零/ジャック

2006_戦闘妖精雪風,[PG]

戦闘妖精雪風:深井零/ジェイムズ・ブッカー


GOOD LUCK TO YOU

帰る必要はないと思った。
だが、ジャックのことを思い出す。さっき彼と別れたときには、帰ってくるつもりだった。だから時計を返さなかった。
別れの言葉が嘘になっては気分がよくない。零は腕時計を外してフォスに託した。

フォスは腕時計を握りしめたまま司令室へもどる。
走りながら考えた。
零は死ぬ気だろうか。
いや、死ぬという意識はないだろう。彼は雪風とともにありたいだけだ。その結果、ここへ帰ってこない可能性もある、ということだ。だがそれは、親しい人間との訣別をも意味する。
男物の時計はフォスの手には大きすぎて、まるで鎖のように手の中で音を立てていた。
前線に出ない少佐の時計は、無愛想な軍用ではなく、品のいい金属製のアナログ時計だった。線が細い印象の零にも似合っていた、とフォスは思う。
「零……」
たった一人の友人だと言っていた。
ジェイムズ・ブッカー少佐を、なぜか零は「ジャック」と呼ぶ。その由来を聞いたことはないが、特別な呼び名であることは確かだった。
雪風とのつながりが、破滅をも厭わない極限での愛だとすれば。
少佐とのそれは、まさに人間らしい安らぎをともなった愛だ。愛という表現がふさわしいのかは、それこそ雪風よりもあやしいところだが。
一般的でなかろうが倒錯的に見えようが、それは深井零を人間たらしめているつながりなのだ。
だがそのつながりを、彼は自ら切ってしまった。あっさりと、手首から外して。この鎖はこんなにも重いというのに。
「帰ってきなさい、零」
私は傷心のブッカー少佐のカウンセリングなんてごめんだわ。フォスはエレベーターの中で唇を噛んだ。私が知りたいのは、元気なあなたの精神よ。

「深井大尉からです」
なぜ受け取ったのだ、とフォスを怒鳴りつけたい気持ちを懸命に抑え、腕時計を握りしめた手を胸に押しつける。
今まであえて目をそむけてきた感情が噴き出しそうだった。
おれより雪風をとるのか、零。
機械に嫉妬するなどナンセンスだ、と自分をだまし、抑えつけてきた。自分は人間で、雪風よりも零に近い存在なのだと。そう信じようと必死だった。
だがこの腕時計は? なぜもどってきた。これがおまえの答えか、零。
零、深井大尉、おれはおまえのなんだ?
雪風はおまえのなんだ?
「少佐?」
准将の感情のない声で我に返った。彼女は戦況から意識を逸らすなと言っている。
「ブッカー少佐、彼らが帰ってきたら、あなたに休暇をあげるわ。友人とゆっくり過ごすといい」
言外に零の休暇も保証した上司に、そんな親切心が残っていたのかと驚きながら背筋を伸ばす。彼女は正しい。今は戦闘中だ。
「ありがとうございます、准将」
腕時計をはめながら、モニタに向きなおった。
「現在出動している全機に命令する。なにがあっても、生きて帰ってこい。いいな、これは命令だ。おまえたちは、ブーメラン戦士だ」
とまどったような間があり、だがすぐにレスポンスがあった。
「カーミラ、了解」
「ズーク、了解」
「チュンヤン、了解」
ジャックは固唾をのむ。
「雪風、深井大尉、了解」
いつもと同じ調子で、だがあえて自分の名を加えて、彼は応答した。
フォスが息を吐き出す。ジャックは息を止めたままだ。だが思いは同じだった。

零は必ず帰ってくる。
雪風を降りて、友のところへ。

「ジャック、今何時だ」
ラダーから飛び降りた零が、薄い笑みを浮かべながら歩いてくる。今の今までコクピット内の計器を睨みつけていたというのに、時間を訊いてくるとは。
「自分で見ろ」
ジャックは腕時計を外して零に突きつけた。
「貸してやる。次の出撃のときにはつけていけ」
零は手を出さない。
「いらない。時間が知りたくなったらあんたに訊く」
「そりゃあもっと面倒だな」
笑うジャック。時計を自分の手首にもどす。
「で、何時だ」
「2時50分」
「どうりで。腹がへったよ」
二人は顔を見合わせ、食堂へと向かった。互いに肩を抱いて、笑い合いながら。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!