速水/草壁

▽相棒,2012_相棒10,[R18]

相棒10:速水智也/草壁彰浩


雛鳥を抱く夜

この国には、保護されるべきでありながらこぼれ落ちた人間がたくさんいる。
目の前の青年も、その一人であることはまちがいない。巣からこぼれ落ちたことさえ気づかずに、危険な地面の上でもがく雛鳥だ。
草壁は憐憫に眉をひそめ、彼を抱き寄せた。
「俺とするの……嫌ですか」
草壁の筋張った首に厚い唇を押し当てながら、速水は囁くように問う。
表情を誤解されたのか。
「俺が本気で抵抗したら、きみは無事じゃいられないよ」
苦笑して答える草壁の顔を、黒目がちの瞳が覗き込んだ。接客中は、いや、他の人間の前ではやわらかい笑顔を見せるが、今の彼にその優しさは片鱗もない。
自分と同じくらい大柄な、しかし年はかなり上の男を自分のベッドに押しつけている彼の姿を、だれが想像できるだろう。
「ん……」
乱暴に重ね合わされた唇が、草壁には餌を求めているようにしか思えなかった。餌を与えるつもりで舌を絡めると、案の定飢えたように貪ろうとする。
Tシャツをまくり上げられた。草壁の肌をまさぐってはときに爪を立て、また荒々しく愛撫する。容赦も遠慮もない接触は、草壁がこの世界に対して求めていた強さそのもので、煽られた歓喜と興奮は肉体の反応として表出する。
草壁は迫ってくる速水をいったん押しのけて自らシャツを脱ぎ、鍛えた身体を彼の前に晒した。
一瞬息をのんだ青年は、自分もシャツを脱ぎ捨てると、また猛然と襲いかかってきた。

相手の顔も見えない暗がりに、ベッドの軋む音だけが響く。安い寝具は、長身二人の格闘を支えるようにはできていない。
草壁の片ひざを抱え上げて、自らの楔を激しく打ち込んでくる速水は、せわしく喘ぎながらもほとんど声を出さなかった。草壁もやたらと騒ぎ立てるのを好まなかったから、互いの呼吸や肌がぶつかり合う音だけが、淫らに耳を犯す。
抜ける寸前まで引き、最奥まで一気に突き立てる……無意識に逃げようとする腰を押さえつけて、速水は何度でも草壁を蹂躙した。そうしなければ死んでしまう、とでも言いたげな必死さで。草壁にはそんな彼が、愛情に飢えた子どものようにしか見えなかった。
哀れな子を抱き寄せると、彼は汗ばんだ胸や腹をこすりつけてくる。草壁の反り返った欲望も速水の腹に押しつぶされた。やわらかに受け止めてくれる肉ではなく、攻撃するようにぶつかり合う硬い筋肉だけが、互いの存在をたしかなものだと知らせてくれる。
「……っ」
腹の中の速水が質量を増した。草壁の内側が痙攣して締めつけたのかもしれない。草壁の襞は速水を逃すまいと絡みつき、速水の欲望は草壁の隙間を埋めるように奥を貫いた。
二人の男はその瞬間、境目のないひとつの存在になった。少なくとも草壁は、そんな錯覚に陥った。
「くぅ……っ!!」
元軍人の厚い胸にひたいの汗を散らし、青年は声を抑えたまま果てた。引きずられるように、草壁も呻きを殺して達する。
息を整えるまでのあいだ、余韻に震えながら、二人は無言で抱き合っていた。
先に動くのは決まって速水だ。
もう少し彼の体温を感じていたいと思う草壁にかまわず、さっさと後始末をして裸のままベッドを出ていこうとする。それから一服し、草壁にベッドを譲って自分は床で寝るのがパターンだった。
だが、今夜はそれを甘んじて受け入れる気になれなかった。
「待って……」
速水の腕をつかんで引きずり戻す。立ち上がろうとしたところだったから、彼は容易にバランスを崩して倒れ込んできた。
「え……」
「たまには、いいじゃないか」
驚いた顔で草壁をふり返った速水は、すぐに困惑の表情に変わる。
「……今どき、そういうの流行らないですよ」
長い前髪に顔を隠して、聞き取りにくい声でもそもそと呟くのが、照れ隠しなのか本気で呆れているのか、今ひとつ判断できない。
曖昧でとらえどころがない他人の心を追求するより先に、自分の意志を伝える。草壁は今までそうして生きてきた。
「流行り廃りじゃないだろう、こういうのは」
感情の読めない瞳がじっと草壁を見つめ、濡れた唇はもの言いたげに震えた。だが速水はなにも答えることなく、渋々といった様子で草壁の横に潜り込んでくる。
愛情を受けることに慣れていないのだろう。彼がたまに語る過去の断片からも、こうして戸惑い以外の態度を見せられないことからも、それがわかる。
そんな青年をすくい上げてやるのは、本当は他のだれかだったのかもしれない。だが、運命は草壁と速水を引き合わせた。
速水は少しのあいだ、居心地悪そうにもぞもぞと動いていたが、結局こちらに背を向けて横になってしまった。
うずくまる裸の背中に、草壁は声をかける。
「俺と寝るのは、嫌か?」
速水は無言で首を横に振った。草壁がその肩に手をかけると、速水の手も重ねられる。熱く火照った体温に安堵しながら、草壁は枕に頭を下ろしてもう一度問いかけた。
「俺と死ぬのは……嫌か?」
「いいえ」
今度は明確な音声で答え、速水の熱い手が草壁の手を強く握る。
草壁は思わず微笑んでいた。
この考え方や生き方が時代遅れだと、指摘されたことは幾度もあった。だが、若者はこうしてついてきた。国を、人を愛しく思う心に流行り廃りなどないと、今の草壁が信じることができるのは、彼のおかげだ。
こちらを見ようとしない愛しい男を、背中から抱きしめて耳元に囁く。
「おやすみ」
返事はなかった。その代わり、速水の胸に回した手を取られ、その指に唇を押しつけられる。
彼なりの言葉に満足し、草壁は目を閉じた。
巣から落ちた雛鳥を見つけた、親鳥の気持ちで。

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