戦兎/石動
【変身】
初めての戦いで満身創痍になった戦兎を、石動は地下ではなく自室へ連れていった。
「さすがに美空の目には毒だから」
服を脱いでまさに傷だらけの自分を見下ろし、そのとおりかもしれないと思った。彼女が浄化に集中できないのは困る。
「しっかし派手にやられたねえ」
石動が苦笑しながら汚れや血を拭き取っていくが、返事をする気力もない。ただ椅子に座って、手当てされるがままになっていた。迷わず手際よく、一か所ずつ的確な処置をしていく手が、なんだか妙に心地よかった。
「……痛っ」
消毒液が傷口に沁みる。戦兎は思わず彼の服に縋った。
「悪いな、もうちょい我慢しろよ」
かけられる声とともに、手つきが少しだけ優しくなる。あちこちの痛みから意識を逸らすため、ずっと目の前の男の顔を見つめていた。
「骨は無事みたいだな」
安心した、という顔で笑い、彼は跪いて戦兎のひざに包帯を巻いていく。
「どうだった? ……なんて、聞くまでもねえか」
打ち身に擦り傷切り傷、服も顔も土にまみれて、辛勝以外の見立ては確かにできない。死ぬかと思った瞬間もあった。
「……倒したよ」
それでもやりとげたのだ。襲われていた人を助け、スマッシュにされていた人を助け、ボトルを持ち帰り……
「俺……ちゃんとできたよ」
今になって急に体が震えはじめた。そんな自分がおかしくて、笑いながら目線より下にあった彼の肩にしがみつく。今度は服ではなく、広くて厚い肩に。
戸惑ったのかわずかな間があって、それから大きな手が抱き寄せるように伸びてきたかと思うと、戦兎の頭を撫でた。
「うん、よくやった。すごいよおまえは」
穏やかな声に、なぜか泣きたくなるのを必死にこらえて、抱きつく腕に力を込める。さっき包帯を巻いてもらったばかりの上腕が痛い。痣がひどい肩も、背中も、ひざも。それでも離れたくなかった。
耳元で、戦兎を安心させる声がそっと労ってくれる。
「おまえでよかった」
また涙がにじみそうになるから、ぎゅっと目をつぶった。敵に直面した時の恐怖はもうないし、痛みだって耐えられるくらいには慣れてきたのに。
「そろそろ、手当てのつづきをさせてくれないか」
石動にしがみついたままの戦兎は首を横に振る。触れた熱が思いのほか離れがたくて、痛みをやわらげるよりもその熱を感じていたかった。
「おいおい……」
困ったように、それでもむりやり引き剥がしたりはせず、彼は戦兎の背中を優しく叩いている。接触を許されているとわかり、彼の肩口に顔をすり寄せた。
「なんだ、ずいぶん甘えんぼうじゃないか」
軽い調子で言いながらも、バカにしているわけではないのは伝わってきた。むしろ、甘えさせてくれていると感じられた。
目を上げると、息がかかるほど近くに相手の顔があった。
衝動のまま、震えながら唇を重ねる。
「!」
想像以上に甘い感触に、はっとしてすぐ離れたが視線だけは外すことができなかった。彼は眉をひそめるでもおどけてみせるでもなく、ただ「戦兎」と囁いた。今触れた唇で、彼自身がつけた新しい名前を。
「……!」
体が熱い。傷が熱を持っているだけではないだろう。
「マスター」
昂揚で声がかすれる。明確な要求はあるのに言葉にならない。
「あーあ、包帯ほどけちゃって……」
おどけた調子の言葉も意識の外だった。それよりひざに置かれた手に気持ちが向いていた。石動は床にひざをついてこちらを見上げている。
「あとでいい」
彼がまた巻いてくれる。大きな手で、優しい手つきで。
もう一度、彼の頭を抱き寄せて口づけた。手に当たった帽子を床に落として、今度は触れるだけではなく、深く貪る。石動も応えながら、戦兎の背中に手を回してきた。
「マスター……」
濡れた唇で、戦兎はねだった。拒まれるなど全く考えなかった。
そしてその確信どおり、石動は愉快そうに微笑んで、戦兎の背中を軽く叩いた。
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