健/ジョー

2013_ガッチャマン,[R18]

ガッチャマン:鷲尾健/ジョージ浅倉


白い熱

外は闇に塗りつぶされ、月も星も見えない。
なにも見えない黒い窓にブラインドを下ろす。部屋の中は外とは対照的に、病的な白さだった。幼い時からずっとここで生きてきた。白は保護、そして束縛の色だ。
白いベッドに身を投げ出した瞬間、来客を知らせるブザーが鳴る。入れというと、白でもなく黒でもない、規定の制服でもない灰色が戸口の前に立っていた。
「ジョー」
名を呼ぶが、彼は無言で部屋に入ってきて、身を起こした健の隣に座る。
なにも言わず目の前の壁を睨みつける彼の横顔を見つめ、小さくため息をつく。彼はときどきこうして健の部屋を訪れ、ただ時間を過ごしていくことがあった。話しかければ会話もするが、ジョーから健になにかを求めたことはない。
あの日……悪の根源を倒し、エージェントとしての役割を一段落させた日から。
任務はまだ終わってはいない。世界中に散らばった残党を相手にしなければならない。しかし時間の問題ともいえる。これまでのような悲愴感はもうないはずだ。
それでも、心身の傷は敵と共に消滅するようなものではなかった。
「……………」
なにか明確な理由があったわけではない。
ただ頼りなげに丸まった細い背中が目についたから、手を伸ばしてそっとさすった。
ジョーが驚いた顔でふり向くが、手を離す気にはなれなかった。この白い部屋になかったもの……それは、他人の温度だった。
健自身がそのことに気づいて動揺しているのを見て、しかしジョーはなにも問わなかった。ただまっすぐ健を見つめ、唇を震わせただけだった。
胸の奥が痛いほど熱くなる。ジョーが苦しげにこちらを見るとき、健は決まってこの感覚にとらわれる。焦燥だけが自分の中で暴れ、どうしていいのかわからなくなり……そして心に蓋をする。なにも見ていないふりをして。
だが、今はそれができなかった。
薄い肩を掴んで抱き寄せる。はっと息をのむのが聞こえたがかまっていられない。
熱い。ほしかったのはこの熱さだ。
そろそろと、ジョーの腕が健の身体にまわされた。戸惑いながらも、彼の長い指が背中に食い込むのを感じる。
「ジョー……」
名を呼んでこちらを向かせる。濡れた瞳が見つめるのは、健の目ではなく声を発した唇だった。
健も彼の唇をそっと指でなぞり、自然な流れとして顔を近づけようとした。
「……っ」
不意に、ジョーは顔を背ける。それどころか健の身体を押しやり、身体ごと離れてしまった。
「……すまない」
自分たちは友人だ。その先へ進もうとしたことに、抵抗を感じたのだろう。恥じ入りうつむく健の耳に、細い声が聞こえた。
「ナオミが……」
今、いちばん聞きたくない名だった。彼女を理由に拒まれたくはなかった。だがジョーは健に背を向けたまま、言葉をつづける。
「ナオミが、俺にキスをした」
やめてくれ、と怒鳴りたかった。今、この期に及んで彼女を嫌悪させないでほしい。彼女はあのとき死んだのだ。
健がシーツの上で拳を握りしめたとき、ジョーがこちらを向いた。
「その結果が、これだ」
「!」
こちらを睨みつける目の奥で、特徴的な炎が燃え上がる。
恐怖に身を強ばらせる健の表情を確認してから、ジョーはかたく目をつぶり、健の肩にひたいを押しつけてきた。
「俺にはもうおまえしかいないのに、これじゃおまえまで……」
おまえまで、こちらに引き込んでしまうから。
ジョーを苛んでいたのは、トラウマでも後遺症でもない。自分自身が、第二のナオミになってしまうかもしれないという恐怖。健を巻き込めないという葛藤。それでも心細さだけはどうにもできず、こうして健の部屋へやってくる……
全てを理解した健は、ジョーの襟首をつかんで顔を上げさせていた。
「健!」
驚いた顔にむりやり口づける。引き剥がそうとするジョーを押さえ込み、それでも暴れるからベッドに引き倒して、上に乗りかかって口をふさぎつづけた。体格で優る健から、虚を突かれたジョーは逃げることができない。
「ぅんっ……」
喉の奥から甘い悲鳴が上がる。健は自分の息がつづかなくなるまで、口づけをやめなかった。
ジョーは暫し肩で息をしていたが、がばっと起き上がって健の胸ぐらをつかむ。
「バカか! なんてこと……」
健は自分の手首を、目の高さまで持ってきた。ブレスレッドの石は変わらず、いつもの光を放っている。ジョーの手も取り、二つのブレスを並べた。光の強さは同じ。
「健……」
「おまえはギャラクターになることを拒んだ。だから、平気だ。俺もおまえも」
「バカ……わかるかよ、そんなこと……」
ぐったりと、彼はベッドに倒れ込む。眉根は寄っているが、苦悩というより単に呆れたといった顔だ。
健は、彼の顔を真上から覗き込んだ。
「俺とキスするのはイヤか?」
口をへの字に結んで脇を向きかけたジョーは、しかし横目で健を見上げる。
「……忘れたのか。俺には、おまえしかいない」
笑いながら抱きついてくる健を、ジョーは両腕で抱きとめた。

はっと目を開けた。
覚醒はしたが、状況を確認するまでに十数秒を要する。
ジョーはベッドに寝ていた。自分の部屋と同じ……しかし、他人のベッドに。
音を立てずに起き上がる。すぐ隣に寝ている人間を起こさないよう、注意したつもりだった。
「ん、ジョー……」
だが訓練されたエージェントが、息のかかるほど近くでの動きに気づかないわけがない。
「行くな……」
熱い手がジョーの腕をつかむ。
苦笑しながらその手を軽く叩いたが、彼は離そうとしない。
「朝までにはもどってないと」
「夜明けまでまだある」
どこか甘えを含んだ声で囁き、健はジョーの腕を引いた。
この手を振り払えるはずがない。
ジョーがそうしてきたように、健もまた独りで生きてきた。明るい仲間たちに心を開くこともなく、表面上の他愛ない冗談さえ交わさずに。
今は名実ともにチームだが、頼れるリーダーであるべしという義務感は強くなっているようだ。決して悪い変化ではない。ただ、そんな彼がリーダーでなく一人の青年に戻れるのは、幼なじみのジョーといるときだけ。他の人間には、甘え方がわからないのかもしれない。
友人としてそんな健を案じながらも、彼を独占できる悦びをも感じていた。
健が手加減もせずに激しくジョーを抱き、この身の隅々まで蹂躙しつくしたあと、申し訳なさそうに調子を訊ねてくる顏を知っているのは、世界に自分しかいない。健には、ジョーしかいないのだ。
「まだ、時間はある……か」
腕を引かれるまま、彼の上に倒れ込んだ。
彼が表情で求めてくるからその唇に触れようとして、わずかにためらう。
健は気にしないどころか、問題ないとジョーに知らしめるため執拗に口づけを求めてくるが、ジョーの危機感が消えたわけではなかった。
結局少しだけ逸らして、頬に唇を押し当てる。
「ジョー」
健が不満そうに呼ぶのを無視して、重たげなまぶたに、こめかみに、耳朶に、口づける。そして汗の匂いが残る首元に鼻をつっこみ、舌先で首筋をなぞった。
「ん……っ」
汗の味がする。
彼は確かに、人間として生きている。
そう思うとたまらなくなって、浅黒い肌に噛みついた。そのまま、胸元に吸い痕を残す。
彼の身体がわずかに痙攣した直後、拳がジョーの頭を叩いた。
「バカッ、検査が……」
「あ……」
身体検査はエージェントの日課だ。肉体に関しては、プライバシーなどないも同然だった。だがそれなら、この関係もそのうち明らかになる。医師団がなんと言うかはわからないが。
「虫に刺されたとでも言え」
そう答えてやると、彼は腹いせのようにジョーの髪をかきまわす。二人は笑い出し、抱き合って笑いつづけた。
笑みを浮かべながら、下肢に手を伸ばす。互いに下着しか身につけていない。それを再び脱ぎ去ることに、どちらも抵抗などなかった。
「んんっ……」
医療品だけはだれの部屋にも山ほどある。刺激の少ない軟膏が、潤滑剤の代わりだった。ジョーは長い指が届く場所まで健の中へ這い込ませ、内側を広げ慎重に探る。
「ぁあ……っ」
健が喉を反らせて喘ぐ。どれだけ焦らしても、文句は言わない男だ。目を細めてその痴態をさんざん楽しんでから、やっと指を引き抜いた。ジョーもすました顔でいられる状態ではない。
「ん……はぁっ!」
「あぁっ!!」
二人はつながると同時に呻いた。
堅物の健よりは、ジョーのほうが経験はある。だが健相手に余裕などなかった。
長い脚を持ち上げ、深く穿つ。何度も、自分を覚え込ませるように、ゆっくりと。そのたびに健は身をよじって泣いた。
「ジョー……!」
互いに、相手を求めつづける。空白の5年間を……いや、幼いころにはすでに失われていた、熱を分け合える時間を取りもどしたくて。この白い壁に囲まれた世界でも、熱を持ちつづけていたくて。
明け方近く、ジョーは再び目を開けた。
「シャワー借りるぜ」
「ああ……」
健が眠そうな声で答えるのを微笑ましく聞きながら、ジョーはタオルをつかんで浴室へ向かった。
照明を落とした部屋と違って、そこは目が覚めるほどの白い空間だった。ただの狭苦しいシャワー室なのに、境目のない白のおかげで正確な広ささえわからなくなる。
それでも自分の部屋と全く同じ構造だ。なんの気負いもなく熱い湯に打たれ、汗を流す。
「ぅ……っ」
不意に、眩暈に襲われた。
シャワーでのぼせたのかと思ったが、そうではない。
「!!」
曇った鏡に映るのは、炎を宿した赤い瞳。消えてなどいない。連中は未だジョーの中で虎視眈々と機会を狙っている。
肌身離さず装着しているブレスレッドを目の前に掲げる。石が、その光を弱めていた。
「……っ!!」
ジョーは自らの腕をつかんで、弱々しく瞬く石に願った。哀れな適合者たちから、もうなにも奪わないでくれと。
愛する人と共に生きる、人並みの幸せを。
この自分にそんな資格がないというのなら、それでもかまわない。
せめて、愛する人の幸せだけでも……健だけは、無事であってほしい。
「健……っ」
水流に嗚咽を隠して、ジョーはただ健のためだけに祈った。

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