往壓/放三郎

2006_天保異聞妖奇士,[!],[R18]

天保異聞妖奇士:竜導往壓/小笠原放三郎

※暴力とかIFとか現パロとか何でもあり注意


月夜の宿

夜空を見上げる。
先刻、宵闇の中でくり広げられていたおぞましい戦いなどなかったかのように、月はいつもどおり白く輝いていた。
その白い光をぼんやりと眺めながら、放三郎は手酌で酒をあおる。
もともと飲みつけないとはいえ、今日は酒の回りが早い。くっきりと見えていたはずの月も、いつのまにか濡れたように滲んでいた。それにこの胸の苦しさときたら……ほんとうに息がつまった。心の臓に酒がよくないことを今さらながら思い知る。
それでも、手は杯を離そうとしない。
飲みたいのだ。
すでに、外界のことにまで気がまわらなくなっていた。背後で往壓が動いた気配はあったが、ふり向くことすら億劫だ。
だから、唐突に腕をつかまれるまで、彼がすぐ傍らへにじり寄っていることにも気づかなかった。
「龍導……!?」
目が合ったのを合図に、その腕を強く引かれる。窓辺に腰かけていた放三郎の身体は、往壓のほうへと倒れ込むかたちになった。
「なにをす……」
互いに裾が乱れ、脚がじかにぶつかって……それだけの触れあいなのに、放三郎は息をのむ。血を浴びるよりも生々しい、生きた人間の温度だった。
「そこじゃ、外から見えちまうだろうが」
放三郎を受けとめた往壓の腕が、そのまま腰を抱き込む。脚だけでなくはだけた胸元までふれあうに至り、放三郎は本格的にあわてる。
「そういう話では……」
なおも身を起こそうとした放三郎の顔を覗きこみ、往壓は薄く笑って、酒で濡れた唇に指先を触れさせた。
「声出すと、起こしちまうぜ」
ちらりと視線を向けた先には、閉ざされた襖。奥には二人の少女が眠っているはずだ。
「きさま……」
声を荒げることもできず、派手に暴れることもできず、若侍は低く呻いた。だが相手の中年男は気にする様子もない。あいまいな笑みを浮かべたまま、無骨な指を若い肌にすべらせている。
「食って、飲んで、抱いて、抱かれて……忘れるにはそれがいちばんだ」
往壓は独り言のように呟いて、放三郎のまなじりを指先で拭った。
それが涙だと気づいたときには、指はゆっくりと離れていくところで……放三郎はすがるような思いでその手をつかんでいた。
「竜導、私は……」
忘れるつもりはない。忘れてはならない。友を斬ったこの日を。滲んだあの月を。おまえの慰めなどいらぬ。
そう言いたかった。この腕を振りほどき、無礼者めと一喝するべきだと思った。
「……私は、楽になりたいだけの卑怯者だ」
「人間だからな。俺もおまえも」
往壓は自分の肩口へと、放三郎の頭を押しつけた。その温かさから身を引き剥がすことなど、放三郎にはできそうもなかった。

「ん……竜導、やめぬか……」
片手で自らの口をふさぎ、もう片手で往壓の首にすがりながら、放三郎は畳の上で身をよじらせる。
「忘れたいんだろ?」
耳元で囁く声はあまりに優しく、甘く、否と叫ぶことすら許さない。
不器用そうに見えた指は、涙を拭ったときの細やかさそのままに、放三郎自身を握り込んで愛撫している。その悦楽は、酒のようにゆるやかに、だが有無を言わさず身の内に広がり、手放すことができなくなっていた。
「ぃや、竜導……っ!?」
はっと身をこわばらせたのは、それまで優しく揉んでいた手が、後ろへと伸ばされたからだった。骨ばった指はあきらかに後庭へ入り込もうとしていて、放三郎は我知らず全身を硬くこわばらせていた。
「初物ってわけかい」
その言葉は、苦笑いしているようにも、揶揄しているようにも聞こえ、怒りと恥じらいが放三郎の顔を真っ赤にする。
「ぐ、愚弄するな! 私とてこの程度……ん……っ」
だが強がりを言う間もなく、ねじ込まれる指はそこをゆっくりと押し広げていく。痛みではない、しかし快いとは言えない感覚に、放三郎は往壓の肩にかじりついて耐えた。これからなにをされるのか知らぬほど、初心ではない。
「だいじょうぶかい、小笠原さん」
往壓のどこかのんきに聞こえる声が、耳をくすぐる。
小笠原……皆がその名で呼ぶ。だがそれは、仲間を裏切った結果に得た名だ。あの男、自分が斬ったあの男は、小笠原とは呼ばなかった。
「放三郎、で、よい……」
声が隣へ洩れぬようにと小声で囁いたつもりが、相手には届かなかったらしい。
「ん? イイのか?」
「いや……なんでも……」
苦く笑ったとたん、探られている腹の中から覚えのない感覚が全身に走った。それは痛みではなく、しかも……
「…………っ!!」
唇を噛みしめ、手で口を覆い、必死に声を殺す。だが、萎えかけていた中心はたしかに立ち上がっていて、下帯を濡らしていた。
「り……」
竜導、と呼びかけることさえできず、ただ身を震わせて相手の肩にひたいを押しつける。顔を上げたが最後、惨めな顔を晒すことになるだろうから。
「な、イイだろ? もっとよくしてやろうか」
もういい、こんな強引に与えられる快楽などいらない。言葉にならない言葉を叫び、首を激しく横に振る。だが、往壓にやめる気はないようだった。
「頭ン中、真っ白にしちまえよ……」
耳を舐められて力が抜けそうになったところに、ひざをつかまれて開かされる。背中の下で帯と畳が擦れる音がして、自分が逃げようと身をよじったことがわかった。
「みんな忘れて、楽になれ……」
低い囁きとともに、往壓が押し入ってくる。放三郎は痛みに耐え、ただ自分の口を両手で押さえていた。ところが、往壓はその手を払いのけてしまう。なにをするのかと睨みつけた瞬間、往壓の唇で口をふさがれた。
「ぅん……」
腰が壊れそうな激痛と、頭がとろけそうな接吻と。放三郎は考えることもやめ、与えられるものを貪欲に受け止めようとした。身体を揺すられるたび、古いものが頭から転がり落ち、その代わりに腹の中へ新しいものを注ぎ込まれるような、そんな心持ちになる。そして、ほんとうにそうだったらどれだけよいかと、往壓の舌を追いながら思っていた。
白くなりかけた頭の片隅で。

乱れた衣を直しながら、放三郎は畳の上に転がっている男を眺める。見るのではなかった、と思いながらも目を離せない。まだかすかに荒い息をつき、倒れた徳利をもの憂げに見やっている表情は、それだけでこちらを不安にさせる。
必要以上に着物をていねいに直し、さらに平素以上に折り目正しく正座した。
「……慰めなら、無用だ」
「なに?」
往壓が目を丸くして顔を上げる。
「私を哀れんでこのようなことをしたのなら、そんな気遣いは今後無用だと言っている」
往壓なりの気遣いだということはわかっていた。それが往壓の試みに終わらず、たしかに幾ばくか慰められたのだということも。だが、それは弱みを晒してしまったという恐ろしさも伴っていて、放三郎の矜持と立場を危うくしかねない。元から仕事上の主従でありながら、この旅では主従を「演じ」るほどに、二人の間柄は揺らいでいる。
放三郎は倒れた徳利を拾い上げ、じかに口をつけた。だから、往壓が口を開く寸前、わずかに顔をゆがめたことには気づかなかった。
「……そんなんじゃねえよ。俺ぁただ、やりたかっただけだ。慣れねえ服着て、慣れねえ言葉使って……ちょいと気が詰まってただけなんだよ」
往壓が笑いを含んだ声で言い訳めいたことを呟くのに、放三郎は何度か立ち会っていた。そんなときの往壓は……
「ならば、なにゆえ満たされぬ顔をしておるのだ」
「なんだと……」
放三郎は徳利の底に残っていた最後の数滴を舌の上に落とし、ようやく往壓を見る。思ったとおり、往壓は瞳を揺るがせ、心もとない様子で放三郎を見つめていた。
「おまえ……忘れたことなどないのだろう?」
今度は、往壓が目をそらす。
「……忘れたふり、でいいのさ。どうせ忘れることなんかできねえんだ」
その笑顔も自らを哀れむ嘲りにしか見えず、痛々しいことこの上ない。どれほどの快楽も、この男を心から満たすことなどできないのだ。放三郎はそれが歯がゆかった。己は、つかの間でも往壓に慰められたというのに……
「では私にも『ふり』をさせてもらおうか」
「あ?」
寝そべっている男を、上から押さえ込むことはたやすい。
「おい……」
「隣に聞こえるぞ?」
往壓のまねをして、唇に指を当てる。驚いて半開きになった唇がかすかに震え、だが口も身体も抗うことはなかった。
放三郎は思わず微笑み、そして気づく。他人を慰めようとしているときだけは、人は己が抱える煩悶から逃れられるのだと。
「竜導……往壓……」
指の下にある唇がまた震えた。
「……ゆき、でいい」
「……甘えるな」
その名で彼を呼んでしまえば、もう主従もなにもない。
放三郎にはなにもかもが恐ろしかった。この男に抱かれたことも、これから抱こうとしていることも。ふっと目を細めた往壓本人も。
「忘れさせて、くれるんだろ?」
「……ああ」
乱れたままの襟をくつろげ、おそるおそる手を這わせた。たった今、交わったばかりの肌は、まだ汗ばんでいて熱い。この肌は、たしかに人のものなのに。
この心は、この世ならぬものを求めつづけているのだ。

声を立てぬよう、いちばん手っとり早い方法として、二人は互いの口をふさぎ合っていた。
見かけによらず手荒だ、と往壓はぼんやり考える。はじめこそ遠慮がちだったが、脈が速くなるのに合わせて、愛撫も荒っぽくなってきていた。息もつけぬほどしつこく舌を吸うかと思えば、着物を引き剥がそうとして肌に爪を立てる。
とりすましている彼のことだから、こういうこともさぞ器用だと思っていたが……
ふと心に浮かんだ思いを、その耳元に囁いてみた。
「あんた、もしかして……こっちも初めてか?」
放三郎の頬にさっと朱が差す。耳まで熱がまわるのがわかる。
「う、うるさい! 人の値打ちにそんなものが関わってたまるか!」
つい高くなった声に、放三郎は自分ではっと口を押さえた。二人とも思わず隣室の襖を見やるが、子どもたちはおとなしく眠っているようだ。そうであってほしい。
ほう、と息を吐き出してから、放三郎は往壓を睨みつける。
「不満か」
「そうだなあ……」
くっ、と笑いが洩れる。笑わずにはいられなかった。値踏みしたつもりはない。
「まあ、不安ではあるか」
むっと口をとがらせる放三郎を、往壓は下から抱き寄せる。
「こんなもんはな、勢いなんだよ。なんも考えんな。やりたいようにやれ」
「指図するな!」
今度は肩口に爪を立てられたが、どうやらこれはわざとのようだ。痛みに顔をしかめると、自業自得だと言わんばかりの目つきで顔を覗きこまれる。だが、その顔がくしゃりと歪んだ。
「おまえは……」
愚痴でも言うつもりなら、おとなしく聞いてやるつもりだった。だが……
「どうすれば、満たされるのだ?」
思ってもみない言葉に、笑おうとして果たせなかった。さぞ情けない顔をしているだろうと思いながら、目を閉じて。口元だけでも笑ってみせる
「おいおい、あんたが満たしてくれるんじゃねえのか」
放三郎は唇を噛みしめただけでなにも言わず、崩れた下帯の隙間からむりやりに入り込んできた。
「おい……っ!」
声を上げそうになり、往壓はあわてて口を押さえる。加減も容赦もあったものではない。己の初めてのときを思い出すことなどもはやできないが、このようであっただろうか。
「痛ぇよ……」
思わず呟くと、鋭い瞳で睨みつけられた。
「黙っておれ!」
笑いそうになったところを乱暴に突き上げられ、言葉を失った。
ほんとうに、なにもかも見かけによらない男だ。見かけによらず、涼しい顔で刀を器用に振るったかと思えば、見かけによらず、こちらのほうはさっぱりときた。
「っく、くぅうっ!」
耐えきれず声を出したのは、上に乗っている若者のほうで、組み敷かれ脚を開かされている男は、どうにか息だけを吐き出してこらえていた。
「っ!」
放三郎は苛立たしげに頭を振ると、自分の口をふさぐ代わりに往壓の肩に噛みついた。唾液で肩が濡れ、半ば呆れかけていた往壓が、はっと息をのんだ。
濡れた肌に感じる熱い息と硬い歯が、己を抱く放三郎という男を生々しく覚えさせる。己がいるこの世を、感じさせる。それは悪い心持ちではなかった。痛みでもよい、苦しくともかまわない。放三郎を、もっと感じたい。
「…………!!」
彼の言うとおり、この渇きは満たされることなどないだろう。だからこそ、必死に手を伸ばしてしまうのだ。両膝で放三郎の腰を抱き込み、もっともっととけしかける。
「んん……っ」
放三郎が大きく身を震わせた。肌に歯がひときわ強く食い込む。
「も……終わり、かよ……」
あと少し。もう少しで、手が届きそうだったのに。

「……どこ行くんだよ」
「厠だ」
放三郎は裾を直し、おぼつかない足取りで部屋を出ていった。
往壓も広がった着物を申しわけ程度に引き寄せ、ぱたりと俯せになる。さすがに、腰が痛い。明日の道中を思うと、わずかながら不安もよぎる。
だがあの大人びた青年が、必死な顔で迫ってくるのがおかしくて、おまけに愛おしくさえ思えてきて、すべてを受け止めてやろうという気になった。人は、他人を気遣うときには、己のことは忘れていられるものだから。
「ん?」
しばらく畳に頬を押しつけていたが、襖がわずかに開いた気配に頭を動かす。
碧色の瞳が、暗闇の中からこちらを窺うように覗いている。
起きていたのか。だが色街で生きる少女に、これくらいは刺激でもなんでもなかろう。往壓はそう思い、ゆるやかに笑みを浮かべる。
「宰蔵は寝てるか?」
尋ねると、アトルはこくりとうなずいた。それならいい。宰蔵のほうは、年のわりにどうにも潔癖すぎるところがある。二人そろって見限られかねない。
「おまえも早く寝ろよ」
「あなたも」
足音に気づき、少女はすばやく襖を閉める。それと時を同じくして、まるで仕掛けのつながったからくりのように、廊下の襖が開いた。
部屋に入るなり往壓とまっすぐ目が合ってしまった放三郎は、うろたえて視線を泳がせた。徳利を数本乗せた盆を持っている。どうして自ら……と訝しんだが、この部屋にだれも入れたくないのだと思い当たった。
「まだ飲むだろう」
「……ああ」
盆から徳利を一本取ると、彼は必要以上に折り目正しく正座し、畳の上の猪口を拾い上げた。それから正座のままで一息に酒を流し込み、ようやくこちらを向く。
「竜導」
目の周りが赤くなっている。酒のせいではない。この男は存外酒に強いようだから。これは、心持ちが所以だ。
「私では……おまえを満たせぬのだな」
杯の縁を舐めながら、小さく呟く。いじけた子どものように。
そんな姿がやはり愛おしくて、抱き寄せようと手を伸ばしかける。だが、相手が気づく前に引っ込めてしまった。この心を満たすために、若者を食い物にしてはならぬ。彼は、こんな男の贄となるような者ではない。
「……イイ線いってたぜ」
技や術ではない。この男なら、と思ったのだ。
往壓は小さくため息をつき、それからひとり嗤った。
まったく、息子ほどの年の男に……
往壓が徳利からじかに酒をあおれば、放三郎も真似をして手を伸ばす。無言で酒を奪い合い、腕や足をつかみ合い、互いの肌にこぼれた酒を舐め合った。
やがて酒などどうでもよくなり……二人は再び畳の上に倒れ、相手の熱をたしかめることのみに没頭していった。

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