丈瑠/源太
久々に訪れた屋敷は、妙に静かだった。
当主の所在を尋ねれば、出迎えの黒子がどこか愉快そうに源太を庭へと案内する。もともと物音ひとつ立てない彼らが、今日は殊更に静かに動いているようで、こちらも思わず忍び足になっていた。
廊下ではなく庭から入った理由はすぐにわかった。日の当たる縁側で、丈瑠がうたた寝をしていたのだ。
腕組みをして座ったままうつらうつらとしているのは見たことがあるけれど、座布団を枕に寝ている姿は記憶にない。さわやかな秋晴れで風も気持ちよく、つい横になってしまったのだろう。なかなか見られない光景だ。黒子たちが主人を起こさないように普段よりなお静かにしているのもうなずける。
黒子に無言で感謝の意を伝えると、相手も心得たように頭を下げてどこへともなく消えていく。源太はバカバカしいくらい慎重に、つま先立ちで庭を横切って、丈瑠の元に辿りついた。
顔に影がかからないように、そっと……いつもの数倍の時間をかけて、縁側に腰を下ろす。
腕こそいつもどおりに胸の上で組んでいるが、毅然とした表情はなく、ただ穏やかな寝顔があるだけだ。今、自分はでれでれに緩みきった顔をしているのだろうと思いながら、源太は丈瑠の寝顔を眺めていた。
あまりに安らいだ表情に誘われ、縁側に自分も転がってみた。たしかに気持ちよくて、目を閉じたら寝入ってしまいそうだ。しかしまだ眠くない源太は、今度は丈瑠の横顔を見つめる。
しばらくじっと見ていたら、無性に触れたくなった。ずいぶん会っていないということは、同じだけの期間、彼に触れていないということだ。
思ったら即実行に移すのが源太の流儀で、それでも寝ている人間に不意打ちめいたことをするのはどうだろうと心の隅で思いなおし、ちょっとした遠慮とともに彼の頬へ唇を触れさせた。
「ん……」
ゆっくり目を開けた丈瑠は、源太の姿を認めたのかそうでないのかもわからない表情で微笑んだ。長い腕が持ち上げられ、源太の頭を抱き寄せるように短髪を優しくかきまわす。
「悪ぃ、起こした」
直接に触れれば彼が起きることなどわかりきっていたのに、つい言い訳がましい言葉が口をついて出てきた。しかし丈瑠は気にする様子もない。
「……おかえり」
馴染んだ低音が耳に心地よくて、この声が好きなのだなと改めて思いながら、彼の顔を真上から覗き込んだ。
「へへ、ただいま」
慣れていないその言葉を口にするとき、源太はいつも少しばかりのくすぐったさを感じる。だが不快ではない。ほんの少し、照れくさいだけだ。こうして縁側で二人、寝ころんでいる幸せと同じ。
まだ眠そうな目で源太を見上げた丈瑠は、自分の唇をとんとんと指で叩いてみせる。彼らしくもない甘えた仕草で、源太は驚きながら失笑していた。
「寝ぼけてやがんな?」
だが従わない理由はなにもない。丈瑠は源太の主人で、そして源太が今ちょうどそうしたいと思っているのだから。
「帰ってきたぜ、お殿さま」
「ああ、待ってた」
日に照らされた明るい縁側で、二人は今度こそ唇を重ねた。
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