アーサー/ランスロット
餓狼の欲
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俺たちはいつも飢えている。
痩せた土地では豪勢な食事など望むべくもなく、寒さの中で酒は飲むそばから醒めていき、女はたいてい他人の所有物。かといってもっと恵まれた場所へ行く自由もない。
だがこの城壁では、それで耐えるしかない。たまのバカ騒ぎとひとときの快楽、つまり酒と肉と女。中にはこれに「家族」が加わる幸せな(あるいはとてつもなく不幸な)者もいるが。
だが外では、それとは別のものが俺たちを満たしてくれる。
これだけは不足することのない……多くの血。
血を見るのは好きだ。それが自分の剣によって流れた血ならなおさら。死ぬか殺すかの二択しかないこの任務で、俺たちは迷わず後者を取り、そしてここまできた。
敵の血は、おのれが生きている確かな証だ。血のぬくもりは自らの勝利。凍りついた血は自らの平穏。血を見るために、その温度を感じるために、俺たちは剣を振るい弓を引く。
もっとも、それだけなら、俺たちはとっくの昔に野蛮で無法な野良犬の群れになっていただろう。
そう、彼がいなければ。
彼は俺たちのよりどころで……そして、俺のすべてだ。
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端整な顔立ち。しなやかな肉体。
世が世なら、奔放で明朗快活な青年に育っていたにちがいない。
だが今、その瞳は常に飢えている。凶悪なまでに激しく、凶暴なまでに美しく、飢えを満たす獲物を探して暗く輝いている。
では……今まさに牙を立てられている私は、彼の獲物にすぎないのだろうか?
「……ーサー……アーサ……」
間断なく浴びせられる口づけのあいだから、くり返し名を呼ばれる。だが口を開くと自分でも意図しない声が出てしまいそうで、返事もできない。
「アーサー……」
耳元で囁かれる声、肌を探る冷たい指、激しくも柔らかい唇、腰に押しつけられる熱……彼のすべてが私を翻弄し、昂ぶらせる。この寒々しい部屋で、衣服をすべて剥ぎ取られているというのに、私の身体は冷えるどころか内側から熱くなっていた。
征服の証なのか、所有の印なのか、彼はやたらに口づけの痕を残したがる。翌朝ぎょっとするような場所につけられることもある。そればかりではなく、気づけば無数の噛み痕までがついているのだ。
「……アーサー……」
まるでその名しか知らぬように何度も呼びながら、彼は古傷だらけの醜い肌に歯を立てた。私は身を食いちぎられる恐怖とそれを上まわる快感に戸惑い、ただ唇を噛んで耐えるしかない。
「……ぅあっ!」
肩に鋭い痛みが走り、ずっと堪えていた声が洩れた。彼がはっと息を飲んで顔を上げる。
その歯と唇は、赤く濡れていた。
やはり私は獲物なのだ。この、飢えた狼の。
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快楽がほしければ、女を抱けばいいだけの話。
血が見たければ、敵を殺せばすむことだ。
だが、俺が彼を抱くのはそんな目的じゃない。弄ぶつもりも傷つけるつもりもない。それなのにいつも歯止めがきかず、ついにはこんなことになってしまう。
「……ぅあっ!」
呻き声とともに彼の身体がこわばった。はっとして身体を離すと、彼は苦しげな顔で自分の肩に手を伸ばしていた。
「あ……」
俺は心中で自分を罵る。
彼の身体には歴戦の勇士らしく新旧大小の傷が全身に残っていて、しかもそれを他人には見せないものだから、どの傷がいつできたものかは本人しか知らない。
俺はその中の治りきっていない傷跡に歯を立ててしまったのだった。皮膚を食いやぶった感触と、同時に広がった血の味が、口の中に生々しく残っている。
「すまない、許してくれ……こんなつもりじゃ……」
シャツの裾を引きちぎり傷口に押し当てた。俺を見て苦笑した彼の表情は、困惑しているようにも怯えているようにも見える。
「アーサー……俺は……」
伝えたい想いは言葉にならず、ただ彼の身体を抱きしめるしかなかった。
血がほしいんじゃない。快楽がほしいんじゃない。この飢えはそんなものじゃ満たされない。
わかるか? 俺が真に求めているのは……
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なぜだ。
彼は自らの獲物に情けをかけない。一度その剣を向けた相手は命乞いをされようとも容赦なくとどめを刺し、厭きた女はどれほど想われようとも顧みることはない。それは、だれよりも近くで彼を見てきた私がいちばんよく知っている。
だが今の彼はちがっていた。
「アーサー……俺は……」
私は混乱したまま、彼の端正な顔がゆがむのを見上げていた。
なぜ許しを乞うているのだ。
なぜ泣いているのだ。
その爪と牙で私を切り裂き食い尽くすつもりではなかったのか。
「……いいんだ」
震えながらすがりついてくる彼を抱きよせ、その髪を撫でる。大きな瞳からこぼれ落ちる涙が私の肌を濡らした。
「なにがあっても私はおまえを受け入れるよ、ランスロット」
それが私の役目ならば。
彼の飢えを満たすためなら、私は喜んで獲物となろう。だから、泣かないでくれ。ただ無慈悲に、私を喰らってくれ。そうでなければ、私は思い上がった誤解をしてしまう。
彼が真に求めているのは、私の心なのだと。
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