由利/三津木
探偵由利麟太郎:由利麟太郎/三津木俊助
その感情を、なんと呼ぶべきか迷っている。
友人からチケット二枚もらったんですけど、と彼がはにかみながら言うので、久しぶりに映画館へ足を運ぶこととなった。
古いミステリー小説が原作で、時代設定などが大幅に変更され結末も違ったものになっているという。それほど期待はしていなかったが、断る理由もなかった。
「それじゃあ、明日の夜に」
最後に他人と映画を観たのはいつだっただろう。記憶を辿りかけてやめた。「明日」に思い出は必要ない。
平日の昼間、古びたミニシアターに客は数人程度。
ポスターを見ながら、彼は脇役の女優が好きなのだと照れくさそうに明かし、「もちろん映画も楽しみですよ!」とあわてて取りつくろう。その流れで原作は知っているかと尋ねられ、彼が生まれる前に映像化された作品を劇場で観たと答え目を丸くされる。
ただそれだけの他愛もないやりとりで、妙に華やいだ気分になるのが我ながらおかしかった。
後ろ寄りの席を選び、腰を下ろす。愉快そうにこちらを眺める意味を問うと、いえと首を振って自分も隣に座った。
「先生の脚が長すぎて前の席にひざがぶつかるんじゃないかって心配してたんです」
「心配しているようには見えないな」
「そうですかぁ?」
警戒心の強い人間より、遠慮のない人間のほうが好ましい。気づけば周囲をそういう性質の人間が固めることになる。目下、彼はその最たる存在だ。
確かに、ひとりぶんの座席は狭く居心地のよい空間とは言いがたい。しかしその窮屈さも含めての「観劇」と思えば、彼と肩が当たっても気にはならなかった。
映画自体は、原作の再現よりも刺激的な展開と演出に主眼を置いているらしく、ホラーに近い場面が何度かあり、そのたびに隣の彼がびくりと身を震わせていた。
本物の死体も現場も見慣れていると思っていたが、フィクションはまた別物だろう。お化け屋敷のようなものかと微笑ましく思う。
ひときわ派手な音と猟奇的な映像の明滅に、彼が息を飲んだ。その拍子に、肘掛けへ置いていた手が重なる。
「!」
触れてしまったことに驚いたのか、跳ねるように一瞬離れた手は、しかしすぐにまた重なった。今度は遠慮がちに。
冷や汗で冷たくなっていた手が、少しずつ熱を取り戻していく。
物語は収束に向かっているというのに、重なった手から伝わる脈動は速いままだ。こちらも意識はすでに画面ではなく、見下ろすこともできない片手に向いていた。
エンドロールのあいだもずっと、彼はその手を動かさなかった。
劇場が明るくなり、わずかな客がそそくさと出ていく。彼は立ち上がって伸びをしながら、「なんだかおなかへっちゃいましたねえ」と何事もなかったかのように鞄を肩に掛けた。こちらは見ない。
あえて目を逸らしているのだと気づきながら、こちらも知らぬふりをする。手の甲に彼の熱がまだ残っていることにも。
「さて空腹とのことだが、きみのお薦めの店はあるかな」
映画館を出たところで、彼を見返った。少し遅れてついてきていた彼は、はっとしたように顔を上げ、両手で鞄のストラップを握りしめる。
「先生」
彼のまっすぐな眼差しに、つられて息が止まった。
「手……つないでもいいですか」
この真摯な瞳からは逃れられない。覚悟を決めなければ、互いに不幸になる。
観念して、手を差し出した。
この青年が向けてくる……いや、こちらが抱えるこの感情に、なんと名をつけるべきか。
迷いは強くなるばかりだ。
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