翔太郎/荘吉
仮面ライダーW:左翔太郎/鳴海荘吉 PG
無知なる者は
無知なる者は幸せだ。
安楽椅子にもたれた荘吉は、帽子を顔の上に乗せながら考える。
この街に暮らす善良な人々の大半は、この街の裏の顔、暗躍する強大な悪の存在に気づいていない。それはまちがいなく幸せなことだ。
そしてかの青年もまた、自分のもうひとつの顔を知らない。
不意に、帽子を奪われた。
「おい……」
荘吉のひざの上に乗ってきた翔太郎は、悪戯っぽく微笑むと唇を寄せてくる。顔が近づくのを待つまでもなく、アルコール臭が鼻をついた。
「また飲んできたな……」
荘吉ばかり頼らず独自の情報網を作ろうとするのはいい。だが、記憶をなくすほど飲むのはいただけない。本人も気をつけてはいるらしいが、気の置けない相手だったりすると自制が難しいようだった。
「他の男にも迫ってるのか?」
ついばむようなキスの合間に尋ねると、「まさか」と憤慨の言葉が返ってくる。
「俺がほしいのはあんただけだぜ」
そういうセリフと表情は惚れた女に向けてやれ……とすでに何度か口にしている言葉を飲み込んだ。どれほど言って聞かせたところでこの青年は聞かない。彼の目には、荘吉しか映っていない。
大切な帽子をそっとデスクの上へ置いた手が、荘吉の肩へと戻ってきたかと思うと、胸を優しく撫で下ろす。口づけを降らせるのはやめずに、翔太郎は白いベストのボタンを手探りで外しはじめた。それが終わると、今度は白のネクタイを。ネクタイがゆるんだら、ほどくのが焦れったいといった様子でシャツのボタンを……
荘吉は動かずに、ただ蕩けていく翔太郎の顔を見ていた。睫毛がかするほどに近くで。
男から見ても端正で甘い顔立ちだが、荘吉を迷わせているのはそんな上っ面の話ではない。
細い指がシャツの下に這い込んでくる。指先は胸の先端を捉え、同時に舌先が絡み合って濡れた音を立てた。
「は……っ」
荘吉が吐息を洩らしただけで、翔太郎に火がついたらしい。急に愛撫が乱暴になる。
観念して、荘吉も翔太郎の腰を抱き寄せた。タイはどこかへ置き忘れてきたのだろうか、胸元の開いたシャツから、赤く染まった首筋が無防備に晒されている。ボタンを外していくと、彼は満足げに微笑んだ。
どれほど乞われても迫られても、この街で女を抱いたことはなかった。
翔太郎が女だったら、迷いなく断れただろう。いや、男でも抱いてほしいと言うのなら、突き放すことは簡単だった。
だが、現実はこのざまだ……荘吉は自嘲気味に口を曲げ、天井を見上げる。
二人の服は床に散らばり、辛うじて身につけているものも「着ている」とは言いがたい状態だった。
翔太郎の若さに責め立てられた荘吉は、動くことさえ億劫で椅子に身をゆだねている。翔太郎は酔っているときの常でぼうっと荘吉を見つめていたが、やがて呂律の回らない舌で小さく呟いた。
「……ごめん」
それがなにに向けての謝罪なのか、荘吉には図りかねた。
荘吉に身体を開かせたことか。
これだけの記憶を翌日には全て忘れていることか。
それとも。
「あんたは……俺のもんじゃない」
「……………」
こいつはなにもかもわかっているのだと、荘吉はため息をつく。見た目どおりの子どもではない。ただの酔っぱらいでもない。
「受け入れたのは俺だ。拒めたのに受け入れた、俺の責任だ」
「でも、俺の罪だ……」
「ああ……いつかは、そうなるかもな」
ほんとうに罪を犯したのは荘吉だ。大切な助手を失いたくなくて、結果的に家族を裏切った。
しかも二度と会えない家族への贖罪を、おそらくは翔太郎に押しつけることになる。これ以上の罪があるだろうか。
「でも俺がいるうちは、全部かぶってやる」
無知なる者は幸せだ。
知った真実の数だけ重荷を抱えることになるのだから。
前途ある若者にも、愛する家族にも、この秘密を背負わせないで済むなら、喜んでその罪を引き受けよう。彼らの平穏と幸福のために。
髪をそっと撫でながら頭を抱き寄せてやると、半開きの唇が震えた。
「……キス、していい?」
「男なら黙ってするもんだ」
翔太郎は泣き笑いの顔になって、なりふりかまわず噛みついてきた。荘吉はその痩身を抱きとめ、青年の想いに応えた。
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