戦兎/石動
【honey bunny】
なんで?と訊かれるたび、さあ?と返してきた。
それはたぶん「覚えていない」事柄のひとつなのだろうし、だとすれば考えてもわかることではない。
見つかる当てのない過去より、確実に実感できる今のほうが信じられる。
普通じゃない……とは言われるまでもなくわかっているが、そもそも自分に「普通」な要素などあったか。「普通」である必然性すら見当たらない。
だから理由なんてないのだろう。彼を欲しいと騒ぐ、この衝動に。
「あ、あっ」
腰から突き上げてくる快感に思わず声を洩らしながら、目の前にある胸板に頬をすり寄せた。抱き返してくる腕の太さも、ときどき上擦る低い喘ぎも。二人の腹のあいだで揺れる熱の硬さや大きさ、彼の肉体全てが戦兎の欲を煽る。
「すげ……きつ……っ」
「ったりまえだろ……」
そんなもん入れるとこじゃねえんだから、などと毒づく声も、ほとんど音になっていない。
体格差があるからどうしても頭の距離が遠くなる。少しでも近づきたくて、シャツの上から腰を掴んで奥まで突き入れた。
「……っ!」
石動が息をのんであごを反らす。戦兎は潤んだ目で彼を見下ろした。
熱に浮かされた頭で、視界に入るのがなぜこうまで扇情的な光景なのかと考える。全て自分の仕業だということはさておいて。
着ているのかいないのかわからないシャツ。そのシャツと彼の腹に散っている白い残滓は、さっき戦兎が待てずに吐き出してしまったものだった。
汚したシャツを脱がせようとしたのだが、ボタンを途中まで外したところで面倒になった。結果、クリーニングしたてと思しきシャツはしわくちゃになりながら、彼の体に中途半端な状態でまとわりついている。
戦兎自身、パーカーはそのままでジーンズもひざまで下ろせば用は足りるというありさまで、見ようによっては一方的な行為に見えなくもない。実際、ときどき不安になることもあった。
彼の片膝を抱え上げ、角度を変えて抉る。
「んぁ……っ」
あまりに快くて、声も動きも抑えられない。快感に引きずられそうになる理性の欠片を必死でたぐり寄せ、石動の顔を覗き込もうとした。
「ね、マスタ……気持ち、いい?」
上気した顔も、汗ばんだ肌も、戦兎の服に縋る手も、そうと思えばそうだがちがうとは言い切れない。こちらを見て苦しげに笑う表情の意味は、どちらだろう。
「ねえ、マスター」
責めているつもりはないのに、余裕がないせいで詰問調になってしまう。体のほうはもちろん加減することもできず、ただ勢いで責め立てているだけ。訊いても答えさせる気がないかのようだ。
そんなつもりは、全くないのだけれど。
「ぁ、イく……!」
わざわざ宣言したのは相手を煽るためだったが、残念ながら駆け引きができるほど戦兎は器用ではなかった。言葉どおり、それほど時間もかからず彼の中で果てる。
「……イっちゃった……」
「知ってる」
苦笑する彼の中から自身を引き抜いて、それから濡れた口元を袖で拭う。見下ろすと石動のほうはまだ達していなくて、息を切らせながら身を起こそうとしていた。自分で処理するつもりかもしれない。
「ごめん……」
そう言いながら戦兎はそれを両手で握り込み、片手をついて起き上がった石動に口づける。
「ん……」
なにか言いたげな舌を絡め取りながら、手の中の熱を愛撫する。限界がそれほど遠くないのはわかっていた。戦兎がずっと彼に感じていたように、相手も戦兎を感じていた……そう思うと、再び芯が熱くなってくる。
上と下と、両方で粘度の高い水音を立てているうち、石動が身をよじってむりやり戦兎を押しのけた。
「……はっ!」
大きく息をつく彼の前で、戦兎は頬がゆるむのを止められなかった。目を伏せて身を震わせる瞬間を間近で見ることができたから。
「……ムチャばっかりするんだからこの子はもう……」
「でもよかっただろ?」
「はいはい」
「次は後ろだけでイけるようがんばるから」
「それ、がんばるの俺じゃない?」
気の抜けた笑い声が上がり、行為の余韻も後始末したゴミといっしょにくずかごへ投げ入れられた。少なくとも戦兎はそう思った。
皺だらけのシャツを脱ぎ捨てた彼が、ふと戦兎を見た。視線を逸らさず、睨みつけるわけでも微笑みかけるわけでもなくただじっと見つめている。
「なに……なに!?」
首をかしげて尋ねるだけのつもりが思わず叫んでしまったのは、伸びてきた腕に体をひっくり返され、脱ぎかけのジーンズをひざから引きずり下ろされたからだった。当然下着もいっしょに。
「ちょっ……」
抵抗しようと出した両手はあっさり掴まれ、頭の上にまとめて押しつけられる。戦兎の細い腕をまとめて片手で押さえつけた石動は、もう片手をパーカーの裾に這い込ませようとしていた。
「ちょっとちょっと、待ってなにコレ!?」
真上にある顔を必死に見上げると、それまで無表情だった石動がいたずらっぽい笑顔を見せる。
「……俺が欲しいと思っちゃダメ?」
「え……」
ダメなはずがない。むしろうれしい。自分だけが楽しんでいるのではないかというわずかな疑念を振り払えるから。だが、あらためてそう告げられると、いきなり行動で表されると、戸惑ってしまうのも事実だ。
そして、戦兎は自分に向けられるのと同じ問いを口にする。
「なんで?」
彼は笑って、戦兎の頬に唇を寄せた。
「……さあ」
戦兎は相手も自分と同じであることに安心し、その口づけを今度は唇に要求した。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます