スパイク/ジェット

2002_COWBOYBEBOP,[PG]

カウボーイビバップ:スパイク/ジェット PG

ブリッヂの窓から見える、巨大な惑星。見えるというよりは、窓からの視界をほぼ覆いつくしている。
そこに真紅の機体が割りこんできた。

「収穫は」

「ねえよ」

「……さっさと入れ。出発するぞ」

JUPITER CONFUSED US

ちょっとした「家出」をした二人は、結局この船に帰ってきた。
……帰ってきただと? くそっ、俺が連れもどしたんだ。二人とも。ああそうさ、あいつが言ったとおりだ。さびしかったのかもしれん。
だがな……

一度は出ていった連中が、なにもなかったように定位置に落ちつき、いつもどおりの生活がもどった。はずだった。
だがどういうわけか、妙な空気がリビングに漂っている。温度の低い、それでいて湿度の高い、ねっとりとまとわりつくような雰囲気。俺たちのあいだに醸造されたその空気は、この船でいちばん快適な空間をいちばん惨めな場所へと変えていた。
女はガキを連れて逃げるように退散しやがった。残ったのは、仏頂面の男二人。
「スパイク」
「あ?」
「いや……コーヒー飲むか?」
「いらねえよ」
さっきからこれだ。
紫煙が天井のファンに巻きとられていく様子をぼんやり眺めながら、俺は会話の糸口を探していた。
「あの、な」
「ん?」
「おまえが出てく前に言ったことだが」
せいせいするとか、なんとか。
「ことばのあやっていうか、なんていうか、その……」
「忘れちまったよ、そんな昔のこと」
「そ、そうか」
惨めだな。まったく、どうかしてる。

もそっと起きあがった男が、胡乱な目で俺を見やる。それから無表情のまま、長い足がテーブルを跨ぎ……
「なにしやがる!」
口づけられそうになって、あわてて手を払った。
「いいじゃねえか、今さら照れるもんでもねえだろ」
「そういう問題じゃ……」
いつになく強引に絡まってくる腕を、むりやり引きはがして押しのける。冗談じゃない、なに考えてやがるんだ。
「いいかげんにしろ!」
「あ?」
「おまえはいつだってそうだ! 俺の言い分なんぞ知ったこっちゃないんだろうさ。だがな、俺だって黙って抱かれてやる気分にならないときだってあるんだぜ!」
そうだ。どうしていつも俺が流されてやらなきゃならない?
やつは無言で身体を起こし、ポケットに手をつっこむ。そしてきびすを返した。
「……どこに行くんだよ」
「フェイの部屋」
こいつが女の名前を呼ぶなんて、めったにない。
しかもそりゃどういう意味だ? 俺の代わりに、女を?
「おまえってやつは……そこまで最低だったか!?」
思わず立ち上がって叫んだ俺をふりかえって、やつはつかつかと歩みよってきた。がっちりと目線を合わせられて、逸らすことすらできない。
「俺はもう死んでるんだよ」
静かな声でそう言い放つと、自分の胸を指す。
「ここに弾撃ちこまれて、ばったりさ。だが気がつきゃ麻酔弾ときた。わかるか? 俺はとっくに死んでる人間なんだ」
苛ついてる原因のひとつはそれか。どういう状況かはわからんが、たしかにこいつにとっちゃ、屈辱だろう。だが……
「だからなにをどうしてもいいってのか」
「そういうことだ」
絶対零度の声。感情の起伏すら感じられない、抑揚のない声。
「おまえ……」
女の部屋に行くなんて、心にもないこと言いやがって、自室で古傷でも抉るつもりに決まってる。
「……わかった」
そんなやつを、ほっとけるか?
「あ?」
「おまえが壊れるってなら、一晩くらいつきあってやる。ファックでもなんでもして、さっさとふっきれるんだな」
努めて軽く、言ったつもりだった。意地の悪い笑みと、憎まれ口が返ってくるのを期待して。
だが、そんなもんはなかった。
オッドアイがすっと細められ、背筋に走る悪寒に思わず後ずさりそうになる。
「いらねえよ」
やつはジャケットを掴むと肩に掛けた。もうここに用はない、ってな気配だ。
「俺がほしいのは同情じゃない。……みんな忘れちまえる、なにかだ」
言い捨てるとステップを上がり、リビングを出ていった。
「……バカ野郎」
ただ苛立たしく、ソファに腰を下ろす。ヤワなスプリングが悲鳴を上げるが知ったこっちゃない。

バカだよ、おまえは。酒でも煙草でもねえ、セックスを選んじまったおまえは大バカだ。そうやって忘れるふりして、自分の傷を広げてんだろうが。

やつが残していった空気の充満するリビングをあとにして、ブリッヂへ向かう。
「……よぉ、アイン」
先客は、航行図の上で思索にふけっている、ように見えた。彼の哲学的な時間をじゃましないよう、静かに操縦席にすわる。煙草に火をつけたが、彼はわずかに耳を動かしただけで気分を害したようには見えなかった。

窓の外には巨大な木星が浮かんでいる。
地面のない、塵とガスの塊。

「空っぽのくせに大した存在感だぜ」

まるで無人のリビングのように。

「なあ、アイン」
傍らの彼がのっそりと顔を上げる。
「俺たちみんな……」

あの空虚な塊に。

「惑わされちまったのかもしれねえな」

そう言い捨てて、暫しその巨大な惑星を眺めていた。

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