義朝/正清

2012_平清盛,[R18]

月が明るすぎて眠れない。

そんな理由で、廊に座り込んだまま動けないでいた。酒でも飲めば眠れるかとも思うが、そのためにだれかを呼びつけるのも億劫だった。

なにをするわけでもなく、ただ明るい月を見上げる。あと三日もすれば満ちるであろう太った月は、半端な姿でなお気味が悪いほどに冷たく輝いていた。

こんな夜はいつもなら、迷わず妻たちのところへ行っている。だが義朝にもはや妻と呼べる女はない。由良は死に、常磐に拒まれ、遊び女を抱いても虚しいばかりだった。

ため息をついて冷たい床に転がったが、そのまま寝つけそうにもない。

やはりだれかを呼ぶべきか……

そう思ったとき。

床板が軋む、かすかな物音に振り返る。

盆を手にした正清が立っていた。

月を見上げていたせいで目が眩んでいて、暗がりに立つ正清の表情はよく見えない。それをいいことに、義朝は場違いであろう笑顔を向けた。

「どうした?」

「御酒を……お持ちいたしました」

正清はわずかに頭を下げ、寝転がっている義朝の前に進み出て跪いた。月明かりに照らされた正清は、やはり楽しそうな顔はしていない。

「なにをそんなに憂いておる」

己でも呆れるほどに明るい声で尋ねると、こちらを見下ろす顔が泣きそうに歪む。

「正清?」

「殿……」

なにかを言いかけるように口を開いた正清は、しかし言葉を見つけられず唇を震わせる。

義朝はひじで体を支えながら胸から上だけを起こそうとした。正清の身体がこちらへかたむき、手助けしようとしているのかと思う。しかしそうではなく、真正面から抱き寄せられていた。

「おい……っ」

「無礼は承知の上……」

大きな手が義朝の背中を押さえつけている。起き上がることも横たわることも許されない。義朝は半ば息を止めたまま、抱き返すことさえできず、正清の肩越しに月を見つめていた。

「……おい」

理由を求められているのだと気づいた正清の腕に、いっそうの力が込められる。

「私はただ……苦しくてならぬのでございます……」

なにを、とは訊かずともわかった。正清の心は、たったひとつのものにしか動かない。主の心にしか。正清が苦しむのは、義朝のためだけだ。義朝が気づいていない心さえ、正清は敏く拾い上げて自らの心としてしまう。義朝は正清という鏡を見て、初めて我が心を知る。

「……………」

床に投げ出していた腕を上げ、正清の背中を撫でさすった。

己は今、これほどに苦しんでいるのか。不思議な心持ちで、義朝は広い背中を優しく叩いた。正清が、泣きそうな顔そのままに覗き込んでくる。

「正清」

目を細め、あごを上げ、彼の名を囁く。

その意味を悟り、正清の唇が再びわなないた。

「殿……」

「早うせい」

義朝は自ら後ろに重みをかけ、自分のほうへ正清を引き倒す。

よろめいて主の上に倒れかけた正清は、とっさに義朝の頭の後ろを抱え、床へぶつからぬように支えた。

いつのころから生まれた気遣いだったか。若きころから幾度も重ねた失敗を思い出し、義朝はひそかに笑いを噛み殺す。勢いのまま床に頭を打って気が削がれた、どころか気が遠くなりかけたこともある。しかも二人それぞれにだ。

「殿」

許しを求めるその呼びかけに、義朝は笑みで答える。控えめにうなずいた正清の手が、そっと夜着の襟を開いた。

それから愛おしげに鬢のほつれを直し、頬骨の上に唇を落としてくる。無骨な彼がこんな触れ方をしてくるのはめずらしい。戸惑いながらも、茶化す気にはなれなかった。

裾を割って腿を撫で上げる手の熱さに震え、唇が触れるこそばゆさと期待に鼓動が高鳴る。

手慣れているはずの支度が、もどかしく思えた。

「ああ……っ!」

義朝は正清の背に指を食い込ませてしがみつく。貫かれる痛みなど、この快楽の前座に過ぎない。

「もっとじゃ……正清、もっと……」

強く抱き寄せた頭の、耳元にかじりつかんばかりの近さで何度もねだった。そのたびに正清は義朝の腰をしっかりと抱えなおして突き上げてきた。

義朝がそう望むから、正清もまたそれを望む。それは泣き出したくなるほどの安らぎで、この世に独りではないのだと強く信じさせてくれる。正清とひとつになっているこの時こそが、全き己なのだとすら思える。

「ぁん……っ」

男らしいとは言いがたい矯声を洩らしながら、義朝はうっとりと正清の首元に顔をうずめた。

年を経るごとになくなるどころかふくれ上がっていく、悩み、苦しみ……足元が崩れていくような心持ちを抱えたまま、忘れようと女を抱く。だが女たちは逆に縋ってくるのだ。義朝に、男たれ、武士たれと迫ってくる。我が身と我が子のために、義朝が強くあることを求める。

「く、ぅあ……っ」

正清は義朝を従わせようとはしない。男であることも女になることも強いたりはしない。しかし、慰めようとも救おうともしない。ただ、己の心のままに義朝を抱き、義朝に抱かれる。二人の心は同じなのだと、わずかにも疑うことなく。

「殿……」

息の合間に聞こえた切なげな呼びかけは、絶頂の咆吼が響くまで、義朝の耳の奥に残って消えなかった。

正清に寄りかかったまま、月を見上げる。

少し低くなった月は、大きな柑子のように木の枝に引っかかっていた。先ほどまで冷々とした色だと思っていたが、今は少し暖かみを帯びているような気がする。

「正清」

「は……」

ちらりと見上げると、すぐそばになじんだ顔があった。安堵して目を細め、再び寄りかかる。

「もう少し先まで……つき合ってくれぬか」

「どこへなりともお供いたしますよ、最後まで」

迷いもせずそう答えた乳兄弟は、得意気に微笑んでみせた。

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2012_平清盛,[R18]

Posted by nickel