トリスタン/ダゴネット

2004_KingArthur,[R18]

キング・アーサー:トリスタン/ダゴネット


トリスタンは、ひどくわかりやすい男だ。
そう言うと、仲間たちは目を見はり、互いに顔を見合わせた。
どこが、と訊かれても、ダゴネットにはうまく答えられない。
筋道を立てて説明したり、崇高な思想を語ったり、といったことが、ダゴネットは苦手だった。読み書きにいたってはまったくダメだ。
そんなダゴネットに、言葉以外の方法で理屈を納得させてくれるのがトリスタンだった。

林檎とナイフ

にぎやかな酒場の片隅で、ダゴネットはトリスタンと同じテーブルに座っていた。
示し合わせたわけではない。単にトリスタンの隣しか席が空いていなかったのだ。いつも率先して酒盛りの輪に飛び込み、ダゴネットの席まで確保してくれるボースは、妻の命令で子守の真っ最中だった。
だれかと話をするより黙って酒を飲んでいるほうが気楽なダゴネットは、言葉どころか視線もよこさないトリスタンのそばにいても、苦痛に感じなかった。それどころか、トリスタンを見ているだけでもなかなかおもしろいということに気づいていた。
彼は固い林檎の実をナイフで削いでは、口に運んでいる。一見危なっかしいが、使い慣れた様子の手つきに微塵もためらいは見られない。たしかにそのままかじりつくより、手や顔を汚さず食べやすそうだな、とダゴネットは素直に感心した。
頬杖をついたまま眺めていると、ほつれた前髪のあいだから濁った瞳がちらりとこちらを見た。ダゴネットは思わず笑みを投げる。敵意はないことを示したつもりだった。
「…………」
彼はなにも言わなかったが、その代わりに、今切り分けたばかりの果実をナイフごと突き出してきた。ずっと見ていたのは、食べたいからだと思ったのだろう。
「ありがとう」
断る理由もないから、刀身に貼りついている実をつまんで剥がそうとする。
「っ」
思ったよりもよく切れるナイフだったらしい。親指の腹に赤い筋が走る。口の中に林檎を放り込んでから、シャツの裾で滲んだ血を拭った。
トリスタンは林檎とナイフを持つ手を動かしながらも、ダゴネットの挙動をずっと見つめていた。
もう一切れ、蜜色をした旨そうな部分が削ぎ落とされる。だがそれは本人の口には運ばれなかった。トリスタンは器用な指でその実を刀身から剥がし、ダゴネットの口元に突きつけた。
「…………」
あまりに唐突で一瞬ためらったが、彼の目的も自分の対応にも選択肢などないのは明らかだったので、ダゴネットはおとなしく口を開け、林檎の切れ端が歯のあいだに押し込まれるのを受け入れた。
「……ありがとう」
咀嚼したものを飲み下してからそう言うと、トリスタンはわずかに頬を上げた。ダゴネットがぶじに林檎を食べたという結果に満足しているのだ。

ほとんど言葉を交わさなくても、その意志がわかる。
ダゴネットには、それ以上かんたんなことはないように思えた。

明け方近く、だれかが部屋に入ってくる物音で目が覚める。元は数人で使う部屋だが、長い戦いの中でいつのまにかダゴネット専用の寝室になっていた。だから、だれが入ってくる理由もない。しかも、ノックもなしに。
飛び起きると、白みかけた暗がりの中にトリスタンが立っていた。
「今、帰ったのか」
「ああ」
答える前に、トリスタンはマントや帷子といった身につけているものを脱ぎ捨てはじめていた。弓や刀までもが無造作に床へ放られる。
ダゴネットは寝台に身を起こして、そのシルエットをぼんやりと眺めた。この数日姿を見なかったから、偵察に出ているとは思っていた。こんな時間に帰ってくるのもめずらしくはない。きっと報告を受ける立場のアーサーは、もっと前に叩き起こされたのだろう。
「…………」
肌着だけになってこちらへ大股に歩み寄ってくるトリスタンの息が荒いことに、今さら気づく。
「おまえ……」
毛布を剥ぎ取られて身を震わせるより先に、細く頑丈な指が肩をつかんでくる。そのまま硬い寝台に押し倒された。戦っているときでもほとんど息が乱れない彼がこれほど焦っている理由は、訊かずともそれとなくわかる。
「う……っ」
女を抱きに行けばいい、とは思わなかった。朝も近いこんな時間では、どの娼婦も他の男の腕の中だ。女が見つかったとしても、まず湯浴みをしろと追い出されるのが関の山だろう。服を脱いでいるときから血の匂いがしていた。
人を殺し血を浴びれば、いかに冷静な斥候といえど昂奮は抑えられない。いや、普段は感情を高ぶらせることのない彼だからこそ、余計に抑えがたいのかもしれない。ダゴネットにも覚えがないわけではなく、年若い兵士をつき合わせたこともないわけではなく、だから、その処理を手伝うのはやぶさかではなかった。
それでも、さすがに問わずはいられないことがある。
「なんで、ここに……」
血がこびりついて固まった髪のあいだから、感情を読ませない瞳が見据えてくる。
「あんたの顔を思い出したからだ」
先日、林檎の件があったせいだろう。ダゴネットはそれで納得した。それ以上は考えられなくなったからでもあった。
獣のように半開きの口から熱い息を吐き、トリスタンは互いの身体を覆っている布地をまくり上げて、肌を擦りつけてくる。彼の身体は驚くほどに熱かった。
「ぅ、あっ……」
陰茎を乱暴に握り込まれ、ダゴネットは思わず相手を押しやってしまいそうになる。だがトリスタンは動じることも、もちろん遠慮することもなく、自身のそれを押しつけてきた。手荒さに煽られて、ダゴネットの身体はトリスタンに反応する。
このまま、女のように抱かれるのか、と思う。若いころから他人よりも大きな体躯を誇っていたダゴネットは、他の少年兵たちのように目上の者から玩具にされた経験がない。だからなのか、目前に迫った今でも現実感がなかった。
「なあ、どうやって……」
その問いに答える代わりに、トリスタンは身を起こした。そしてダゴネットの腕をつかむ。うつぶせになれということのようだった。ダゴネットは、まだ解放されていない苦しさに息を切らしながら、彼に従う。
熱い手が腰をつかんだときには、さすがに寒気のようなものが背筋を走った。獣の息づかいとともに猛った身体が覆い被さってきて、ダゴネットの背にしがみつく。
「ぁ……」
押さえつけられた腿のあいだに、熱く硬くなった性器がねじ込まれた。ダゴネットは驚いて息をのみ、首をそらして相手の顔を見ようとする。だが見えたのは、ところどころ編み込まれた蓬髪が揺れる様子だけだった。
「は……っ、ぁ、はぁ……」
ダゴネットが聞いたことのない声で小さく喘ぎながら、背後のトリスタンは腰を打ちつけてくる。骨が当たるのが気になったが、それ以上に猛った欲望が腿に擦りつけられる感覚が強くて、他のことは考えられなくなる。
トリスタンの欲情が伝染したのか、ダゴネットの身体も奥から熱くなっていた。シーツをつかんで呻き、意味のない単語を唾液とともにこぼす。
「トリスタン……ッ」
彼の名に縋ったことさえ、ダゴネットは少しも覚えていなかった。

狭い寝台の端に寝そべったトリスタンは、自らの腕を枕に眠ろうとしているようだ。
ダゴネットは、今日三度目の問いを投げかけた。
「どうして挿れなかった?」
トリスタンはあくびをしてから、呆れたような声で呟いた。
「挿れてほしいのか」
「いや……」
単純に、とても痛そうだ。想像して思わず顔をしかめたダゴネットを見上げ、トリスタンは毛布の端を引き寄せながらくすくすと笑う。
「あんたが、馬に乗れなくなるのは、問題だからな……」
眠そうな声が消えていき、横たわった身体からゆっくり力が抜けていくのがわかった。
聞いてみればかんたんな話だ、とダゴネットは彼に毛布を掛けなおしながら思う。
トリスタンはわかりやすいだけではなくて、頭がいい。どうしたら全てがうまくいくかを知っている。ダゴネットに負担をかけずに自分が満たされる手段を。ダゴネットの指を切らずに林檎を食べさせる方法を。
眠りにつく戦友に敬意を表して、ダゴネットは自分のベッドを彼に貸し与えることにした。

いつもどおりの、酒場の片隅。いつもどおりに、トリスタンがナイフで林檎を食べている。
通りすがったランスロットが彼の肩を叩いた。
「一口分けてくれよ」
トリスタンはちらりと相手を見上げ、だがそれだけでまた目を伏せてナイフを動かす。
「自分で手に入れろ」
ランスロットは大げさに驚いて周りの仲間に肩をすくめてみせたが、とくに気を悪くした気配もなく、笑いながらトリスタンの前から歩み去っていった。トリスタンなら当然の反応だと、だれしもが思っている様子だった。
ダゴネットは離れたテーブルで杯をかたむけながら、その顛末を眺めていた。よほどぼんやりしていたのだろう、傍らでしゃべっていたボースがどんと背中を叩いてくる。
「……おい、聞いてんのか、ダグ?」
「ああ……」
ふと親指の傷を見る。それはもう治りかけて細い線になっていた。
『あんたの顔を思い出したからだ』
どこか苛立った声が耳の奥によみがえってくる。
「…………」
いくら考えてもわからない答えを得るべく、ダゴネットは席を立った。
トリスタンならば、明快な答えをくれるはずだ。
ナイフの上に乗った林檎のように、飲み込みやすいかたちで。

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