ゲープ/デミア
GSG-9 対テロ特殊部隊:ゲープハルト・シュルラウ/デミア・アズラン
Die Logik der Verzweiflung
ドアノブに手をかけたまま、思わずため息をついていた。
ここは安ホテルの一室で。ベッドに転がっているのは、酔いつぶれた友人。事情があって少し前からこの部屋に「住んで」いる男だ。
「……ゲープ」
用を足してもどってくればこの有様だった。肩を揺すって声をかけても、目を開けようとしない。ただ返事の代わりに低くうなるだけだ。
「んー……」
呆れて、ベッドの端に座り込む。
「寝るのか?」
「いや……」
曖昧な返事は、充分に酔いが回っている証拠だ。ため息をついて立ち上がろうとする。
「帰るぞ」
「ダメだ」
妙にきっぱりした声が返ってきたのにも驚いたが、腕を掴まれたのには驚きを通りこしてぎょっとした。
「……離してくれ」
食い込んでくる指が熱く感じられるのは、錯覚だろうか。じわじわと上がりはじめた心拍数は、やがて息苦しいほどに速くなって呼吸を乱そうとする。
普段なら、腕を取られたくらいで動揺することなどないのに。
「ゲープ……」
「ダメだ、行くな」
強く引かれることも予想していなかったから、彼の腕に倒れ込んでしまう。あわてて体を起こすと、ふやけた酔っぱらいの笑顔がすぐ近くにあった。
「行かないでくれ……」
ぬいぐるみを抱え込む子どものように、それでも本職にふさわしい力強さで、しがみついてくる。この鼓動の速さを悟られたら……そう思うと、抵抗にもつい力が入ってしまう。
「ゲープハルト!」
「つき合えよ」
息が上がりそうだ。
「俺に、マヤの代わりをしろってわけじゃないだろ」
やっとの思いで吐き出した言葉は、自分自身の肺に突き刺さって呼吸を止める。
その仮定に驚いたのか、彼はわずかに力をゆるめた。そして、自嘲にも似た笑みを洩らす。
「……おまえなら、よかったのにな」
「!」
「家に帰らなくても、いっしょにいられる。浮気なんかお互いするヒマもない。パートナーとしては、最高だな」
だが、彼にそんな気がないことくらいはわかっていた。現実には、愛する妻と娘たちがいる。彼女たちを捨てることなどありえない。別居していてもその心は変わらない。
ふざけるな、と怒鳴ってやりたかった。あるいは、ジョークで笑い飛ばしてしまいたかった。だが結局そのどちらもできず、シーツに頬を押しつける。
苦しい。
息ができない。
アルコールで火照った彼の腕は熱くて、だがその言葉は自分にとってあまりにも冷たすぎて……
どれほどそうしていただろう。
呼吸が、いつの間にか規則正しくなっていた。
「ゲープ?」
今度は声をかけても反応がない。
「帰るからな」
腕を引くと、悲しいくらいたやすくその手をすり抜けた。手応えのなさに、息を止める。
「おまえも早く帰れよ……」
家族の待つ家へ。
「じゃあな」
赤らんだ頬にそっと唇を落としても、彼は微動だにしない。
ソファに掛けてあったジャケットをつかんだ。
「…………っ」
動揺の波はとっくに去ったはずなのに。
胸の奥が痛いほどに息苦しくてたまらなかった。
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