るひま祭シリーズ
忠る:寺坂×内蔵助 2021
る典:秀吉×官兵衛 2017
るフェア:頼朝×盛長(R18) 2015
傷が痛む。
どこで負ったかわからない傷もそれなりには治ってきたが、未だに熱を持って己を苛むことは少なくない。
それでも寺坂は皆の前では笑顔を作り、平気な様子でふるまうことにしていた。なにしろ誰も彼も人がよくて面倒見がよいのだ、やたらと心配をかけたくはない。
「くぅっ……」
さすがに一人の今は苦悶の声を抑えきれず、床に這いつくばって着物の上から傷を掻きむしる。
「寺坂、大丈夫か!?」
長身の男が駆け込んできた。あとから若い藩士も追いかけてくる。痛みに気を取られ、足音にも気づかなかった。
「大石殿……」
いちばん厄介な相手に見つかった、と思いながら必死に身を起こす。
「……ええ、なんとも」
そう答えて笑ってみせるが、他の連中と違ってこの男には通用しないのもわかっていた。寺坂の読みどおり、大石は冷たくも見える表情で見下ろしながら背後の男に軽く頭を振る。
「源五、それ置いてけ。寺坂はさっさと傷見せろ」
晒しや薬を乗せた盆を置き、大高はこちらを気にしながらも退出していく。家老の命令は絶対だ。
すでに襷をくわえている大石の視線に促され、こちらもおとなしく諸肌を脱ぐしかなかった。
手慣れた様子で、しかし丁寧に膏薬を貼りなおす大石に、ついため息が洩れる。なぜこの人はここにいるのか。
「いいかげん、ご家老自らこのような……」
「医者が必要なときは呼んでやるから、今は俺で我慢しとけ」
「いえ、そうではなくて……」
金も人手も足りないという理由で、大石が自分で寺坂の面倒を見ているのだが、家老が一藩士にかかりきりのほうが問題ではないかと思ってしまう。とはいえ「じゃあ安兵衛に代わるか?」などと脅されると、黙るしかない。粗雑なように見えて頭は切れるし弁も立つ、食えない男なのだ。
「……なにか思い出したことは」
ついでのように尋ねてくるのも、ただの世間話ではない。背を向けているから表情はわからないが、おそらくその目はじっと寺坂を窺っているだろう。
「申し訳ありません、とくに……」
「そうか」
どこか安心したようにほっと息をつき、大石は長い腕を寺坂の体に回す。包帯を巻くだけとわかっていても、その腕は優しく温かく、離れがたく……
つい、その腕を押さえていた。
「悪い、痛かったか?」
「あ、いや……」
衝動的で幼稚な行動に恥じ入り、なんと言い訳したものかと迷ったが、心底案じてくれている声に気持ちが揺れた。
「……そうですね。少し痛むので……もうしばらく、支えていただいてもよろしいでしょうか」
相手は戸惑ったように沈黙したが、やがて「おう」とだけ答え、重みをかけないよう慎重に寺坂の体を抱きかかえた。彼の体温とともに安心感が寺坂を包み込む。彼の肩に頭をもたれて、静かに息を吐き出した。薬のせいもあるのだろうが、先ほどの痛みはかなり引いていた。
「……申し訳ありません」
「気にしなくていい」
もそりと呟いた大石の頭が、寺坂の頭に軽く当てられる。
「あの……な」
いつでも強い語気で藩士たちを動かす彼が、言いにくそうに口ごもることはあまりない。どこか苛立たしげにため息をついて、彼は後ろから囁いた。
「すぐに思い出さなくてもいいと思うぞ」
「え?」
寺坂がほんとうは何者であるかを最も知りたい、知らなければならないのは自分自身の次に、この藩を取り仕切っている彼であるはずだ。それなのにこの身を案じてか、思い出すのは先でもかまわないと言う。
はっとふり返ると、ひどくつらそうに眉を寄せる顔があった。目が合うなり顔ごと背けられてしまったが。
「傷が癒えるまで焦るなってことだ」
同情や憐憫にしてはあまりに不可解な表情に心がざわつき、寺坂は大石の腕を掴む手に力を込めていた。
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