コウ/カナロ

2019_リュウソウジャー,[R18]

【熾火】

夏の盛り、夕方とはいえまだ日も高いが、美女をバーへ誘うには悪くない時間だ。
「知り合いがやっている店があってね」
満更でもなさそうな相手をエスコートしながら店内へ入った瞬間、カナロは「えええ!?」と素直に声を上げてしまった。
「いらっしゃいませ! お二人ですか?」
ギャルソンエプロンを着けて笑顔で立っているのは。
「コウ……」
カナロの動揺にはいっさいかまわず、コウはトレイを胸に抱えて席へと案内する。混乱しながら、カナロは店員姿のコウに尋ねた。
「あ……マスターは?」
「今のマスター? あそこ」
そう言って遠慮もなく指さす先のカウンターには、バンバが仏頂面でグラスを磨いていた。
「どういうことだ……」
「あの、カナロさん?」
連れの美女が戸惑い尋ねてくるが、それどころではない。そこへバンバがメニューを持ってやってきた。
「ご来店ありがとうございます。お二人の特別な日でしたら、お祝いもいたしますが?」
確かにカナロにとっては電撃が走った記念日だが、その彼女といえば、うっとりとバンバを見つめている。どうやら別の電撃が走ってしまったようだ。
「いいえ、今お会いしただけの方です。それより店長さんは……」
コウはそっとカナロの袖を引き、「あっち座る?」と促してくる。抵抗する元気もなく、カナロは奥の席へと連れていかれた。だが座る前に、また声を上げることになる。
「ミヤ!?」
もうなにがなんだかわからない。とにかく座って、と水を持ってくるコウを睨みつけた。
「最初から説明しろ」
「うーんとね」
コウは当然のようにカナロの隣に座り、当然のように持ってきた自分の水に口をつける。
「ほら、長老がここで大人の隠れ家バーを始めて、マスターブラックをむりやり店長にしたでしょ。けっこう評判がいいから調子に乗って二号店も作っちゃってさ。マスターブラックはそっち、こっちの店長はバンバになったんだよ。で、おれは新人店長の手伝い。似合う?」
両手を広げて、サテンの黒シャツと前髪を固めた髪型をアピールしてくる。
「似合う、とても似合っているが」
情報量が多くて感情が追いつかない。それに加えて、目の前の元婚約者だ。
「なぜここに……」
「ただの常連。どうせ続かないだろうけど、ちょっとは売上貢献しとこうと思って……でもホントびっくり」
「おれもだ」
こんなところで、同族に出会おうとは。
「まさかまだ『婚活』してるとは思わなかった」
「それは……」
情けない場面を見られたと落ち込んだが、彼女はそうは思っていないようだった。
「ねえ、コウはなんとも思わないの?」
「なにを?」
「目の前で、自分の『恋人』が他の女性に声をかけまくってること」
「えっ…と……」
目を泳がせるコウからカナロに視線を移し、彼女はテーブルを叩いた。
「カナロも、彼を選んだんでしょう? なのになんでまだ……」
声が大きくなりかけたとき、ドアベルの音がした。
「あ、いらっしゃいませー! そうだお客さん、ワンドリンクは頼んでって」
コウはいきなり店員の役目を思い出したようだ。二人もあわててメニューを開いた。
「私はジンベースがいいかな……パラダイス」
「おれも……じゃあミリオンダラー」
「はーい、ちょっと待っててね」
コウが逃げるように客を迎えにいく。
会話が途切れた二人は向かい合い、うつむいた。
「オトだの長老だの、人づての話でいろいろ誤解があったかもしれないが……コウは、恋人じゃない。結婚相手でもない」
「は!?」
眉をつり上げて勢いよく立ち上がったミヤは、バンバ店長の一瞥を受けておとなしく腰を下ろす。
「なにそれ、体だけの関係ってこと!? そんなの……」
「ちがうんだ、聞いてくれ。騎士竜との関わりに似ているかもしれないが、もっと対等で、激しくて、穏やかで……今、最も近くにあるソウルがコウだと言えばいいだろうか」
怪訝そうな顔の彼女に、正しく伝えられるかはわからない。
「運命の相手に出会うと電撃が走る。心臓が雷に打たれたように。そこに優劣はない。
でもコウは性質から全くちがう。彼自身がずっと静かに燃えているんだ。炎も上げない炭が熱くてさわれないように。でもその熱がないとおれの冷たい体は凍えてしまう。そして……」
二人の前に、コースターが置かれた。
「カナロがなだめてくれないと、真っ赤な炭の奥から炎が燃え上がっちゃうかもしれない……って怖くなる。自分でも止められる自信がない。だから、だれよりも強いカナロがいてくれると、おれはすごく安心する」
ミヤの前に置かれたのは「夢の途中」を意味するカクテル「パラダイス」。
「リュウソウ族でも人間でも、それを『恋人』とか『結婚』とか言っていいのか、おれにはまだわからない。でも、おれはカナロが好きだよ」
カナロの前には「栄光」を意味する「ミリオンダラー」を置いて、コウはいつもの屈託ない笑顔を見せた。
「まあまずは乾杯しようよ!」
二人は促されるまま、カクテルグラスを手にする。
「夢への階段に」
「栄光の騎士に」
別の道を選んだ同族は、互いの人生にグラスを掲げた。
「でもそれなら余計にナンパする必要ないじゃない。どっちにしろ裏切りだよ」
根本的な疑問は解決していないようだ。
コウはまたカナロの横に座った。
「ミヤに『電撃』の話はしたの」
「いや……男の沽券に関わることだ」
「関係ないよ。幼馴染みなんだろ、教えちゃいなよ」
「なんのこと?」
グラスを持ったまま脇を向いてしまったカナロの代わりに、コウが少し声を落としてミヤに説明する。
「陸の一族にもなくはないんだけど、海の一族は子孫を残すために女の人へのセンサーがすごく強いんだって。だから自動的に反応しちゃうんだよね。本能とか習性とかだと思えば、そんなに気にならないよ」
「嫉妬もないの?」
心の奥に抱える昏い炎が、そういうかたちで噴出する可能性だってある。だがコウは肩をすくめて笑った。
「ずーっと見てるから……どっちかっていうと、かわいそうだなあって」
「なっ……」
その意見はどうも初耳だったようで、カナロが愕然とコウを見やった。
「フラれたあとはいつもより優しくしてあげてる」
「へえ、優しくねえ……」
「ちがっ、そういう意味じゃない!」
グラスをあおったカナロが咽せ、コウはあわてて水を渡す。
「そういえば、さっきの女性は……」
コウが無言でカウンター席を指さしてみせた。いつのまにか席を替えた彼女は、寡黙なバンバへ積極的にアピールしていた。
「だから、陸にもなくはないって言っただろ、センサー強めの人。メルトが言うには、このバーが潰れるとしたら、あの『イケメン店長』二人のせいだって」
小声で言う新米店員に、常連客は深くうなずいてグラスをかたむけた。

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