劉鵬/黒獅子
風魔の小次郎:劉鵬/黒獅子
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忍び香・前編
試合が終わって数日後、再びあの神社に足が向いた。
御礼参りというわけではないが、勝利の報告をするのも悪くない。……と、境内に足を踏み入れた瞬間に思わず立ち止まる。
「あ……」
社の前の石段に、見慣れたシルエットがうずくまっていた。なにをするでもなく、片ひざを抱えてぼんやりと地面と眺めている。殺気をまとっていない無防備な姿を見るのは初めてだった。
「よう、よく会うな」
はっと顔を上げた男は、長い前髪の奥で目を見開く。
「劉鵬……」
「なにしてんだ、こんなとこで」
相手はわずかに身がまえかけたが、こちらが手出しをするつもりがないのを悟ってか、抱えたひざに頬を押しつけ再び目を落とした。
「べつに……ヒマなんだよ。八将軍から落とされたからな」
「……そうなのか」
彼はたしかに敗北した。命を奪わなかったのは、自分なりに彼の強さへ敬意を払ったつもりだったのだが、彼にとっては屈辱だったかもしれない。
罪悪感を覚えないわけではないものの、今でもその選択がまちがったとは思っていない。なにより、こうしてまた会えたのだから。
「じゃあ、もう戦わなくてもいいわけだ」
御礼参りはいつのまにかどうでもよくなって、彼の隣に腰を下ろした。
「バカか。白鳳と誠士館の対決は終わってねえだろ」
「あ、そうか」
「……へんなやつ」
長い脚を投げ出して、彼は吐き捨てる。その声には怒りも嘲りもない。
「お互いさまだ」
戦いはまだつづいている。だが、この男と対峙することはもうないような気がした。一度きりの勝負で互いの全力をぶつけ合ったことが、奇妙な親近感のようなものを生み出していた。
「……………」
かつて敵だった相手と、明るい日差しの中に佇んでいられる幸せを噛みしめていると、横から視線を感じた。見れば、前髪のあいだからこちらを窺っている。
「……どうした?」
彼は怪訝そうに首をかしげたかと思うと、不意にこちらの肩に顔をうずめた。
「おいっ……」
唐突な接触に驚いて身を引こうとしたが、くぐもった呟きに動きが止まる。
「匂いがしねえ」
「はぁ?」
「てめえの匂いだよ。前も思ったが、やっぱそうだ。わざと消してやがるだろ」
ようやく、なにを言っているのか理解した。
「……忍びだからな。夜叉は己の気配を消さんのか?」
世を忍び、目立たぬように、気づかれぬように……姿を消し、音を消し、匂いも消す。風魔ではあたりまえのことが、この相手にはふしぎでならないようだ。
「自己主張してなんぼだからな、夜叉は」
「そういうもんか」
疑問は解決しただろうに、彼の頭は離れる気配がない。ときどき高い鼻の骨が動くのを感じるから、まだ匂いを感じない不可思議を味わっているのだろう。多少重いが、振り払うほどでもない。
「……そんなに気になるもんかな」
こちらも素朴な疑問を口にすれば、己よりも低い肩に頬を押しつけたままの彼がぼそぼそと呟いた。
「戦ってるときは、あったんだよ。汗とか……生のおまえ自身の匂いがよ」
「そう、か……」
その声は、どこか不満げにも聞こえる。
どんな顔でそんなことを言うのかと首をかたむけて顔を覗き込むと、すぐそばで目が合った相手はぎょっとしたように身を引いた。予想しない反応に、こちらのほうが驚く。
「黒獅子?」
こちらの呼びかけには答えず、彼は弾かれたように立ち上がった。真下から見上げると、長身が実際以上に高く見える。
「……行くぞ」
「え? 行くってどこに……」
「どっかだよ! ここじゃバチアタリな気分になんだろうが!」
「バチアタリ……?」
思わずふり向いて賽銭箱の奥の社を見やったが、思い当たるようなことはなにもない。
話の流れがまったく読めずに、口を開けて相手の顔を見上げていると、彼は苛々と黄色い髪をかきまわした。
「っせえな、いいから黙ってついてこいよ!」
手首を掴まれ強引に引っぱられる。乱暴なのに、嫌悪感は少しもない。それどころか、なぜか微笑ましく思えてしまう。
口元がゆるむのを自覚しながら、腕を引かれるままに立ち上がった。
「ホントに、へんなやつだな」
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