麗羅/兜丸
風魔の小次郎:麗羅/兜丸
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風魔の食卓
風魔一族の長兄、独眼竜の竜魔は、普段どおり威厳に満ちた様子で朝の食卓につく。
しかし今朝だけは、手を合わせるより先に自分の膳を凝視した。
大根の味噌汁、アジの干物、もやしのごま和え、などの質素なメニューはいつもどおりだが。
「今日は……なんの日だ?」
つやつやとした小豆も旨そうな赤飯が盛られた茶碗を食卓に突き出す竜魔に、その場の全員がうつむく。皆、竜魔が席に着く前に同じ問いをこの食卓へ投げかけたのだ。もっとライトに、フランクに。そして、聞かなければよかったと全員が後悔した。
その再現をもう何度も見せられている劉鵬は、果敢にも竜魔を制すために口を開く。
「いや、大した意味はなくてな……」
だが遅かった。
「はいっ、ぼくが大人の男になったお祝いです!」
おひつの前でしゃもじを握っていた麗羅が、満面の笑顔で劉鵬の言葉を遮る。劉鵬はじめ、全員が頭を抱えて呻きたくなったが、そこは忍びらしく小さなため息だけでこらえたようだ。
ただし兜丸だけは、その長い身体を折り曲げて今にも食卓に突っ伏しそうな姿勢だった。隣に座っている琳彪がさりげなく背中をさすってやっている。
麗羅はそんな指南役のことなど目にも入っていない様子で、せっせと赤飯を茶碗によそっていた。まるで甲斐甲斐しい新妻のようだ。いや、今は「大人の男」なのだが。
なぜ大人の男になったら赤飯なのかとか、そもそも大人の男って、ていうか兜丸がさあ……などなど思い思いの言葉を飲み込み、今はこの空気を読まない長兄が必要以上に突っ込んで訊いてこないことを祈るのみの忍びたちだった。
竜魔はいつもどおりの無表情で麗羅と赤飯を見比べる。
「……そうか」
この長兄の中でどういう結論がついたのかはわからないが、とりあえず納得はしたらしい。全員が今度は安堵のため息をつく。
「はーい、お膳は皆さんに行き渡りましたかー?」
麗羅のかわいらしい声に、彼らは今自分たちが食事を前にしていることにあらためて気づいた。
手を合わせて「いただきます」と呟く声もほとんど通夜のテンションだが、これは朝食なのだ。障子の向こうにはさわやかな青空が広がり、小鳥も庭に舞い降りている。
竜魔の隻眼が食卓に着いている弟たちをぐるっと見回し、そのうちの一人に目を留めた。
「……よかったな、兜丸」
「えええ!?」
唐突に振られた兜丸が腰を浮かせ、それからすぐにその腰を押さえて身体を折り曲げる。琳彪が口に味噌汁を流し込みながら、またしても労るように兜丸の背中をさすっていた。
「なっ、なんでオレに……」
「そ、そうだぞ竜魔!」
「なにもこんなところで!」
「朝っぱらからしていい話じゃないぞ!」
腰を押さえる兜丸と、なぜか必死な顔で援護射撃に回る弟たちに、竜魔は怪訝そうな目を向けた。
「兜丸は麗羅の指南役だろう。麗羅の成長がうれしくはないのか」
「……っ!」
一瞬、なんともいえない微妙な沈黙が流れる。
その空気に耐えかねたのか、兜丸自身が長い上体をぐいっと起こし、開きなおったように胸を張った。
「うっ、うれしいですよ!? うれしいですとも!!」
何人かは目頭を押さえる。たしかに、指南役としては喜ばしいことにちがいない。しかしその成長は確実に兜丸からなにか大切なものを奪ったのであり、自らに覚えがある者もない者も、同情せずにはいられなかった。
当の麗羅は、腹立たしいほどにかわいらしい笑顔ではにかんでいる。
「えへへ、やだなあ兜丸さんったら……恥ずかしいじゃないですかぁ」
恥ずかしいで済めばいいのだが、と全員が思う。恥ずかしいを通り越して居たたまれない域に入り込んでしまっているこの場の空気をどうすればいいのか。竜魔だけが何事かを納得したようにうなずいている。
「麗羅も一皮剥けたようだな」
「はいっ!」
元気な返事とともに、兜丸が赤飯を噴き出した。
「わっ……」
正面に座っていた双子のうち、運の悪い弟だけがよけきれずに米粒を浴びる。情けない姿の小龍とそれに大笑いする項羽だったが、彼らのおかげで少し場の空気がほぐれたようだ。
その雰囲気に影響されたのか、気むずかしい長兄も少しだけ表情を和ませた。
「いいものだな。尻に入れても痛くない愛弟子の門出を祝……」
「竜魔、目! 入れるのは目!!」
劉鵬が風のような速さでツッコミに回るも、すでに凍りついてしまった食卓はどうしようもない。無意識のうちに尻を押さえていた兜丸は、長い上半身を支えきれずに琳彪にあずけている有様だった。琳彪は嫌がりもせず、厚いたくあんを数枚口に放り込みながら、兜丸を支えている。
竜魔はいつもどおりだからあきらめるとして、麗羅がああで兜丸がこうとなると、どうにも居心地が悪い。彼らにできることは、一刻も早く食べ終わって退席することくらいだった。普段は騒がしい項羽もさすがに黙り込み、食べるのがあまり早くない弟の食事を手伝っている始末だった。
そこに、罪も毒もない例の無邪気な声。
「いつもより多めに炊きましたから、たーくさんおかわりしてくださいね!」
「……………」
ふっくらと炊かれた赤飯を、忍びたちは砂でも噛むかのような気持ちで咀嚼する。不味くはない。むしろ美味い。しかしこの美味い食事を作ったのが麗羅であることと、麗羅がなぜここまで腕によりをかけたのかに思いを馳せるとき、ついやりきれないため息が洩れてしまうのだった。
兜丸はもう涙目だ。だれか……だれか救いの手を! と全員が思ったとき。
普段は一言も口を聞かずに食事を終える霧風が、今日に限って顔を上げ、食卓に新たな話題を提供した。
「麗羅の次は小次郎だな」
今この場にいない末弟の名前が出て、一同は少しほっとする。彼は一足先に山を下りて忍務に向かっている。朝っぱらからこんな不健全な朝食タイムを経験しなくて済んだのは、まだ若いというより幼い彼には幸せなのだ。矛先が逸れた兜丸にとってもそれは同じだろう。
霧風の言葉を受けて、竜魔は箸を止めて考え込む様子を見せた。
「ふむ。おまえに任せようと思っていたが」
「断る」
自分で言い出したくせに、即答である。
「では俺が……」
竜魔が言いかけたとたん、霧風の眉根が深く寄った。
「ああっ、霧が!?」
「霧が味噌くさいぞ! 霧風、味噌汁から霧を出すな!!」
わずかな水さえあれば大量の水蒸気を発生させることができる術の使い手は、口では言えない不満を味噌汁由来の霧に込めて部屋中に充満させる。
障子を開けろ風を起こせと忍びたちが浮き足立つ室内で、竜魔はあいかわらず背筋を伸ばして、食事をつづけていた。そして、隻眼でちらりと霧の中の霧風を一瞥する。
「どうした霧風。二日目か」
「おまえはもうしゃべるな! 黙って食え!」
二日目ってなんだよ、とだれかが言うより先に竜魔の口へとアジを突っ込んだ劉鵬に、全員が内心で喝采を送った。さすが風魔のおかん、困ったときの劉鵬だ。
立ち上がって障子を開けていた麗羅が、そばにいた兜丸を無邪気な顔で見上げる。
「兜丸さん、二日目ってなんですか?」
「えええ!?」
正面切って尋ねられた指南役は、赤くなったり青くなったりしながらおろおろと長い腕をむだにじたばた動かしていたが、答えられるわけもなく。
「うん、まあ、そのうちな……」
広い肩を小さくすぼめてしまった兜丸を、劉鵬と琳彪が両側から肩を叩いて無言で励ました。
明るい朝日が差し込む風魔の食卓は、今日も和やかである。
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