零/ジャック
戦闘妖精雪風:深井零/ジェイムズ・ブッカー
PINK BEAR
「そんな趣味があったのか」
透きとおった声が無感情に問いかけてくる。
「どんな趣味だ」
言いながらふり向くと、彼がピンク色のテディ・ベアを持っていた。つまみ上げていた、というほうが正しいかもしれない。
「おかしいか?」
「おかしいと思わないのか?」
さっきから質問のラリーだ、と思いながらも、再び問いを投げる。
「日本の子どもは、テディ・ベアを持っていないのか?」
零はようやくラリーに飽きたようだった。
「男はな。ぬいぐるみを抱くのは女の子だけだ」
「そうか……なるほど」
ジャック自身、クマのぬいぐるみといっしょに寝ていたのは、覚えていないくらい小さなころのことだ。だから零の主張に反論するだけの理由はなかった。
「ジャック、そろそろ種明かしをしろ」
零は苛立ったように、そのクマをぞんざいに揺らす。その手荒さはどこか子どもの無邪気さを含んでいるように見えた。
「種明かしってほどのことはなにもないさ。ビンゴゲームで当たったんだ。ほしけりゃやるよ……」
「いらない」
簡潔な返事とともに、ぼすっと音を立ててぬいぐるみは床に落ちた。言葉どおりに零は手を離したのだ。
ジャックは苦笑してそれを拾い上げる。
「じゃあ、俺が抱いて寝る」
よく見れば目に痛いショッキングピンクもさることながら、耳にリングのピアスがついていたりしてなかなか反体制的なビジュアルのぬいぐるみだ。子どもに与えるには抵抗を覚える。
だが実際に腕に抱えると、生地の肌触りも弾力もなかなか心地よくて手放しがたい。悪くないと思いながら、ぬいぐるみを撫でつつ寝室へ向かう。
「ジャック」
不意に、肩を掴まれた。
ふり向いたと同時に、腕からテディ・ベアを奪われる。
「なんだ、やっぱりほしいのか……」
肩をすくめたジャックの笑顔は、次の瞬間引きつった。
零の長くて頑丈な指がぬいぐるみに食い込んだかと思うと、彼はクマの腕を胴体から引きちぎったのだ。大きなボタンが弾けて飛ぶのもかまわず、今度は胴体と首を別々にしようとする。
「零!?」
ジャックはあわてて腕を伸ばし、彼の手からそれを奪い返した。
零の表情は普段どおりの冷淡な無表情だが、わずかに眉根が寄っている。苛立っているときの顔だと、ジャックは知っていた。
「……どうした?」
呆然と見下ろしたテディ・ベアは、直前まで腕に抱いていた新品とは思えない有様だ。片腕はなくなり、首から綿がはみ出ている。あと少しで零はこの部屋にポリエステルの綿をまき散らしていただろう。
零は行き場のなくなった力を抑え込むように、拳を握りしめる。
「わからない。でも、それがベッドルームにあるのはいやだ」
ジャックが手にしている「それ」を見つめる視線には、ひどくわかりにくいが敵意がこもっている。ふと背筋が寒くなったジャックは、哀れなテディ・ベアを破壊者に引き渡してしまった。
「……じゃあ、どこにあればいい?」
「ゴミはゴミ箱だ」
きっぱり答えると、零は両腕にクマの胴体と腕を提げ、長い脚で部屋を横切っていく。そしてそれらをキッチンのトラッシュボックスに放り込んでもどってくるまで、少しもむだな動きはなかった。さっさと存在を抹消したかったのだろう。
「気が済んだか」
「わからない……」
キッチンのドアに寄りかかってうつむく零を、ジャックは途方に暮れて眺める。気にくわないからといって破壊まですることはない。だが、それが零のやり方なのかもしれない。
「おまえは、持ってなかったのか」
「なにを? クマを? だから男は……」
「なんでもいい。ミニカーでも、ボロボロの毛布でもいい。あっただろ、手放せないものが。自分だけの友だちっていうのかな……」
零は怒ったような顔で首をかしげた。困惑しているのだ。険しい顔で考え込んだ青年は、やがてぽつりと呟いた。
「マシン……」
「なに?」
「自分で作ったスタンドアローンのマシンが、それに当たるのかもしれない。だが大人に壊されてそれっきりだ。俺だけのものなんかなかった」
「……………」
たったそれだけの言葉から、ジャックは零の幼少期をたやすく思い描くことができた。
ゼロ、雨だれ、ほんの少し。その名前のとおり、彼に与えられたものは、ジャックが当然のように受けてきたものよりも遥かに少なかったのだろう。零にとって、ぬいぐるみは抱きしめるものではなく……
「敵、か」
思い至った結論があまりにも哀しくて、ジャックは大きく息を吐き出す。
「零」
腕を広げて歩み寄ると、彼も当然のように抱きついてきた。しがみつくといったほうが正しいかもしれない。まるで、子どもがお気に入りのぬいぐるみを手放さないように。
今、ようやく零は「自分だけのもの」を所有しているのだ。新参者のテディ・ベアなどに割り込まれたくはなかったのだろう。子どもじみた癇癪というほかないが、ジャックにはそんな零が哀れに見えた。
「テディ・ベアは、俺か……」
「ジャック?」
ぬいぐるみに負けない手触りの、さらさらとした黒髪を撫でながら囁きかけた。
「飽きたからって、バラバラにするのはやめてくれよ」
零の腕に力がこもる。
「飽きたんじゃない。最初から気に入らなかったんだ」
呟きながら近づいてくる唇を、ジャックは目を閉じて受け入れた。
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