丈瑠/源太

2009_シンケンジャー,[R18]

初夜(はじめてのよる)

「じいが、侍の子は一人で寝ないとだめだって」
 ちゃぶ台をどけて家族と雑魚寝している源太には、広い屋敷に住んでいる丈瑠が素直に羨ましかった。だが、内気な少年は常に家族といっしょにいられる源太を羨ましがっていた。
 調度の少ない八畳間は、幼い子どもには広すぎる。その真ん中にぽつんと敷かれた布団で、隣室に人の気配を感じることもなく、丈瑠は夜を過ごさなければならないのだ。
 源太には想像もつかなかったが、丈瑠が心細いのだけはわかった。友だちが困っていたら助けてやりたいと思うのが人情ってもんだ……と源太は親から教えられていた。
「よっしゃ、おれがいっしょに寝てやるよ」
「だめだよ、じいに怒られるよ」
「夜にこっそり来て、朝こっそり帰ればいいだろ」
 少年は言葉通りに、親の目と黒子の夜回りをかいくぐり、友だちの部屋へと忍び込む。初めての、しかも秘密のお泊まりに子どもたちは興奮し、布団の中でいつまでも起きていた。怖くも心細くもなかった。
 翌朝、丈瑠を起こしにきた彦馬が、一つの枕に二つの小さな頭が乗っているのを見つける。
 怒鳴り声で起こされた少年二人は、朝から正座で彦馬の説教を聞かされるはめになった。しかし源太は「おれが勝手に来たんだ」と言いはり、丈瑠も半泣きになりながら「自分が命令して呼んだ」と譲らない。
 結局、迎えに来た源太の親が息子に拳固を食らわせることで事態は収拾した。
 しかしそれからも源太はたびたび志葉の屋敷へ忍び込んだ。いつも不安そうな丈瑠の顔が、驚きと喜びに輝くのを見たくて。

 今、大人になった源太に家はない。親類縁者などというものも存在しない。
 それをどうこう思うことは、とうの昔にやめた。親を恨んだことは一度もない。
 だが、帰りたいと思う場所はある。
 屋台を引いて門の前に立つと、黒子が二人ほど出てきて招き入れてくれた。
 昔から少しも変わらないたたずまいの屋敷には、「殿」が家来にかしずかれて暮らしている。半年ほど前までは主人と同年代の侍たちも住み込みで彼に仕えていたが、戦いが終わった今はそれぞれの場所でそれぞれの道を歩んでいる。源太もその一人だ。
 皆と別れてから数ヶ月経った。異国の地でひととおり大騒ぎして、それなりに話題にもなって、新しい料理もいくらか覚えた。ふっと一呼吸入れたとき、自然と仲間たちの顔が頭に浮かんだ。中でも、幼なじみの丈瑠に会いたくてたまらなくなった。
 思い立ったが吉日、が源太の信条だ。屋台にみやげを山ほど積んで、いつものように行き当たりばったりの旅をして、この屋敷に帰ってきた。
 源太が帰りたい場所、それはこの屋敷……丈瑠の傍ら以外にない。
 急な来訪は当然驚かれたが、屋敷を挙げて歓迎を受けた。食事と風呂を提供してもらい、 丈瑠の部屋で酒盛りをして、隣室に黒子が敷いていてくれた布団にそれぞれ着がえもせず潜り込んで、眠りにつく。
 あくまで訪問客という立場ではあるが、「帰ってきた」という気がする。
 寝つきはいいはずなのに、夜中に目が覚めたのは上等すぎる布団のせいだろうか。
「ぅん……っ」
 源太を完全に起こしたのは、隣から洩れた奇妙な呻きだった。
「丈ちゃん?」
 声をかけたが返事はない。寝言だとわかり、布団をかぶって寝なおそうとした。
「ぁ……十臓……」
「!!」
 うめき声の中に不穏な名を聞き取り、思わず飛び起きていた。
 覗き込むと、ひたいに玉のような汗が浮かんでいる。ただごとではない。
「おい、どうした、丈ちゃん!?」
 うなされている人間をそのまま寝かせておくという発想は源太の中になかった。彼を苦悩から救い出そうと、肩をつかんで揺り起こす。
「待て、十臓……!!」
 自分の声に起こされたのか、丈瑠ははっと目を開ける。
「源……」
 かつての仇敵の夢を見ていたであろう丈瑠は、焦点の定まらない目を幼なじみに向けた。
「十臓はもういねえよ、丈ちゃんが倒したんだろ! しっかりしろって……」
「俺が……」
 丈瑠の目から涙があふれ出た瞬間、源太は自分の失敗を悟った。
「俺はまだ生きてるのに……」
 丈瑠が縋りついてくる。源太も丈瑠を抱きしめた。不安を隠そうともしない彼を、他にどうしていいかわからなかった。
「丈ちゃん……?」
 背中をさすりながら名前を呼んだとき、腰に当たる不自然な硬さに気づいた。
 まさか丈瑠が、とは思ったが、自分と同じ男だ。おかしくはない。問題なのは、なぜ今この状況でそうなっているのかということだ。
 そ知らぬふりをしようか迷う。だが丈瑠の指は源太の腕に食い込んでいて、振りほどくなどという冷淡なことはとてもできない。苦しそうに喘いでいるのは泣いているから、だけではないだろう。
 源太は唾を飲み込み、その熱におそるおそる手を伸ばした。
「!」
 触れられた丈瑠が、びくりと身を震わせる。
 丈瑠の指が痛いほどに腕をつかんできた。押しやられるのかと思ったとき、予想もしなかった強い力で引き寄せられ、布団に押しつけられる。
「ちょっ……」
 ゆるいハーフパンツを下着ごと引きずり下ろされた。下半身を晒されたことに羞恥を覚える前に、丈瑠のそれがむりやり押しつけられる。
「あ……」
 まさか丈瑠が、と思ったのは二度目。
 子どものころはいっしょに風呂に入ったりもしたが、大人になって再会した幼なじみはどこか超然とした雰囲気を身にまとい、源太のような俗っぽさとは無縁に見えた。今の今までそう思っていた自分にも驚かされる。
 現実の丈瑠は、雄を猛らせ、欲求を満たそうとしているだけの、ただの男だった。
 だが失望や憤りを覚えるほど、平静な状況ではない。源太は自分の身体の反応に引きずられていた。
「ぁうっ、うん……っ」
 乱暴な愛撫を受け、勝手に熱が集まっていく。互いが硬くなるほどに刺激は強くなり、源太も丈瑠の動きに合わせて腰を揺らしていた。あまりに強烈な快感で、相手がだれかなど意識の外にあった。
「あ、俺もう……!」
「……ああぁっ!!」
 二人が声を上げたのはほぼ同時だった。
 源太のシャツが二人ぶんの白濁でべったりと汚れる。それを見下ろした丈瑠は、初めて我に返ったように源太と目を合わせた。
「ごめん……源太、ごめん……」
 こんなに近くで幼なじみの泣き顔を見たのは、何年ぶりだろうか。
 仰天も過ぎて頭の中が真っ白になると、針が振り切れて逆に冷静になるらしい。
「丈ちゃん、ちょっと」
 源太は汚れたシャツを脱ぎ、飛沫が飛び散っている丈瑠の服も脱がせた。服の裾でお互いの身体を拭って、裸の丈瑠を布団に押し込む。
 汚れ物を丸めて布団の脇に押しやり、それから「服借りるぜ」と声をかけて箪笥を勝手に開けた。丈瑠の服で、比較的ラフなものを探して身につける。
 もう寝る気はなかった。洗い場は風呂場の横手にあったはずだと思いながら洗濯物を抱え込み、ちらりと布団のほうを見た。
「なあ、丈ちゃん……」
 返事はなかった。頭から布団をかぶった丈瑠は小さく震えていた。押し殺した嗚咽を、今ばかりは聞かないふりをして部屋を出た。

 寝ずに迎えた朝は、やたらと朝日が眩しく感じられる。
 すでに仕事をはじめている黒子にあいさつをして、門の中に置いてある屋台へと向かった。
『おはようごぜえやす、親分!』
 足音を聞きつけ、しゃべる提灯が顔を出す。
『出立は朝飯のあとですかい?』
「ああ……」
 その予定だった。丈瑠の顔を見たら、次は千明と流ノ介を訪ねるつもりでいた。
 だが、こんな気分とあんな丈瑠を残していくわけにはいかない。
「……ちょいと延期するぜ。やることができた」
 べしんと提灯の頭を叩いて引っ込ませ、生け簀からエビとイカを取り出す。彼らは死にも腐りもしないけれど、水を替えないと機嫌が悪くなるのだ。
「さて、どうしたもんかねえ」
 ため息混じりに呟いた言葉を、提灯は聞いていたらしい。
『親分、悩みがあるならなんでも相談してくだせえ! このダイゴヨウ、なんでも聞きますぜ!』
「おめえに相談してなんとかなるくれえのことなら、最初から悩まねえよ」
 苦笑しながらおしゃべりの頭をもう一度引っ込ませる。
 明るい朝日と愉快な相棒のおかげで、気分はもう完全に上を向いていた。

「もうしばらくいていいか?」
「え!?」
 朝食時、源太が切り出した言葉に丈瑠はぎょっとした顔を向ける。そこまで露骨に怯えなくてもいいだろうに、と思いながら味噌汁をかき込んだ。
「いいよな、じいちゃん?」
「それはかまわんが、殿は……」
 彦馬は二人の青年を交互に見比べる。
 老練な家来に、長年仕えてきた主人のぎこちなさに気づくなというほうが難しい。若者二人のあいだになにかがあったことは容易に想像がついた。だが昔のように拳固で解決するものでもないようだ。
 幼なじみのけんかに口を出すほど過保護ではない。どれほどこじれようとも、当人同士でけりをつけさせるのがいちばんいい。
 瞬時に腹を決めた彦馬は、そ知らぬ顔をして茶をすする。
「気が済むまで泊まっていけ。悔いのないようにな」
「よっしゃ、決まりだ」
 丈瑠はとくに異論は唱えなかったが、朝食が終わるとすぐに姿を消してしまった。
 源太は広い屋敷をうろつき、黒子一人一人に丈瑠の居場所を尋ねてまわる。そしてようやく、屋敷裏手の土蔵にいるのを教えてもらった。
 重い扉が開け放された蔵に足を踏み入れると、一瞬目の前が真っ暗になる。目が慣れるまで少し待って、物音のする二階に上ってみた。昔の銀行強盗のように鼻まで布で覆った丈瑠が、棚の上から古い本の山を下ろしているところだった。
「蔵の掃除が第二の人生かよ」
 源太がやってきたのは気づいていたのだろう。彼は振り向きもせず答える。
「ちがう、データベース作成のための資料整理だ」
 それについてはさっき黒子から聞いた。丈瑠が今いちばん熱中しているのは古文書の整理らしい。それこそ黒子に任せておけばよい仕事だと源太は思うが、勤勉な丈瑠には古文書解読のような知的な作業も向いているのかもしれない。
「なんか手伝うか?」
「いい」
「ま、専門外だからな」
 閃きや思いつきでなにかを創り出すことは得意だと自負している。しかしじっくり研究するだとか物事を整理するなどといった作業は大の苦手だった。なにより、昔の字など一文字も読めない。
 あきらめて、光が差し込む小窓の前に寄りかかる。手伝いにきたわけではないのだ。
「あのさ、ゆうべの……」
「すまなかった」
 源太の言葉を遮るように、丈瑠は謝罪の言葉を口にした。
「服を洗ってくれてありがとう。いろいろ迷惑をかけた。もうあんなことはしない。だから忘れてくれ」
 感情を押し殺した低い声も、こちらを見ようとしない横顔も、覚えがある。心を閉ざし仲間を拒んでいたときと同じ。あのときは、皆をだましているという負い目がそうさせていた。
 今は、なにも負うものなどないはずなのに。
「気にすんなよ、男ならだれだって……」
「そういうことじゃない!」
 思わず語気を荒げた丈瑠は、気持ちを落ちつかせるように息を吐き出した。
「いいんだ。忘れてくれ」
「でもよ……」
 丈瑠がふり返ったかと思うと、本の束を抱えて近づいてくる。表情は埃よけの布に隠れて見えない。
「やっぱり手伝え」
 差し出されれば思わず受け取ってしまう。源太の両手にその紙束を乗せ、彼は太った将棋の駒のようなものを宙に放り投げた。駒はくるりと回って小さな獅子に姿を変え、床に着地する。
「黒子のところへ持っていってくれ。場所は獅子折神が案内する」
「お、おう……」
 子猫ほどの大きさの赤い獅子が、催促するように階段を一段下りてこちらを見上げていた。
 なにも訊くな、なにも考えるな。
 丈瑠はそう要求している。いや、命令だろう。彼は「殿さま」だ。
 源太はすっきりしない気持ちを抱えたまま、獅子折神のあとを追った。

 家の者が寝静まった夜。
 古い屋敷の廊下を爪先立ちで歩いていると、それだけで気分は怪盗鼠小僧だ。
 丈瑠の部屋の襖をそっと開ける。彼はもう眠っているらしい。ほっと息をついてから、さてこれからどうしようと考え込んだ。
 今夜は客用の部屋に布団を用意された。それがあたりまえなのだが、丈瑠が露骨に源太を避けている今はどうにも歯がゆい。
 眠れずに飛び起きた勢いでここまで来たはいいが、具体的になにかをしようという案は全くなかった。
 開けた襖のあいだから、もう一度部屋の中を覗き込む。
「だれだ!」
 鋭い声とともに、なにか赤いものが飛んできた。
「うわっ!」
 獅子折神に噛みつかれそうになり、すんでのところで受け止めた。襖が乱暴に開かれる。
「源太!?」
 夏が近づいて夜も蒸し暑くなっているせいだろうか。仁王立ちの丈瑠はパジャマではなく白い着物を着ていた。何度見ても時代劇のようだと思いかけ、今はそんなことを考えている場合ではないと頭を振る。
 源太は手の中でじたばたともがく獅子を丈瑠に突き返した。折神は持ち主の手の中で将棋の駒に戻る。それを玩びながら、丈瑠は冷たい声で尋ねてきた。
「なにしにきた」
 それを今考えていたところだ。しかし本人を前にしてぐずぐず考え込んでも仕方がない。
「丈ちゃんのことが心配で眠れねえ」
「……ほっといてくれ」
 呆れているように見える無表情が源太を見下ろす。感情を見せたくないときの顔だと、源太は知っていた。自分の醜態を恥じて気まずく感じているだけなら、こんな顔はしないということも。
「言いたくねえなら、むりには聞かねえけどよ」
 おそらくは侍たちも黒子も彦馬でさえも知らない、戦いが終わってなお丈瑠を苛んでいるなにかがある。源太はそう確信していた。それは丈瑠本人が語らなければ知ることはできない。
「他にいなきゃ、俺でもよくねえか?」
「……………」
 丈瑠はしばらく源太を見下ろしていたが、やがてため息混じりに布団の上に座り込んだ。上座に座っているときの貫禄そのままだ。
 不機嫌そうに睨みつけられ、源太も後ろ手に襖を閉めて畳の上で居住まいを正す。
「昨日……俺は、なにか言ったか?」
「十臓を呼んでた。十臓がもういないって……泣いてた」
 言っていいのか迷ったが、丈瑠は表情を変えない。
「そうか」
「後悔してんのか? あいつを斬ったこと……」
 源太の問いに、彼は首を横に振る。
「あいつは自滅したんだ。そういう運命だった。今はもう本人も納得済みだ」
 なぜ死人の今の気持ちまで断言できるのか源太にはわからなかったが、その言葉は確信に満ちていた。自分に言い聞かせているのかもしれない。
「でも俺は、忘れられないんだ……十臓と、その……」
 今まで気丈だった声が、不意に揺らぐ。目を泳がせて、懸命に言葉を探している。
「か、関係を、持った。身体の」
「身体の……」
 彼の告白が頭の中で具体的に意味を持つまで、源太はしばらくぽかんと口を開けていた。
 ようやくその一言を理解したとき、直感的に全ての要素がつながる。昨夜のことも丈瑠の態度も、なにもかも。
 だが理解できたことと、気持ちの問題は別だ。頭の中はパニックどころの騒ぎではない。
「どっ、どんなふうに?」
「なに!?」
 ぎょっとした顔で目を見開く相手を見て、とんでもないことを口走ったと青くなりあわてて手を振る。
「いやや、そういう下世話な意味じゃなくてよ、なんつーか、なんでそういうことになっちまったのか、なりゆきってやつが気になっただけだ」
「ん……」
 丈瑠は少しのあいだ黙り込んだが、やがて細いあごを上げて語りはじめた。
 不可抗力ともいえるきっかけ。
 十臓の誘いに抗うどころか、一度ならず欲に溺れてしまった自分の弱さ。
 未だに十臓を忘れられない浅ましさ。
 十臓が死んで行き場のなくなった欲望を、源太に向けてしまった心の弱さ……
 淡々とした、他人事のような状況説明。
 己の命を犠牲にしても全てを護ろうとする「殿」らしからぬ行動と心境を、源太はただ呆然と聞いていた。
 激しい戦いのさなか、影武者という嘘を抱えているだけでも苦しかっただろうに。さらに後ろめたい大きな秘密を自ら作ってしまったのだ。秘密から逃げるための秘密。彼がどれほど苦悩していたか、源太だけではない、だれ一人として知りえない。
「……やっぱ、強ぇや」
「え……」
 源太は自分の失敗を苦く思い出す。
「あいつよぉ……俺の寿司、美味いって言ったんだ」
 うれしさと同居している記憶は、余計に苦い。
「すました顔で目の前に座って、俺が握るの待ってんだよ。人なんか殺す感じじゃねえんだぜ?」
 もちろん彼が代金など払ったことはない。それでも、源太は十臓に寿司を握った。うれしかったのだ。彼が人間と同じものを食らうということが。この世で口にするものに、源太の寿司を選んでくれたことが。
「俺、それだけでダメだった。あいつのこと人間としか思えなくて……その上、家族の話なんか聞いたらよ……」
 どうしても斬れなくて見逃した。仲間の知らないところで何度も。そのせいで皆を危険に晒すことになった。ただ、寿司を食わせたというだけで。
 だが、丈瑠は体と心をつなげた男を斬った。
 それだけで、目の前の幼なじみが人智を超えた存在のような気がしてくる。いかに外道といえど、同じ立場だったら源太は相手を斬れただろうか。
「おまえは、正常なんだ」
 しかし強さを手に入れた代償なのか、彼は今も苦しんでいる。口調は冷静だが、それこそ自分の感情を殺そうとしているなによりの証拠だ。
「俺はあいつと戦ってるとき、なにも考えなかった。あいつといるあいだは、なにも考えなくてよかった。斬り合ってるときも、抱き合ってるときも、生き死になんかどうでもよくて、ただ……」
 ふっと目を伏せる。
「快楽だけが、全てだった」
「骨の髄までばらばらになるような快楽か……」
 十臓がその狂気を言葉で表しても、源太には真に迫ってこなかった。他の侍たちもそうだっただろう。だが丈瑠だけは、言葉の意味を理解していた。共感し、共鳴し、そしてつながりさえした。
「あんなの、許されることじゃない。なのに俺はおまえを十臓の代わりに……」
 苦しげな声を聞いて、はっとする。
「待てよ、俺はなんもされてねえって! いっしょに気持ちよくなったじゃねえか!」
「ちがう、おまえはわかってない! 俺は外道と交わったんだぞ、これじゃおまえまで……」
 ようやく腑に落ちた。
 丈瑠にとって、あの行為はただ欲に溺れるなどという次元のものではない。外道と等しい存在にまで堕ちる、汚れた背徳行為なのだ。
 そんな背景さえなかったら、単なる生理的欲求でしかないものを。
「あーっ、めんどくせえ!」
 源太はこらえきれず、布団の上の丈瑠に飛びかかっていた。
「源……」
「バカにすんのも大概にしろよ、こちとら箱入りのお殿さまよりは世間に揉まれてきてるんだぜ! 今さら穢れも汚れもねえだろうが!」
 肩をつかんで彼の顔を覗き込む。
 怯えたように見開かれた目、なにも言えずに震える唇。
 気丈な剣士の仮面は剥がれた。源太が護りたいと思った、内気できまじめな少年がそこにいる。
「こういうのはごちゃごちゃ考えることじゃねえだろ! 昔の男なんか引きずってねえで、したいようにすりゃいいんだよ!」
ない頭を絞るのはやめた。
 今、源太が丈瑠にしてやれること。源太が丈瑠にしたいこと。それさえわかっていればいい。
「ほれ、目閉じな」
「……………」
 丈瑠は眉間に皺を寄せたまま、無言で目を閉じた。戸惑いながらも余計な言い逃れなどしないのが、彼なりの矜持にちがいない。
 友だち同士で照れくさい、などとは言っていられない。自分から言い出したのだ。今、丈瑠を懊悩から護れるのは自分しかいない。
 意を決して、唇を重ねる。
 思ったほどに抵抗はなかった。今までどうして機会がなかったのかと思うくらいに、その口づけは源太の中にすとんと落ちてきた。
「……十臓がいなきゃ、俺でもよくねえか?」
 たった今出てきたその結論は、たぶんずっと昔から二人のあいだにあったのだろう。
 丈瑠はまぶたを上げ、かすれた声で囁いた。
「おまえは……それでいいのか?」
「なんの問題もねえよ。丈ちゃんのこと好きだからな!」
 軽く言ったつもりが、丈瑠の顔が泣きそうにゆがむ。次の瞬間、胸ぐらを掴まれて引き寄せられていた。
「むっ……」
 ぶつかるように口づけてきた丈瑠は、舌で源太の唇を割って中へと入り込んできた。驚いたが、すぐに腹を決める。これは丈瑠の返答だ。
 意外な荒々しさと器用さに翻弄されて息を切らした源太に、丈瑠はさらに尋ねてきた。
「……俺で、いいのか?」
 そんな頼りないことを言われたら、首を横に振るしかない。
「ちげえよ、丈ちゃんがいいんだ。俺ぁ昔っから、丈ちゃん一筋だぜ」
 そして、泣きそうな顔の幼なじみを笑顔で思いきり抱きしめた。

 昨日のことは事故としても、幼なじみを前にこんな状態になることがあるとは思ってもみなかった。
 源太は丈瑠の身体をそっと押しやり、正座しなおす。
「あの、さ……」
「うん?」
 つられたのか、丈瑠も裾を直して正座している。布団の上に男二人が向かい合って座っているのは、さぞかし奇妙な光景だろう。
「俺、今のでかなりその気になっちゃったんですけど」
「え?」
 整った顔立ちで、なにを言っているのかわからない、といった表情をするのは今に限ってはやめてほしい。つい腹が立ってしまったのは、身体が熱くなっていたせいか。
「たっ、丈ちゃんが悪ぃんだ! このエロ殿!」
「エロ……だれがエロ殿だ!!」
 経験がないわけではもちろんない。少なくとも十臓が最初で最後という丈瑠よりは、確実に場数を踏んでいる。
 こういうときはトイレに駆け込むのではなく、雰囲気と勢いで最後までいたしてしまうのが正解だ。だが相手が男の場合、この先どうすればいいのか。なんとなく漠然と予想はつくが、それは丈瑠を傷つけてしまうのではないか。
 源太は進退窮まって髪をかきまわした。
「ちくしょう、丈ちゃんとしてえのにどうやったらいいかわかんねえ!」
 男としてこれほど情けないこともない。そんな源太を見て、丈瑠は肩をすくめて笑った。
今日初めて見る笑顔だった。
「ちょっと待ってろ」
 彼は壁際にある小箪笥へ近寄り、小さな観音扉を開けるとなにかを取り出した。
「なんだそれ?」
「ただの塗り薬だが……ないよりはましだろう」
「なにが!?」
 家紋入りの小さな容器を開け、丈瑠は神妙な顔つきでうなずく。
「たぶん、できると思う」
「なにを!?」
 布団の上にもどってきた丈瑠を、源太は正座を崩せずに見つめていた。
「引くなよ?」
 なにに!?と尋ねようとしたところで、彼は自ら着物の裾を割り、軟膏をすくった手を差し入れる。
「おい、なにしてんだよ……」
「いきなりは、入らないからな……」
 丈瑠の顔が苦しげに歪んだ。
「じゃあ、丈ちゃんが……」
 源太を受け入れるということだ。そんな要求をしたつもりはなかった。だが、今やめるのは丈瑠の気持ちを拒むことになる。
 つながりたいのは、二人とも同じ。源太は白い着物の肩をつかんで、ゆっくり布団に倒した。
 前髪を指でかきあげてやると、源太の視線から逃れるように目を伏せる。彼が端正な男前だということは知っていたが、自分がそれに欲情できるとは思ってもみなかった。
「は……っ」
 息を乱して身をくねらせる彼を、力いっぱい抱きしめる。ほんの少し前まで頭にもなかったのに、今は切実に丈瑠を抱きたい。
 腰にたまる熱を彼の太腿にこすりつけながら、顔に肩にと口づけを降らせる。着物を脱がせられないのが焦れったい。帯を解こうとするが、彼の腕がじゃまをして叶わない。結局、肩から引き剥がしてはだけさせた部分に触れるしかなかった。
 ひときわ熱く大きな吐息を洩らした丈瑠が、息のあいだから囁く。
「源太……来い……」
 その瞬間の自分は、家来ではなく下僕だった。主人の許しを得て飛びつく犬だ。
 ひざを抱え上げ、猛った自身を一気にねじ込む。彼の身体を気遣うことも忘れていた。
「はぅ……っ」
 丈瑠の呻きと、あまりのきつさに息が止まった。
「痛く、ねえか……」
「平気だ……」
 だがその苦しそうな表情はとても「平気」には見えない。迷っていると、丈瑠が源太の腰を抱き寄せる。
「早くしろ、じっとしてるほうが苦しい……」
「!!」
 露骨な挑発に、源太の自制心はあっけなく屈した。
「ぁあっ!」
 動くたびに丈瑠が喘ぐ。苦痛だけではない、甘さを含んだ声を上げて、彼は源太を受け入れた。熱くなっている中心が、彼も快楽を求めていることを示している。
 ひとたび戦場に立てば大刀を振り回し外道をなぎ倒す、だれよりも強い男が。幼なじみに抱かれて涙すら滲ませている。背筋が寒くなるような罪悪感と、それを打ち消すほどの快感が、同時に源太を襲う。
「く、ぅうっ、んっ、あっ……」
 丈瑠にまとわりつく着物が鬱陶しかった。帯までは解けても、しがみついてくる腕をふりほどけない。苛立ちはそのまま行為に表れ、源太は激しく身体をぶつけた。
「源太……ぁっ!」
 丈瑠が先に達する。それにうながされるように、源太も丈瑠の中へ欲望を放った。
「……………」
 余韻に身を震わせてから、はっと気づく。
「ごめ……中に出しちまった……」
「気にするな」
「ほんっと、ごめん」
「いいって」
 丈瑠は身体に絡みついていた夜着を脱いで、手拭いで自分の身体を拭っている。だが濡れた頬はそのままだ。
 自分が泣かせてしまった、と思った源太は、その頬に手を伸ばしていた。
「源太?」
 小さな頭をつかんで両手で包み込み、ぐりぐりと指先で彼の顔を拭う。怪訝そうな彼に、もう何度目になるかわからない口づけをくれて、たった今浮かんだ思いつきを口にした。
「同じこと、俺にもしてくれよ」
「……え?」
「なんか不公平じゃねえか」
「べつにそういう……」
 だが言葉にして初めて、自分の考えを自覚する。丈瑠が抱かれるだけで終わっては不十分なのだ。人間を抱いてようやく、外道と交わった背徳感から解放される。源太は直感でそう思っていた。
「同じもんついてんだ、どっちも使わなきゃもったいねえだろ」
 なかなか理屈の通った意見だと思ったのだが、丈瑠は小さく噴き出しただけだった。
「そういう問題じゃないだろう」
「いいからいいから」
 丈瑠を押しのけて、軟膏を手に取った。その香りには源太も覚えがある。あまり沁みない、いい傷薬だった。
「こいつを塗りたくればいいんだな」
「そういう言い方はやめろ」
 苦笑混じりに返す彼は、思わぬ言葉をつづけた。
「してやる」
「え、でも……」
 丈瑠の手が源太の手ごと容器を包み込む。
「させてくれ」
 まっすぐ見つめられて、今さら気恥ずかしくなった。もう恥ずかしがることなどなにも残っていないはずなのに。
 その目から顔をそむけ、服を脱ぎ捨てる。直接肌に触れないもどかしさをまた味わいたくはない。丈瑠は驚いたようすだったが、そっと裸の肩に手をかけてくる。
「痛かったら言えよ」
「お、おう」
 言うほどでもない、と思ったのは最初だけだった。腹の中を探られる感触は決して尋常ではなく、しかも丈瑠の長い指は思いもよらず奥まで入り込んで、妙な部分を刺激する。
「ひっ、うひゃっ……やや、なんかヤバ、ヤバいって……」
「おまえは、こんなときでも騒がしいな……」
「だ、だってよ……」
 これはたしかにあまり長くは耐えられない感覚だ、と気づいて、源太はさっきの丈瑠と同じように「もういいから早く」と懇願することになった。
 丈瑠は眩暈のしそうな口づけのあとに、熱い楔を打ち込んでくる。
「…………っ!!」
 屋敷中を叩き起こしそうな悲鳴を、危うく飲み込んだ。
「だいじょうぶか?」
 少しもだいじょうぶではなかったが、なんとか笑顔を作ってみせる。丈瑠が耐えたのだ、源太が逃げ出していい道理はない。
「ぜんぜん、平気!」
 源太の強がりを知ってか知らずか、丈瑠は微笑む。こんなときに彼の男前っぷりを再確認するのは複雑だった。
「んぁ、丈ちゃん、早く……」
 彼の腰に足を絡め、催促する。一瞬息をのんだ丈瑠は、荒々しく責め立ててきた。
「うぅ……ああっ、あっ」
 喉を反らせて喘ぐ丈瑠に、源太は思わず見惚れた。
 自分が抱く側だったときは、必死すぎて顔など見る余裕はなかった。今は丈瑠のほうが同じくらい必死に自分を求めていると思うと、顔がだらしなくゆるんでしまう。
「丈ちゃん……すげえ、エロい顔してる……」
「!」
 はっとこちらを見た丈瑠は、広い手で源太の目を覆った。
「ちょ、見せろよ……っ!」
 深く奥を突かれて息が止まる。
「そういう、ことは……思っても言うな……」
 閉ざされた視界に、途切れがちの喘ぎ声が語りかけてくる。それがやたらと官能的で、つい身震いしてしまうのを止められない。
 勃起した自身が、彼の腹を突いている。荒い息のリズムで身体を揺すられて、その部分も否応なしに刺激を受ける。痛みよりも今はそちらへ意識が向かっていた。
「やっ、丈ちゃ、ぁんっ……」
 開かれた口からは、女のような嬌声しか出てこない。自分の声を気色悪く感じる間もなく、腰に集まる熱が解放を訴えた。
「ああ……ぁあっ!!」
「く……っ!!」
 快感が迸った。寸前で引き抜いた丈瑠の欲望も、腹の上にぶちまけられる。
 昨日の夜と同じ結果だが、心持ちはまるでちがう。源太が見上げているのは罪悪感に満ちた泣き顔ではなく、照れくさそうな笑顔だった。
「丈ちゃんさあ……意外に多いよな」
「だから言うなって」
 軽口を叩くのも、それを遮るのも、どちらも照れ隠し。気持ちが通じ合ったからこそ、こんなやりとりもできる。
 互いの体を拭い合い、下着だけを身につけた二人は再び布団にもぐり込む。
 源太は黒い天井を見上げながら、見覚えがあるなとぼんやり思った。
「ちっちゃいころも、こんなことなかったっけ」
「あったな。じいに怒られた」
 心細い丈瑠のために、源太はこの部屋へ、そしてこの布団へ忍び込んだのだ。多少事情はちがうが、大人になって同じことをくり返しているのがなんだかおかしかった。
 ということは、また彦馬に怒られるのだろうか。
「俺……部屋にもどったほうがいいかな」
「だめに決まってるだろ」
 布団の中で源太の手を探り当てた丈瑠が、その手をぎゅっと握りしめる。
「源ちゃんは、朝までいてくれなきゃ……」
 眠そうに消えていく声を、源太は叫び出したいほどの幸せを噛みしめながら聞く。
 料理は好きだ。寿司屋は天職だと思っている。剣術は我流でもそれなりの腕だと思うし、文字力のプログラミングも楽しかった。
 だがどんな仕事よりも、丈瑠に必要とされることがいつでも至上の喜びなのだ。そのためなら怖いものなどない。
「おうよ、いっしょに怒られてやる」
 源太は濡れてきた目をこすり、丈瑠の手を握りかえした。

 朝六時ちょうど、彦馬は丈瑠の部屋へ声をかける。十数年、毎朝くり返されてきた日課だった。
 いつもならすぐに返事があり、数分もしないうちに部屋から出てくるはずなのだが、今日は起きた気配もない。
 体調でも優れぬのかと案じた彦馬は障子を開け、驚きの声を上げそうになった。
 一つの枕に、二つの頭。ひどく窮屈そうに頭を寄せ合って、青年たちは眠りこけていた。あのころと変わらぬ大きさの布団から、広い肩や長い手足がはみ出している。
 昔のように怒鳴ってやろうかとも思ったが、どうしても口元がゆるんでしまって成功しそうにない。自分もずいぶん甘くなったものだと苦笑を噛み殺しながら、彦馬は音を立てぬよう障子を閉める。
 寝坊を許された幼なじみたちは、障子越しのやわらかな光の中、お互いの体温を感じながら眠りつづけていた。

送信中です

×

※コメントは最大500文字、5回まで送信できます

送信中です送信しました!