神戸/大河内

▽相棒,2011_相棒9,[PG]

相棒9:神戸尊/大河内春樹


HAPPY×HAPPY

ワインのボトルに、グラスが二つ。チーズボードの上には食べかけのチーズとナイフ。
夢見心地で、大河内はテーブルを眺めていた。
隣には、神戸尊がゆったりとくつろいでいる。両脚をソファの腕へと投げ出して、頭は大河内の肩にあずけ、ワイングラスを揺らしていた。少し前には想像すらしなかった、彼との新しい関係。今でも時折、夢ではないかと思うことがある。
あまりに心地よすぎる時間に、大河内は決まって妙な焦燥を覚え、平衡感覚を失わないためだけに口を開く。
「前に私から奪ったパルトネールは、美味かったか?」
「え……」
きょとんとした顔がこちらを見上げる。それが、ずいぶん前に稽古中の勝負で勝ち取ったワインの話だと思い当たるのに少しかかったらしい。
「……あ、ええ! とっても!」
彼はわずかにうろたえたのち、取り澄ましきれていない作り笑いを浮かべた。あまりにもらしい反応に、大河内は笑みを噛み殺す。
「なぜ嘘をつく」
あの忘れられない大事件が起こった夜、あのエレベーターを使わないほうが難しい。砕け散ったワインボトルが清掃されたのは翌日のことだ。
わかっていて尋ねた大河内の意地悪さを、神戸は責めなかった。
気まずそうに肩をすくめ、グラスの縁を舐める。
「いや……せっかくいただいたのに、一滴も飲まなかったというのはさすがに申し訳なくて……」
「おまえのせいじゃないだろう」
非常時に人命以外のことを考えない神戸の気質を、かつての大河内は買ってもいたし疎んでもいた。そのどちらの感情も、神戸は気づいていなかっただろう。なにひとつ気づかずに大河内の懐へと入り込み、そして今、ここにいる。
「それとあの事件では、いろいろと失礼なこともしてしまいましたし……」
「迷惑をかけた自覚はあるわけだ」
「反省してます。……後悔はしてませんけど」
「おまえは……」
ときに組織の機能を妨害するその正義感は、大河内の立場そのものを陥れかけた。組織を守るために大河内がすべきことは、神戸を無視しあるいは排除することだった、のだけれど。
神戸への協力が正義感ゆえかと問われれば、自信がない。彼への想いに惑わされただけだと思わなくもない。
しかし神戸は結果的に、大河内の正義をも守ったのだ。大河内はそう感じている。
「神戸……」
さかさまにこちらを見上げる顔に、そっと手を伸ばす。
彼はわずかに驚いたようだったが、すぐ笑みを浮かべた。
あごを上げてみせる、無言の要請に応えて、唇を重ね合わせた。ワインの香りと、嫌味でない彼のコロンが、ふわりと立ち上る。
唇が離れたとき、彼が小さく呟く。
「美味しければ、なんだっていいんです。あなたと飲めるなら……」
相変わらず無自覚のまま、そんなことを平気で言う。昔から少しも変わらない相手に苛立ちも安堵も抱きながら、大河内は眼鏡を押し上げた。浮遊感は消えないが、夢かもしれないという不安はもうない。
「……バカ」
神戸は声を出さずに笑い、細い指で軽やかに前髪を払いのけた。

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