士/丈瑠

2009_シンケンジャー,2009_仮面ライダーディケイド,[PG]

仮面ライダーディケイド:門矢士/志葉丈瑠

※クロスオーバー注意


祈りの姿

何気なくカメラのストラップに指をすべらせた士は、そこにあるはずのものがないことに気づいた。
「あ……」
カメラにしがみついているはずのフィルムケースがなくなっている。
どこかに落としたのか。フィルムを交換したばかりだから、写真館を出たときには確実にあったはずなのだが。
「士?」
少し先を歩いていたユウスケがふり返る。
事情を話せば、この男は迷いもせず探すのにつき合うだろう。そういう人間だ。いつもなら利用してやるところだが、今日はなぜかそういう気分にはならなかった。
「先、帰ってろ。すぐもどる」
「え……あ、うん……」
士はふり返りつつ歩いていくユウスケにひらひらと手を振ると、来た道をもどりはじめた。
探すつもりではあったが、具体的にどこを探していいのか見当がつかない。とりあえず、歩きながらきょろきょろと見まわしてみる。
革のケースは手になじむお気に入りの品で、数少ない士自身の所有物だった。とはいえ、写真館に代替品がないわけではない。見つけたいのか、そうでもないのか。曖昧な気持ちを抱えたまま、士は下を向いて歩きつづける。
軽いフィルムケースとちがって、カメラは常にその重みを感じさせる。それでも意識のどこかで不安があったのか、手は首から下がったカメラをしっかりと掴んでいた。
二眼レフを手にうつむき歩く……写真を撮るのと同じ姿で、士はこの世界に落としたものを探していた。

「探し物か」
聞き覚えのある低い声にはっと顔を上げる。
「おまえは……」
さっき別れたばかりの、この世界を守る男が立っていた。彼はポケットからなにかを取り出し、それを乗せた手のひらを士に向ける。
「これだろう」
「なんで……」
呆然と呟く士に、丈瑠は歩み寄ってフィルムケースを差し出す。
「戦いのあとに拾って、忘れていた」
「ああ……」
互いに元の姿にもどった直後、その場にいた全員が幼稚な怪盗と一本気な寿司屋の騒ぎの後始末に巻き込まれたのだった。それを思えばふしぎではない。ほんとうに忘れていたのか、タイミングを逃したのかは知らないが、わざわざこのためにもどってきたらしい。
「……それはどうも」
士は丈瑠の手からそれを受け取ると、切れた紐をなんとかカメラのストラップにくくりつける。興味深そうに眺めていた丈瑠が、ふと呟いた。
「今どき、フィルムとはな」
その言葉に士はちらりと目を上げ、キャップを外したカメラを向ける。
「今どき、殿さまとはな」
丈瑠が苦笑した瞬間を一枚カメラに収めると、驚いてあわてる顔を眺めながら近くのベンチに腰を下ろした。
「帰らないのか?」
士の前に立った丈瑠は、まっすぐ士を見下ろしてそう尋ねてくる。
「屋敷がある殿さまとはちがう。俺に帰る場所なんて……」
そこまで言いかけて、つい苦い笑みが洩れてしまう。
「いや、そもそも俺がいる場所なんて、どこにもないのかもしれないな」
何度も自問自答した。それでも答えは出ない。どこにも居場所がないなら、どこにいても同じなのだ。
「やけになるな」
「なってない。事実を言っただけだ」
そっけない士の返事に丈瑠はため息をつき、士の横に腰を下ろした。
「帰らないのか、殿さま?」
「その、殿さまってのはやめろ。丈瑠でいい」
そういえば、この男はなんの抵抗もなく人を名前で呼ぶな、と士は思う。
士にとってその行為は切り札だ。相手が心を開きかけたところで、さらにその奥に入り込むための手段。だが丈瑠に対してその切り札は使えなかった。懐へ入り込まれたのは、士のほうだったから。
さまざまな世界を巡ったが、士を拒まないと自ら宣言したのは、この男だけだった。必要としないがゆえに受け入れる余裕を持っている、ただそれだけなのだとわかってはいても、わけもなく胸が締めつけられた。
「なあ……」
「ん?」
肩に手を置いて、こちらを向いたところですばやくその唇に口づける。
「……っ、なにす……!?」
ばっと身を引いた顔はすでに真っ赤だ。貫禄のあるリーダーを気どっていても、こんなところはごくふつうの青年だなと士は安堵にも似た気持ちで彼を眺めた。
「礼だ。つりはいらない、取っておけ」
「な……なんだそれ……」
丈瑠はうろうろと目を泳がせ、口元を拭いながらそっぽを向いてしまう。
士にしてみれば、いくつかある不意打ちのひとつにすぎず、それを相手がどう解釈するかを楽しむだけの行為でしかない。丈瑠はどう取っただろうか。見たところ、驚きのあまり怒るのを忘れているようだが。
「さっさとお屋敷に帰れよ、殿さま。家来のいないところで通りすがりの仮面ライダーに襲われても、文句は言えないぜ」
にやにやと笑いながら言う士を睨みつけ、それでも丈瑠は咳払いをしてベンチの背もたれに寄りかかる。
「おまえが帰るまで、俺は帰れない」
「はあ? 意味がわから……」
「迷子を見つけて放っておけるか?」
バカにしているのかと思ったが、丈瑠はきまり悪そうに鼻先を掻いていた。
「……交番にでも連れていってくれるのか?」
「それで済むなら今すぐにでもそうしたい」
ため息混じりに呟く姿には冗談も皮肉も感じられず、士は笑い出しそうになった。だがそれはなぜかうまくいかず、唇を震わせる以上のことはできなかった。
「……ずいぶんとおせっかいなんだな。いつもそうなのか」
「いや。無用な世話を焼かれるほうだ」
そうだった。騒がしくも愛すべき家来たちに囲まれて。
いるべくして丈瑠のそばに立ち、丈瑠とともに戦う彼らと、この門矢士はちがう。丈瑠にとって、士は守らなくてはならない存在なのだ。だから今、こうして士の横に座っている。
「……っ」
士は両手の指を組んで、うずくまるように胸に押しつけた。
今ならわかる。息もできないほどに胸を締めつけるこの感情は、おそらく歓喜だ。
「士」
低音がはっきりと名を呼ぶ。
士は祈りのかたちに組んだ手を自らのひたいに押し当て、丈瑠の肩に頭を乗せた。丈瑠は嫌がることもせず、優しく士の肩を抱き寄せてくれた。
「泣きたければ泣け」
「……あいにく、涙は記憶といっしょに忘れてきた」
「そうか」
言葉どおり泣いてなどいないはずが、声は震えて上ずり、ひどく情けない気分にさせられる。丈瑠の声はこんなにも凛々しく響いているというのに。
「士……」
顔を上げると、丈瑠が眉間に皺を寄せ、首をかしげて士の顔を覗き込んでいた。
「こうすれば、いいのか?」
「どうかな……」
士は目を閉じ、丈瑠の唇が下りてくるのを受け止めた。
押しつけられただけのそれがすぐ離れるのに耐えられず、丈瑠の頭を抱き寄せて自分から口づける。唇を押し開いて舌を入れようとすると、丈瑠は怯んだように肩を震わせたが、やがて自分から舌を絡めてきた。
「んぅ……」
リードされる気楽さと心地よさに、士はうっとりと身をゆだねる。
この世界はなんとあたたかく平和なのだろう。均衡は保たれていて、何者にも侵蝕されず、破壊することもされることもない。ただ、士を優しく守ってくれる……
「!」
士は目を開けた。
たしかに丈瑠の腕は強く、その唇は優しい。だが、彼はちがう世界の住人だ。彼には守る世界があり、帰る場所がある。そしてそれは士とは関わりのないものばかりだ。
嘆きなのか諦めなのか判然としない気持ちを追い出すように、大きく息をつく。
「……気が済んだか」
少しばかり息の上がっている丈瑠は、目を合わせることに気まずさを感じたのか、士の肩を抱いたままで空を仰いでいる。士は丈瑠の胸に寄りかかって、少し速くなった鼓動を聞いていた。
「丈瑠」
「うん?」
「俺の帰るべき場所は、まだわからない」
それがどこなのか、あるのかどうかも。それは士の本心だったが、声にためらいはなかった。
「でも、交番の場所は知ってる。一人で歩いていけるしな」
あの居心地のいい写真館が、かりそめにしろ士の世界であり、避難所だ。今はそれでいい。意味がわかったのだろう、丈瑠は穏やかに笑った。
「……そうか」
名残惜しさを押し隠し、二人はゆっくりと身体を離して立ち上がった。
「二度と、会わないだろうな」
「そうだな」
「……………」
二人は暫し見つめ合っていたが、どちらからともなく腕を伸ばして相手を抱き寄せ、荒々しく唇を重ねた。

ゆっくりと散歩でもするように去っていく丈瑠を見送りながら、士はカメラを手にする。
そして祈るように頭を垂れ、ファインダーの中の彼を見つめた。
鏡像と同じ世界は、それでもこんなにはっきり見えているのに。フィルムに写し取った瞬間、記憶を残すどころか、視線すら拒むようにその像は崩れていく。
わかっていながら、士は何度でもシャッターを切る。

受け入れてほしいと、祈る代わりに。

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