翔太郎/竜

2009_仮面ライダーW,[R18]

男の仕事の八割は決断……
そう言ったのは、だれだったか。きっと直接は知らない、作家かなにかだろう。又聞きのような気もする。
「欲しがっているのが、おまえだけだと思うのか?」
その言葉を口にするのに、どれほどの決意と覚悟が要ったのか。たとえ翔太郎を楽にするための挑発だと自分に言い聞かせても。その一言を告げてしまったあとは、まさにおまけのようなものだった。
「照井、照井……っ」
譫言のように、翔太郎が呼んでいる。避妊具を使う気遣いと余裕があったのは最初の一回目だけで、翔太郎は我を忘れて竜の身体を貪った。受け入れる側に痛みがないわけではなかったし、飢えた目で何度でも挑んでくる翔太郎に恐れすら感じていた。相手を殴り倒して逃げたいと思ったことも一度ではない。
だが翔太郎の激しさに翻弄されているうち、竜も与えられる刺激以外のことを考えられなくなっていた。そのことすら意識できないほどに。
「うぅ……あ、ぁん……っ」
今、竜はうつ伏せになってシーツに頬を押しつけ、腰だけを突き上げた姿で後ろから犯されていた。
腰を掴まれて乱暴に揺さぶられ、精液で濡れている結合部がくちゃくちゃと卑猥な音を立てている。それに肌のぶつかる音までもが重なり、ストイックな竜には刺激の強すぎる情景だった。それでもまだ、他人ならば目をそむけるだけで済んだだろう。この淫らな場面の当事者でさえなければ。
「あ……おまえん中、ぐっちゃぐちゃのぬるぬるですげえキモチイイ……男のくせに濡れすぎだっつの……」
こんな屈辱的な体勢で雄を受け入れさせられているだけでも耐えがたいのに、彼は言葉でも竜を嬲る。
普段の翔太郎はそんな男ではない。これもメモリの力が作用しているのか、それとも行為のときには人格が変わるのか……どちらにしても、知らない顔を見せられて動揺している自分がいた。
最も絶望的なのは、自身の猛った欲望が揺すられるたびに腹に当たるということだった。翔太郎に淫らな言葉を投げつけられ、乱暴に奥を貫かれ、手荒にあつかわれるほどに竜の欲望は成長する。それこそ、彼が最も自覚したくない事実だった。
翔太郎の熱が竜の内側をぎりぎりまで押し広げる。それが絶頂の合図なのだと竜はすでに知っていたが、だからといって身がまえることなどできない。
「んぁああ……っ!!」
引き抜かれると同時に、背中や腰へ熱い液体が浴びせられる。粘液が尻や腿を伝っていくのを感じながら、竜はベッドに全身を投げ出した。

Lの記憶/太陽と月に抱かれて

『ラスト』
鳥のような怪物、と目撃者は言った。ならば、きっとこれがその「怪物」だろう。
「雅美さん、どういうことなんだ? メモリを持ってるなら、なぜ俺たちに探させようとした!?」
竜を弾き飛ばした雅美……ドーパントは、翔太郎の言葉にヒステリックな叫びで答える。
「私がほしいのはラブよ! こんな汚らわしいもの、愛なんかじゃない!!」
振るった翼から、ナイフのように鋭い羽根が飛び出す。男二人は辛うじてのところでその攻撃をかわした。ここから先は、言葉以外の方法で説得するしかなさそうだ。
「フィリップ!」
相棒の名前を呼ぶ翔太郎がジョーカーのメモリをかまえる横で、竜もまたアクセルのメモリを手にしている。
「変身っ!」
「変、身!」
二人の「仮面ライダー」にドーパントは少なからず驚いたようだったが、再び羽根の刃で攻撃してきた。力強い翼と身軽な身体ですばやく飛びまわる相手に、戦士たちは翻弄される。
翼の打撃を正面から食らったアクセルが地面に倒れ込んだ。
敵がふっと姿を消したことに翔太郎はあわてるが、フィリップが顔を上げて叫ぶ。
「上だ!」
翼を広げた彼女が、ダブルに向けてボウガンのような武器をかまえている。
「照井……!」
アクセルが体勢を立てなおすより先に、ボウガンから飛び出した光の矢は、二本に分かれたかと思うと大きく軌道を変え、ダブルとアクセルの頭部を貫いた。
しかし、なにも起きない。
「なんだ……?」
呆然と呟く翔太郎の上に、雅美の声が降ってくる。
「それが『愛の記憶』よ。でも、本物じゃない。本物はきっとどこかにあるはず。純粋で美しい、清らかな『愛の記憶』が……」
「なにを言ってやがる!」
サイクロンジョーカーはエクストリームに変身して雅美を追ったが、彼女はその翼で逃げおおせてしまった。
追跡をあきらめて変身を解くと、エクストリームの力でやってきたフィリップもその場に現れる。
「フィリップ、あのメモリは……」
「ラストといったね。どうやら事件が見えてきた」
「マジか!? 俺はさっぱりわかんねえよ」
翔太郎が頭を掻きながら呻いたところへ、やはり追跡に失敗した竜も戻ってきた。
「フィリップ、今すぐ検索を……」
翔太郎と竜の視線がちらと絡む。
「あ……」
呆然と竜の顔を見つめていた翔太郎だったが、突然ばっと顔をそむけたかと思うと、帽子を引き下げて顔を隠す。

「翔太郎?」
覗き込むフィリップを片手で制し、ポケットに手を突っ込んだ。
「フィリップ……悪いが調査は任せていいか? 俺はしばらく駅前のホテルで休んでる。なにかあったらすぐ呼んでくれ」
「え、ちょっと、どういうこと……」
腕をつかもうとするフィリップを振り切って、翔太郎はその場から逃げるようにバイクで走り去ってしまった。
立ちつくしたまま相棒を見送っていたフィリップは、はっと思い当たって竜をふり返る。
「きみは、なんともないのかい?」
「なにがだ?」
「……やはり、きみは精神干渉波に強い体質のようだ。翔太郎とちがって……」
「なにを言ってる……」
眉根を寄せる竜を、フィリップは睨みつけるように見つめた。
「事務所まで送ってくれるかな。至急、検索しなきゃならないんだ」
事務所に戻ったフィリップは、地球の本棚へと足を踏み入れる。竜は翔太郎の代わりに横でそれを見守っていた。
「知りたいのは『草加雅美の意図』。キーワードは『ラブ』、そして『ラスト』……『色欲』だ」
「愛なんかじゃない、か……」
彼女の悲痛な叫びを思い出し、竜はため息をつく。
本物の『愛の記憶』を探す雅美が持っていたのは、『色欲』の能力だった。おまじないに縋るほど夢見がちな高校生が、なぜそんな能力を……
本の閲覧を終えて戻ってきたフィリップは、その答えを得ていた。
「草加雅美の恋愛対象は、乾拓人というクラスメイトだ。まだ告白もできていないが、そのアプローチはほとんどストーカーに近い。ラストのメモリを手に入れたのは、彼を自分のものにしたかったからだろう。おそらくは『本物の』ラブメモリと信じてね。高校生の身分でメモリを入手できる財力と人脈も、家の力を使ったとすれば不思議でもない」
「だが、メモリの能力は思っていたものとはちがっていた……」
純情な恋を叶える力ではなく、欲望のままに求め合う力。性に興味津々の奔放な性格ならばともかく、いかにも奥手な少女にはショックだったにちがいない。
「さらに悪いことには、乾拓人は同じクラスの木場勇気という子と親しくなっていたらしい。それをラブメモリのせいだと思い込んだ草加雅美は、彼女のラブメモリを奪い、そして復讐のつもりか木場勇気と友人の海堂直に『愛の記憶』を撃ち込んだんだ」
同時に撃たれた二人は、互いの身体を求め合うようになる。それが『ラスト』の能力。
竜は自分もその矢を受けたことを思い出した。今のところ心身に顕著な変化は見られない。シュラウドに告げられた「体質」のせいだろう。しかし……
「左はどうなる」
フィリップも苦しげに息を吐き出した。
「愛の記憶を撃ち込まれた二人は、お互いだけを愛するようになる。美しい表現だが、現実は特定の肉体への依存……中毒だ。欲求が満たされない場合、なんらかの禁断症状が出るだろう。早くメモリブレイクしないと、翔太郎がどうなるか想像がつかない」
翔太郎が求めているのは、他のだれでもなく照井竜。頭では理解していても、それがどういうことなのか竜にはそれこそ想像できなかった。
正体の見えない焦燥感に二人が立ちつくしているところへ、亜樹子がばたばたと駆け込んでくる。
「たいへんよ、たいへん!!」
後ろから、真倉刑事が顔を出す。彼も亜樹子に負けず必死の形相だ。
「草加興業から抗議があったそうです! 上から、草加雅美って子には接触するなと……どういうことですか!?」
「え……!?」
竜とフィリップは思わず顔を見合わせる。
「自分が犯人だと認めたようなものじゃないか……」
「子どもの浅知恵だ。しかし有効ではあるな」
家に逃げ帰った雅美は、あることないことを並べて祖父に泣きついたのだろう。抗議の電話一本で警察を動かすことなど、有力者には朝飯前だ。
竜はしばらく難しい顔で考え込んでいたが、やがて意を決したように部下の間抜け面を見やった。
「真倉、俺は今から休暇を取る」
「はっ!?」
「上がなにを言ってきても連絡はしなくていい。わかったな」
「は、はい……」
首をひねりながらも返事をする真倉から、次は亜樹子に視線を移した。
「所長は、乾拓人という高校生を捜してくれ。草加雅美のクラスメイトで、彼女の思い人だ。発見したら決して接触はせずに、すぐフィリップに連絡を」
「りょ、了解っ!」
びしっと敬礼をする亜樹子につられて、真倉も敬礼している。
「でも、翔太郎くんは?」
「別の調査を頼んである」
口早にそう答えた竜は、さりげなく亜樹子から目をそらしていた。つかなければならない嘘が多すぎると人の目は見られなくなるものだ。
「ああもう、どうしてこんなときに翔太郎くんがいないのかしら……」
「ああもう、なんでこういうとき探偵がいないんだよ……」
それぞれ勝手に騒ぎながら出ていく亜樹子と真倉を見送ってから、竜はフィリップに向きなおった。
「警察は動けない。こういうときこそ、探偵の出番だ」
「だから亜樹ちゃんを行かせたんだね。でも翔太郎がいないと、少し手間取るかもしれないな……」
竜は大きく深呼吸をする。
「フィリップ」
「なんだい」
「俺が相棒と寝ても平気か?」
唐突な問いに、聡明なはずの少年は一瞬口を開けたまま相手を見やった。
「きみ、まさか……」
その言葉の意味を悟ってからも、すぐには返事が見つからずに手と口だけを無意味に動かしている。竜は、彼の混乱が収まるのを黙って待った。
「……ぼくは、性交渉全般に興味がない。異性とか同性とか以前にね」
フィリップが訥々としゃべりはじめる。
「翔太郎がだれと性交しようが、ぼくには関係ないしとくに思うところもない。当然、翔太郎としようとも思ったことはない。でも……今は、ちょっと悔しいと思ってる。翔太郎を助けられるのがぼくじゃないということに……」
言外に、相棒を窮地から救えるのは竜だけなのだとフィリップは告げていた。もし自分ならば、すぐにでも彼の元へ駆けつけるだろうと。それを聞いた竜は微笑み、事務所を出ていこうとする。
竜がドアを開けたとき、フィリップが思い出したように呼び止めた。
「たぶん翔太郎の性格からいって、最初はきみを拒むだろう。そういう場合は挑発が効果的だ。言い訳を作ってやるといい。それときみも『愛の記憶』を撃たれてる。影響を受けているとしてもおかしくはない。きみの言い訳はそれだ」
「……助言、感謝する」
具体的にどうすればいいかなど今考えてもしかたがない。翔太郎が苦しんでいるのならば手を差し伸べてやる以外に、どんな選択肢があるというのか。
照井竜は大切な二人の仲間のために、愛車を駆った。

息を切らせた翔太郎が、ベッドに倒れ込んだまま起き上がらない。
「だいじょうぶか」
思わず尋ねると、「そりゃ俺のセリフだ」と苦笑いが返ってきた。しばらくの沈黙のあと、天井を見つめたままの彼がぼそぼそと尋ねてきた。
「おまえ……なんで来た? 俺一人が我慢すりゃ済むのに、わざわざ……」
竜は自分の腕を枕にしながら翔太郎の横顔を盗み見る。
上から圧力をかけられ捜査が行き詰まったから。草加雅美に接触してメモリブレイクするには時間がかかりそうだと踏んだから。もっともらしい理由を並べ立てることは容易だ。
しかしたしかに、翔太郎が堪え忍ぶという選択肢もあった。最も効率的で影響も少ない。以前の竜なら、確実にそちらを選んでいただろう。
「俺に質問するな」
そう囁いて、竜は上体を起こした。
真上から翔太郎を覗き込むと、無防備な顔が不思議そうに見返してくる。
今、わき上がってくるこの感覚はなんだろう。色欲だろうか。それとも……
「照井……?」
汗の匂いがする首筋に顔をうずめた。歯を立てるとかすかなうめき声が上がる。肩に、胸にと唇を落としていくたびに、翔太郎の息は乱れていく。
「て……照井、どうして……」
答える代わりに、胸の突起を舐め転がした。
「んぁ……っ」
喉をそらして喘ぐ翔太郎の身体をそっと抱きしめる。戦士とは思えないほどに華奢な肉体は、力を込めたら壊れてしまいそうだった。
背骨の数を数えるようになぞり、肉の薄い尻をつかみ、筋張った腿を掌でさすり上げ……竜の静かな愛撫に、翔太郎はゆるやかに追い上げられていった。押しつけてくる中心も、再び硬くなりはじめている。
「そんな、もう……っ、だめだ、照井、早く……ぁんっ……」
意味を成さない言葉を並べながら、竜の背中に爪を立て、翔太郎はついに彼らしからぬ懇願の言葉を口にした。
「早く、抱いてくれ……」
「……っ!」
予想していなかったわけではないのに、竜はその言葉の甘さにおののいた。なによりも、自分がそうしたかったことに初めて気づいて。
「これは……『ラスト』か?」
相手にではなく自分に問いかけた言葉を、翔太郎は苦く笑いながら拾い上げた。
「気になるなら……『ラブ』にしちまえよ」
竜も思わず頬をゆるめる。
「……おまえが言うな」


翔太郎が竜に対してしたように、ローションにまみれた指で内側を探る。痛くないかと表情を観察していると、喘ぐ彼に頭を叩かれた。
「なんだ」
「あんま、こっち見んなよ……」
「しかたがないだろう」
「なにがだよ、しかたなくねえよ……ぅあ、んっ」
不平が途切れて、彼は声を上ずらせた。竜にも覚えがある。触れられると勝手に身体が反応してしまう場所があるのを。竜はその部分を指先で執拗に責めた。
「バカ、もぉいい、もう……はぁ、んっ!」
「さっき俺がそう言ったとき、おまえはやめたか?」
「悪かったって、謝るから……ぁあんっ」
悶えながら謝る姿に少しばかり溜飲を下げ、解放してやることにした。実際、翔太郎はもっとしつこかったのだが。
ひざに手をかけると、彼は自ら足を開いて切なげに呻く。
「早く来いよ……おまえがほしくて、どうにかなりそうだ……」
「もうなってる」
二人とも。
焦る気持ちを抑えて、ゆっくりつながっていく。目の端に涙をにじませてこらえる翔太郎は妙に哀れに見えて、竜は自然と髪を撫で、口づけを落としては彼をなだめていた。だが相手のプライドには多少の傷がついたらしい。
「やめろよ、照井……」
竜のほうも、その言葉にわずかな不満を抱いた。彼の前髪をかき上げ、鼻先を突き合わせる。
「俺だけ名字で呼ばれるのは不公平じゃないか、翔太郎……?」
翔太郎は驚いた顔で目を見開き、それから目をそらして照れくさそうに囁いた。
「り、竜……」
そのさまが笑い出したくなるほどに愛おしくて、竜は細い腰を抱きしめる。翔太郎は口をとがらせてヤケクソのように竜の肩をつかみ、身体の位置を逆転させた。
「あああ……っ!」
「くぅうっ……」
翔太郎が上になり、身体の重みでつながりが深くなる。締めつけが強すぎて、竜も動くことができないほどだった。しかし翔太郎は必死に腰を揺らして身をくねらせる。こらえきれずに滲んでくる涙が頬を伝い、汗とともに散った。
端正な顔を歪めて泣き喘ぐ姿に煽られて、なんとか上半身を起こした竜は一息に奥まで突き上げる。
「ひ……ぃっ、ヤバっ……」
翔太郎が再び爪を立ててきた。竜の腹を突く翔太郎自身も、先端を濡れさせて解放を訴えている。
竜は翔太郎の腰をつかみ、激しく揺すり上げた。
「ぁん、竜……ぁああっ!」
「翔太郎……ぉっ!!」
二人の声と絶頂が重なる。
肩で息をしながら竜を見下ろした翔太郎は、うっすらと笑みを浮かべた。
「愛、だよな……」
「え……」
一言だけ呟いて、彼は目を閉じる。
もたれかかってきた身体が急に重くなった。

意識を失った彼をベッドに寝かせて身体を拭ってやる。汗と涙を拭いて髪を整えてやれば、先ほどの激情はどこにも見られない。端正で静謐な寝顔だ。
「ゆっくり休め、左……」
呼びかけてから、ふと気づいて言いなおす。
「……翔太郎」
甘ったるくも気恥ずかしいその呼びかけに一人苦笑して、竜は彼のほうに身をかがめる。
触れるだけの口づけは、名前を呼ぶ以上に甘く感じられた。

翔太郎の携帯電話が鳴る。
シャワーを浴びて出てきたばかりの竜は、髪を拭きながら代わりに出た。
『もしかしてお楽しみ中だったかな』
感情のない声が聞こえてきて、ついため息をつく。彼にデリカシーなど求めてはいないとはいえ、これはない。
「……草加雅美は見つかったのか」
『乾拓人のほうをね。草加雅美がストーカーなら、必ず彼の近くに現れる。そこを押さえるつもりだ』
今は亜樹子が彼を張り込んでいるらしい。その現状には少し不安を感じるが、なにか厄介が起きる前に自分が到着すればいいことだ。竜は気持ちを切り替えてベッド下に散らばっている自分の服を拾った。
「今すぐそっちに向かう。左は起こしたほうがいいか?」
『寝てるのかい? 必要になったら自分で起こすよ。方法はいくらでもある』
携帯電話の横にはいくつかのガジェットが置かれていた。遠隔で操作できるそれらを使うのだろう。
変身するときまで起こさないほうがいいというのは正しい判断かもしれない。
手早く服を着た竜は、部屋の中をふり返らずに外へ出る。もう一度翔太郎の寝顔を見てしまったら、あの甘い感覚を思い出してしまう気がして。

「りゅーくん、こっちこっち!!」
亜樹子が全身で手招きしている。人気のない公園に駆け込んだ竜は、ガイアメモリを握りしめたままの雅美と、果敢にも一人で彼女と向き合っているフィリップを見つけた。
「メモリの力を自分と乾拓人に使わなかったのはなぜだい?」
「私は彼と恋をしたいの。身体を求めるだけの関係なんてイヤ……最初に他人で試してよかった!」
「やっぱり……セックス依存は、きみの実験だったんだね」
「そう……みんなどんなにすました顔をしてても、恋人への愛より性欲を選ぶのよ。木場さんだって、乾くんなんかどうでもよかったの。友だちの海堂さんでもだれでもよかったのよ、あの人……!」
その会話は、竜が来るまでの時間稼ぎだろう。竜は亜樹子に現場から離れるように指示し、対峙する二人に歩み寄った。
「今のは、犯行を自白したということでいいんだな」
竜を認めた雅美はわずかにぎょっとした表情を浮かべたが、すぐに見下したような陰湿な笑顔に変わる。
「刑事さん……あの探偵さんとシてきたんでしょ? 男同士で、汚らしい……警察官だって本性はケダモノじゃない。どの顔であたしを逮捕するっていうの?」
「ちがう……」
竜の反論は弱々しかった。彼女の嘲笑は的外れではあったが、竜が翔太郎と交わったのは事実で、それを正当化する言葉など持ち合わせていなかったから。
口ごもる竜の前に、フィリップが進み出る。
「それはちがうな」
「フィリップ……」
竜に相棒をあずけた少年は、毅然と目の前の犯罪者を睨みつけていた。まだ幼いと思っていたが、その横顔は今「男」そのものだ。
「翔太郎は、彼との友情を失いたくなくてメモリの力に抗ったんだ。彼はそんな翔太郎を助けるために、翔太郎の元へ向かった。ケダモノはそんな苦悩も苦渋の決断もしない。ただ自分の欲望を追い求めるだけだ」
大人びた表情のフィリップに、彼の相棒が重なって見えた。
「ほしいものが手に入らないという理由で、無関係の人々にやつあたりをしている……今のきみこそが、ケダモノだよ」
「………!!」
怒りに青ざめた雅美は再びスカートをまくったが、今度は竜も目をそらさなかった。そこにいるのは内気な女子高生ではない。倒すべき敵だ。
『ラスト』
自身が憎むメモリを使って、彼女が姿を変える。
しかしフィリップは恐れるどころか、くすくすと肩を震わせて笑った。
「ほら、今の自分を見てごらん。ケダモノを通りこして怪物だ。愛しの乾拓人だって逃げ出すさ」
「うるさい、うるさいうるさい!」
フィリップへの攻撃を、横から飛び出してきたファングメモリが受け止める。
「大切なのは心よ! 見た目や身体の関係なんていらない、純粋な愛がほしいのよ、あたしは!」
悔しげに地団駄を踏んだ彼女が、その勢いで中空に飛び上がった。フィリップはファングをつかんで彼女に叫ぶ。
「そう、大切なのは心だ。その前後に色欲があってもなくても、心がつながっていればあとは大したことじゃない。きみはその心を無視した関係を、他人に強要したんだよ!」
その言葉に息をのんだのは、雅美ではなく竜だった。
真に心がつながっているというならば、翔太郎とフィリップがまさにその理想だ。
フィリップは翔太郎と身体をつなげることに興味がないと言った。それでも二人は、友情よりも深く強い絆で結ばれている。言葉もいらない、一心同体の関係。そうでなければ一つの身体に同居することなどできるはずがない。
そこへ思い至ったとき、竜はなぜか胸の奥に鈍い痛みを感じた。
翔太郎はフィリップのもので、フィリップは翔太郎のものだ。だれも二人のあいだには入り込めない。たとえ親しげに名前で呼び合う間柄になろうとも……
「翔太郎!」
フィリップがここにいない人間の名を呼んだ。
ベルトに、ジョーカーのメモリが現れる。「必要になったら自分で起こす」と言ったフィリップはそのとおりにしたようだ。
「変身!」
メモリが吼え、凶暴な戦士・ファングジョーカーが姿を見せた。
しかし融合した直後、彼はふらりと眩暈を起こしたように揺れる。
「どうした!?」
「いや……なんでもない」
なにかに驚いた様子ではあるが、フィリップの声に異常はない。今ここにあるのはフィリップの肉体だから、翔太郎の足腰が立たなくても影響はないはずだ。竜は余計なことを頭から追い出して自身もメモリを握りしめる。
フィリップは……フィリップたちは、自分たちを苦しめたラスト・ドーパントに悠然と言い放った。
「さあ……おまえの罪を数えろ」

一つの事件が終わったというのに、探偵のタイプライターは動いていなかった。
記すべき、いや記してよい事柄などほとんどない。それどころか亜樹子にさえきちんと説明できていないのだ。翔太郎はいいところなし、報酬はもちろん入らず、なにも得るもののない事件だった。
ふと顔を上げると、竜がフィリップにコーヒーのカップを渡している。いつもと同じ涼しげな顔には、気まずさなど感じられない。
なかったことにしたいのだろう。だから、今日もそ知らぬ顔をして事務所を訪ねてくる。意識することなどなにもないのだといった風情で。
レザージャケットの襟で陰になった部分に、小さな痣のようなものが見えた。翔太郎はどきっとして目をそらす。それはこの自分がつけた痕。二人があの熱に浮かされた時間を過ごした、明白な証拠。翔太郎のシャツの下にもそれは点々と残っている。
なかったことにしたくても、やはりあれは実際に起こってしまった出来事だった。
ふとフィリップが、耳打ちでもするように竜の顔を覗き込む。めずらしい接近もあるものだと翔太郎がぼんやりと眺めている前で、フィリップは竜の唇に指先を触れさせる。
「!?」
唇をすっとなぞったその指は、フィリップ自身の唇に押し当てられた。
「……なんだ、今のは……」
「間接キス」
「おい……っ!」
思わず前のめりになりかけた翔太郎と、目を見開いたまま固まってしまった竜を、フィリップは交互に眺めて笑みを浮かべる。
「亜樹ちゃんに聞いたんだ。接触感染のようなものかな。概念として興味深いと思わないかい?」
「……まるでちがう」
竜が固まったままで呻いたが、論点はそこではない。
「おい、フィリップ、待てよ、今のはどういう……」
まともな言葉が少しも出てこない翔太郎を愉快そうに眺め、フィリップは自分の唇をゆっくりとなぞっている。竜はうろうろと目を泳がせ、しかし結局眉根を寄せてうつむいただけだった。
「……興味がないんじゃなかったのか」
なんの話かと首をひねる翔太郎にはかまわず、フィリップは楽しそうに指を立てる。
「ダブルに変身しているあいだ、ぼくと翔太郎は意識を部分的に共有しているんだ。ファングジョーカーになったとき、翔太郎の感覚がぼくの中に入ってきてね。だから、今はとても関心がある。なにをしたらあんな感覚になるんだろうって」
竜の問いたげな視線を、翔太郎は顔をそむけ無視することにした。だが自分の耳が熱くなるのまでは無視できない。首筋まで赤くなっているのが、竜にはよく見えているだろう。
フィリップのうきうきした声は止まらない。
「性交は肉体的な欲求を満たすだけのものだと思っていたけれど、そうでもないのかもしれないな。あのときの翔太郎は、直前までの行為にとても満たされていて、きみへの感情の指向が顕著に……」
「うわああああ!!」
大声で喚き散らして相棒を黙らせた翔太郎は、足音も荒くデスクに戻ってどっかりと椅子に腰を下ろす。そして両足を机に載せ、帽子を目深にかぶった。
フィリップはその翔太郎の真似をするように大仰な仕草で肩をすくめてみせ、そして再び竜に近づいた。
「こらフィリップ……」
帽子の下からそれを見ていた翔太郎が、あわてて声を上げる。竜も身を引こうとするが、フィリップが肩をつかむほうが早かった。
竜の肩にもたれたフィリップは、愉快そうに翔太郎を見やってくすりと笑う。
「どっちに妬いた? 翔太郎」
「ふざけるのもいいかげんにしろよ!」
とっさに毒づいたのは、その問いがあまりにも難解だったから。
それまで混乱のあまりほとんど口も聞けないでいた竜が、ようやく深いため息とともに言葉を吐き出す。
「戦い以外で俺を巻き込むな」
「照井……」
それはたしかに疑いようのない事実なのだけれど。
どうしても整理できないこの感情を、どこへ置いておけばよいのか。
数秒後、亜樹子がにぎやかに乱入してくるまで、翔太郎は答えの出ない問題を真剣に考えていた。


次回予告
「話がちがうわ、左翔太郎……あなた、来人とくっつくんじゃなかったの?」
「ちっ、わかってない女ね。だから園崎の家を追放されるのよ」
「翔竜ですって? バカな子……時代はお父さま受けって言ってるじゃない」
「ダメー! 竜くんだけは絶対ダメー!」
『すべてがYになる/女たちのカップリング戦争』

このあとはハートキャッチ(以下略)

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