、ただただ感心するね」
そう言う口調は完全に呆れている。
「ああ、俺も自分に感心してるよ」
肉を食いちぎりながら気の利いた返事をしたつもりが、それは周囲の笑い声で完全にかき消された。頑丈な腕がどさっと肩に落ちてくる。
「だから実力でモノにしちまえって言ってんだろうが」
俺と肩を組んだかたちの男がそう言うと、別の男がスープを飲み干しながらそれに応えた。
「ああ、俺も言ったさ五年前に。だがひざを抱えたランスロット少年はなんて言ったと思う?」
またこれだ。
うんざりして天井を仰ぐ俺にはかまわず、連中は声をそろえて心底楽しそうに怒鳴った。
「「アーサーには嫌われたくない」」
俺は空の杯をテーブルに叩きつけ、勢いこんで立ち上がる。
「だがキスはしたぞ!!」
一瞬静まりかえった円卓の騎士たちは、つぎの瞬間爆発するように笑い出した。
今夜の城壁はいつもよりにぎやかだ。
いちばん最初は、たしかに遊びだったかもしれない。
だれが言い出したか、そのゲームはまだ少年だった俺に度胸試しとして提示された。
ゲーム目的は単純で簡単。
「ローマの敬虔なクリスチャンを誘惑できるか」
辺鄙な村からむりやり連れてこられ、気晴らしとして覚えたのが女の味で、そっちの方面に自分の才能を見出していた俺はすぐに乗った。この顔で女が釣れるなら、男だって引っかかるはずだ。俺と同じ兵士の中にも言い寄ってきた者がいるくらいだから、男盛りの司令官くらい簡単に落としてみせる自信があった。
まだ司令官としての彼も、そして人間としての彼も、理解しきれていなかったころの話だ。
あれから十年になる。ゲームを提案した男はとっくの昔に死んだ。いくらか賭けていた連中も今はほとんど土の下。それでも俺は、この挑戦を未だにつづけている。
それはもう、ゲームなんかじゃない。
闇の中に彼がひざまずいている。
「またお祈りか。毎晩その日の報告をしなけりゃならないとは、手間のかかる神だな」
「ランスロット」
彼は驚いたようすで立ち上がった。いつもそうだ。俺がそばにいることさえ気づかない。
「どうした? 宴はいいのか」
「今日はなんの日か知ってるか?」
なんて拗ねた声だ。自分でいやになる。そんな俺に、彼は当然ながら少し戸惑ったようだった。
「ああ……円卓の騎士を結成した記念日だろう? だから宴を……」
「つまり! 俺とあんたがいっしょにいられるのもあと五年ってことだよ!」
このわからずや、とつづけそうになるのを飲みこんで、彼にもう一歩近づく。
「ランス……」
「俺は故郷に帰りたい。だがそれ以上にあんたと離れたくないんだ、わかるか?」
それはまったく理屈の通らないわがままだった。それでも譲る気はない。愛する者と愛する土地、俺にとってはそれが至上だ。だから、わがままを承知で彼に願いをぶつける。故郷よりも彼を想っていることをわかってほしくて。
「……そのことなんだが」
彼はうつむきかげんに思案するような口調で言葉をつづけた。
「この兵役が終わったら、私とローマへ行かないか」
「なに……」
彼といっしょに、南の国へ……
「私だって親友と離れるのはつらい。優秀な兵士のおまえなら、どこに行ってもやっていけるだろう。おまえさえよければ、ぜひ私の国へ来てほしいのだが……」
だが、そんな話で有頂天になれるほど、俺はもう無垢でも莫迦でもなかった。
それはつまり、五年後に待っている自由を捨てるということだ。その先は十五年どころじゃない、ひょっとしたら死ぬまであの国に縛りつづけられることになる。彼だってこの地では確かに司令官だが、国へもどったらただの兵隊だろう。司教たちは命令ひとつで俺たちを引き離し、どこか遠くへ追いやることだってできる。
自由どころか、彼とともにあることさえ保証されない。そんなのは願い下げだ。
「イヤだね。アーサーは好きだが、アーサーの神は嫌いだ」
「ランスロット!」
もともとあまり血色がいいとはいえない顔が、さっと青くなる。
彼が自分の神を否定されることをいちばんいやがるのを、俺は知っていた。だからあえて彼を怒らせることはなかったのだが、そのときは苛立ちのせいで止まらなかった。
「俺の神は自由を奪ったりしない」
「私の神もだ」
ちがう。俺たちのどこが自由なんだ。
「俺があんたを愛することさえ許さないじゃないか」
何度目になるかわからない、ストレートな告白。もう色目も甘い声も使わない。笑みを浮かべる余裕さえなく、ただまっすぐに想いを告げる。この高潔な男の前では、色恋の技巧や虚飾の言葉など意味をなさない。
「だからその話はやめてくれ……」
そして……ああ、まただ。
哀しそうな、つらそうな表情で、両手に顔をうずめるのだ。まるで己を責めるように。
「なにも俺はあんたを堕落させるつもりはないし、女みたいに一晩だけ相手をしてやるなんて考えてもいない。ただ受け入れてほしいだけだ。なにが悪い?」
責めるなら俺を責めればいい。なぜ彼が苦しむ? その神はどれほどえらいというのか。彼を苛む権利を持つ神というのは。
「おまえは……」
泣く子も黙る円卓の騎士、その総司令官が、今は自分が泣きそうな顔をして俺の前に立っている。
「おまえは、若くて美しい。女にも不自由しない。なのになぜ私のような男を……」
「何回言わせる気だ! 器量なんかどうでもいいんだよ、俺はあんたを愛してる! 理由なんていらないだろう!?」
彼の大きな手がぎこちなく俺の髪に触れ、そしてそっと撫でた。
「許してくれ、ランスロット……私は私の神を裏切るわけにはいかない」
「アーサー……」
再びの不平が口をついて出る前に、彼の顔がふっと近づいた。言葉を失った俺の唇を、彼の唇がかすめる。
「宴にもどれ。そして私のぶんまで楽しんできてくれ」
そのときの自分がどんなに間の抜けた顔をしていたか、想像したくもない。
彼が身を引いたあとで我に返り、そのまま抱きよせればよかったとかキスを返せばよかったとかレベルの低い後悔がぐるぐると回る。だが力押しはしないと決めている以上、その機会はもうない。
結局彼に手を伸ばすことさえできず、ただ拳を握りしめ、きびすを返すしかなかった。だがそのまま宴にもどるのも悔しい。ふり向いて、肩越しに宣言する。
「……来年の今日までにはぜったい、あんたに俺を愛してると言わせてみせる!」
彼は困ったように微笑んで頭を振っただけだった。
勢いこんで口説きにきたくせに、情けない捨てゼリフを吐いて逃げ帰る俺は、彼の目にどう映っていたのか。いや、俺なんかにかまわず、神への祈りをつづけるのだろう。彼はそういう男だから。
広場から、ごろつきどもの騒々しい声が聞こえた。
「おかえり、ランスロット!」
男はひざまずきもせず、祈りもせず、ただ友人の去ったほうをじっと見つめていた。
やがて洩れた言葉は神への祈りではなく。禁じられた、罪の想い。
「ずっと愛しているよ……ずっと……」
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