大和/真理夫
動物戦隊ジュウオウジャー:風切大和/森真理夫
軽い頭痛と眩暈に襲われ、大和は崩れるように椅子に座った。
「ぅん……」
原因は見当がついている。
突然覚醒した「鷲の視力」のせいだろう。少しやすんでいれば、すぐにいつもの状態に戻るから、気にはしていない。
「どうした?」
テーブルに突っ伏していると、慣れた声が尋ねてきた。
大和は顔を上げずに、それでも知らず微笑む。
「ちょっと……目が疲れちゃって」
「そうか、あんまり無理するなよ?」
髪の毛を軽くかきまわされた。
遠ざかっていくスリッパの足音を聞きながら、家族と暮らしていてほんとうによかったと思う。現実的な問題はさておくとしても、自分だけが人間という環境で、異世界の住人といっしょに侵略者と戦うなど、どこまで耐えきれるか正直自信がない。
伯父にもいつかはすべて説明したほうがいいのだろうとは思っている。ただ大和の中できちんと整理がついていない今だから、余計な心配や負担はかけたくなかった。この目だって……
「大和ぉ」
スリッパの足音が戻ってきたかと思うと、間延びした呼びかけが降ってきた。
顔を上げた大和の前に、マグカップが置かれる。
「これ飲んで、ゆっくりやすめ」
湯気の立つカップの中身はホットミルク。大和がただ疲れているだけのときには出てこない。つまり、今の自分は「弱っている」のだと、大和はカップを見て初めて気づいた。
「……ありがと」
まだ頭の芯に痛みは残っているし、視界もわずかにちらつく。捜し物や尋ね人のことも常に意識のどこかに引っかかっている。仲間たちは心強くて毎日が楽しいけれど……
「ねえ、おじさん」
自分もカップを持ってアトリエに引き上げようとしている伯父の腕を掴んだ。
「……久しぶりに、いいかな? ちょっとだけ……」
真理夫は目を丸くしたが、すぐに笑顔を返してくる。
「もちろん」
「ずいぶん重くなったな」
アトリエの床に座り込んで、真理夫はそう呟き笑った。
「いつと比べてるの」
背中合わせに座っている大和は両手でマグを包み込み、ミルクをすする。
疲れた目は閉じて、ミルクの香りと温かさ、そして背中から伝わってくる体温を感じようとする。ふざけて体重を後ろにかけると、重いとか暑いとかいろいろ文句を言われることもある。そんなやりとりも含めて、大和はこの時間がたまらなく好きだ。
背中合わせは、成長期以後になんとか折り合いをつけた結果だった。
子供のころは伯父の腕に抱えられてそのまま眠りにつくこともあったが、肩幅も身長も伯父を超してしまってはそうはいかない。
思春期の込み入った悩みや、大人になってからは仕事や研究の愚痴も、向き合っているより素直に言葉にできる気がした。
大和はミルクを一口飲み、真理夫の肩に後頭部をあずける。
「ねえ、おじさん……」
ふと思ったのは今の戦いのこと。戦うために姿や身体能力まで変えた大和を、真理夫は知らない。知ったらどんな顔をするだろう。
「……俺が俺じゃなくなったら、どうする?」
「ん? なぞなぞかそりゃあ」
面食らって、それでもどうやら真剣に考えようとしているらしい真理夫につい笑ってしまった。
「……ううん。なんでもない。忘れて」
だいじょうぶ。自分はなにがあっても自分だ。あの四人が見た目は変えても本来の自身を失わないように、大和も大和自身を見失うことはない。
確信があるのに、そんな言葉が出た自分に驚いた。
もう一口ミルクをすする合間に、真理夫がのんびり語りかけてくる。
「大和はなにがあっても大和だよ。どうなったって、ここに帰ってきたらいつもの大和だ」
「……………」
穏やかな声は、ホットミルクと同じ。大和の中に優しく染み渡っていって、内側から温めてくれる。自分の決意を応援してもらった気がして、大和は静かに喜びをかみしめた。
「おじさん」
「ん?」
目を閉じているから部屋もなにも見えない。彼以外は、なにも感じられない。こんなときはなんでも言える。
「大好き」
それは確認だった。口にすることで自分の気持ちを確信するための。
「うん」
「おじさんは?」
短く相づちを打つ相手に、もうひとつの確認を。
「好きだよ」
決して裏切られることはない。なのに、今日はどうしてこんなに不安なのだろう。
「……もう一回、言って」
わがままな甥の要望に、呆れもせず照れもせず、彼はきまじめに応えてくれる。お互い、もう若くも幼くもないのに、とは言わない。
「おじさんも、大和が大好きだ」
「うん……」
疑ってなどいないはずなのに、言葉にしてもらって初めて心から安心できる。自分には家族がいるのだというあたりまえの事実を、改めて実感できる。
「だいぶ、楽になってきた……」
頭痛はもうない。目の違和感も薄れつつあった。大和は空になったマグカップを脇へ置いて、背中を離す。
「もう、だいじょうぶなのか」
そう問われるとなんだか名残惜しい気もしてきて、肩越しに伯父を見返った。その肩の高さも追い越して久しい。
ふと思い立って、その背中に向きなおる。
「お……」
かつて自分がされたように、真理夫の体に腕を回した。伯父は戸惑ったように身じろぎしたが、押しのけられたりはしなかった。
頼れる伯父は今、甥の腕の中に収まる大きさだ。気づけば自分はこんなにも大きく、そしていろんな存在のおかげで強くなれていて。でもやっぱり一番大きな存在は、この人なのだろう。
「ありがとう。おじさん……」
目を閉じて肩口に顔をうずめると、木の香りがする。
「重くなったな……」
しみじみと呟く笑み混じりの声に、大和は抱擁で応えた。
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