映司/信吾

2010_仮面ライダーオーズ,[!],[R18]


※ご注意※
「放映中に予想した最終回後」という設定です。
ちなみに映司といっしょにいるのは腕アンクです。


【非番と便りと忘れ物】

よく晴れた昼下がり。
自宅のマンションへ帰ると、郵便受けに絵はがきが投げ込まれていた。
絵柄は美しい砂漠の写真だった。まちがえて裏面に押された異国の消印が、いかにも彼方からの手紙らしい。
英語で書かれた宛先は「泉比奈」で、その横に日本語の文章が添えられている。
そちらは変わりないかという挨拶からはじまり、今は中東の小さな町にいるが紛争地域ではないので心配しないで、人々は親切で食べものも美味しくて、アンクも気に入ったらしい……そんな内容のメッセージが、かっちりした楷書体で綴られていた。
最後の「信吾さんによろしく。知世子さんにも!」という一行を見て、思わず頬をゆるめる。
「信吾さんによろしく、か」
泉信吾は一人で苦笑し、はがきをリビングのテーブルの上に置いた。帰ってきた比奈がすぐ見つけられるように。
エアメールの受取人である比奈は、今日は遅くまで帰ってこない。学校から直接バイト先のクスクシエに行くのだと知っているから信吾も心配しなかった。
信吾自身は午後から非番で、とくに予定もない。家事を片づけて食事を作って待っていようか、店まで迎えに行ってもいいな、と夜までの予定を考えながら、着替えるために自室へ向かう。

カーテンを閉めたままの薄暗い部屋に足を踏み入れながら、信吾の脳裏には砂漠のイメージが浮かんでいた。
さっきの写真とはちがう、高い上空から見下ろした鳥の目線。砂しかない世界が地平線までつづいている。だがその風景は色あせた絵のように見え、吹きつける乾いた風も本来の強さや温度を感じない。霞がかかったような鈍い知覚は、グリード特有の感覚だ。
信吾は天井を仰ぎ、小さく呟いた。
「忘れ物だよ、アンク……」
それは信吾の記憶ではない。信吾が触れたアンクの記憶だった。
アンクが信吾の記憶を探ることができたように、信吾もアンクの記憶を自分の記憶として思い出すことができた。
普段は遠い記憶として意識の底に沈んでいるが、折に触れ、信吾自身の記憶として現れる。
砂漠の写真をきっかけに、かつてアンクが自由に飛翔しながら見ていた景色を。
映司の名前を目にすれば、アンクが人間として映司と過ごした日々を。
「映司くんか……」
ため息をついて、ベッドに腰を下ろす。
いつもなら脱いだスーツをハンガーに掛けるところだが、急に億劫になってベッドの端へ投げ出した。
「……………」
ふと、右手の指先で唇をなぞる。唇を刺す爪はもうない。アンクは完全に信吾から出ていった。自分の記憶だけを残して。……いや、記憶だけではなく。
もう一度ため息をつき、ネクタイをゆるめる。
吐き出した吐息が熱を帯びていることを信吾は自覚していた。
暑い。
いや、熱い。
ゆるめたネクタイを抜くのもそこそこに、Yシャツのボタンをもどかしく外した。
手を広げて胸に直接当てると、鼓動が速くなっているのがわかる。信吾は躊躇いつつ自分の肌に手をすべらせ、胸の突起をつまんだ。
「ぁ……」
映司はそこに触れると、そっと指先で撫でてから顔を寄せる。恭しく頭を垂れ、唇で食んで軽く吸い上げる。アンクはもっと強い刺激を欲しがって文句を言ったが、決して嫌いな感覚ではなかった。
信吾は映司の手の動きを追う。さするように胸を腹を撫でては、服の上から股間をやんわりと探り、遠慮がちにベルトを外す。下着の中に這い込んでくるのは、大きくて優しい手。
信吾は映司の真似をして自身を握り込んだ。
「うぅん……っ」
痛みを感じさせないように少しずつ力を込めながら、映司はゆっくり扱きはじめる。
焦れったくなったアンクは映司を押しのけ、逆にベッドへと押しつけた。そして今度は自分が映司の肌を味わう。噛みつき、痕を残し、映司の欲を煽ろうと躍起になる。
映司は控えめに呻きながらもアンクを抱き寄せ、唇を重ねてきた。映司からは触れるだけだったが、アンクがむりやり舌をねじ込んで絡ませるのが常だった。
『アンク……っ』
息を切らせて潤んだ目で見上げてくる映司を、信吾はアンクの目で見下ろした。
「映司くん……」
二度と映司が触れることのない唇に、自分の指をくわえさせる。長く硬い指が優しい舌の代わりになるはずもないことはわかっていたが、信吾は自分の舌に指を絡めた。
「ぁっ、ふ……」
唾液が指を伝い落ちる。キスとは程遠い、自慰にもならない無意味な行為。自分の舌を自分の指で犯しながら、信吾は映司を妄想で組み敷く。だが妄想の中でさえ、映司を抱くのは信吾ではなくアンクだった。
アンクの意識があるあいだ、信吾は眠った状態で、二人同時に同じ体験をすることはできない。だから映司との行為は全て、アンクの記憶を信吾が体験したかのように「思い出す」だけなのだ。
『ずいぶん締めつけてくるな……そんなに俺が欲しいか?』
信吾が決して口にしない言葉を、アンクは映司に浴びせる。だが映司は傷つきも動じもしなかった。アンクはそれが気に入らなくて、映司の身体を手ひどく責めた。
アンクが映司を傷つけることだけに終始していたら、信吾は彼の欲望を共有することはできなかっただろう。だが、アンクの欲望はもう少し複雑だった。グリードとしては歪んでいたといってもいい。
『やっ、アン……ぁあっ!』
身をよじらせて達した映司が、アンクの腹を白濁で汚す。快感の余韻に震える映司を、アンクは満ち足りた気持ちで、いっそ愛おしさすら感じながら眺めていた。
映司が気づいていたかはわからない。だが信吾は知っている。アンクは自分と同じ回数、あるいは自分よりも多く映司に射精させようとしていた。彼は映司が欲望に溺れるさまを見たかったのだ。信吾の肉体を満足させることなど二の次で、彼はどこまでも人間の欲望を餌にするグリードだった。
アンクの目論見は半分成功し、半分は失敗した。映司は与えられる快楽には素直に応えたけれど、自分からアンクを求めることはなかった。
結局、溺れていったのはアンクと、そして信吾の肉体だった。
「はっ……あ、あっ……」
きつく強く握って扱き上げる。
映司とつながっているときの快感には程遠いが、それでもよかった。記憶の中の映司はアンクを抱き返してくれたから。
映司が欲望を反り返らせ、甘い声で啼いてアンクに取りすがるのが、信吾は単純にうれしかった。アンクが一方的に映司を犯しているのではなく、映司もアンクに、信吾の身体に欲情しているのだという事実は、映司に対してなにもできない信吾の心を救ってくれた。
演技かもしれないと、全く疑わなかったわけではない。賢さゆえに疑り深いアンクも、職業柄水商売の嘘には耐性がある信吾も。
なにしろ、映司はアンクにさえ多くを語らなかった。過去にアンク以外の同性に抱かれたことがあったのかも、信吾は知りようがない。世渡り上手で自分の価値を軽んじていた彼なら、ありえない話ではないが、一方で彼の性格とはどうしても相容れない。
信吾としては、彼が自分の身体を売りものにするような男だとは思いたくなかった。アンクだけに、信吾のためだけにその身を投げ出したのだと信じたい。
そこまで考えて、信吾は身震いする。映司を自分だけのものにしたがる、アンクと同じ願望だ。
「あぅ、うんっ……!!」
映司ではなく自分自身の手の中で、欲望が弾けた。
信吾は壁にもたれて荒い息をつく。
あの屋根裏部屋で映司を犯していたのはアンクだった。しかし、たった今映司を汚し辱めたのは、信吾本人だ。
「ごめん、映司くん……」
だが信吾の中のアンクはまだ満たされていない。
元々、並みの同性より性的に淡泊だったはずだった。
たった一人の妹を養い、彼女を幸せにすることだけを考えて生きてきた信吾は、映司ほどではなくてもその方面にはあまり得手ではない。生理的な身体の反応はあっても、内からわき上がる熱を抑えきれずに昼間から自慰に及ぶなど、もっと若いころもほとんどなかった。
それなのに、アンクは信吾の肉体に鮮烈すぎる経験を植えつけていった。映司との行為と、そして映司への強い執着と。
この欲望がアンクのものなのか、それともアンクの記憶に感化された自分自身のものなのか、信吾にはわからない。だが全てをアンクのせいにしてしまうには、彼と共有した時間が長すぎた。
ずるずると背中が壁をすべり、ベッドに倒れ込む。シーツの上に散る髪の色は、金ではない。
信吾は目を閉じ、再び下肢に手を伸ばした。

決して潤うことのないグリードの渇きは、映司を支配するだけでは収まらなかった。
アンクは映司の全てを欲しがった。映司の心まで独占してしまいたかった。そのほうがオーズを操りやすいからだ。かつての失敗をくり返さないためにも。アンクはそう思っていたが、信吾にはそれ以上の気持ち……映司自身への強い執着に気づいていた。
彼が次に選んだ手段は、映司にアンク自身を抱かせること。
アンクが最初にそれを実行したとき、信吾はまだ目覚めていなかった。もし事前に彼の意図を知って、しかも抗えず自分が犯されるのを受け入れるしかなかったとしたら、発狂していたかもしれない。
中性的な顔立ちの信吾が、同性から下品な目で見られることは皆無ではなく、だからこそ非常に不愉快だった。実際になにかされたことはなくても、そう思われるだけで耐えがたい。気の短いほうではないが、女顔をからかわれて喧嘩に発展しそうになったことさえある。
女のように男に抱かれるなど、論外のさらに外だ。
アンクは信吾のそんな性質を知ったからこそ、映司に自分を抱かせようとした。映司と信吾を最も深く傷つける手段として。
だが、映司に抱かれた記憶に不快感はない。いっそ映司を恨み憎むことができたら、こんなにも苦しまないで済んだかもしれないのに。
信吾は息を詰め、自身の精にまみれた指を、後ろへねじ込んだ。
「んぅ……っ」
唇を噛んで声を殺す。アンクなら喜んで嬌声を上げるところだが、信吾にその勇気はなかった。
カーテンは閉まっているとはいえ真っ昼間から、妹の留守をいいことに、あれほど嫌悪していた行為に耽っている。理性を手放すには、状況が背徳的に過ぎた。
男の身で男に……映司に抱かれたいと願っている自分が許せない。許せないと思いながら、昂ぶった身体は止められない。
「ん……ぁは……っ」
中指が付け根まで完全に飲み込まれた。内側は異物感に痙攣し、細い指を強く締めつける。
だがアンクが、信吾がほしいのはこんなものではない。
自分よりも一回り太い映司の指。それより遥かに太くて硬い、映司自身。
「ぁあ……」
信吾の身体は映司をはっきりと記憶していた。
張り出した部分が侵入を拒まれる。この身体を傷つける恐怖に怯えながら、映司はゆっくり信吾の中に身を沈めていく。強引にでも一息に押し込んでしまえば彼も楽だっただろうに、目を伏せて自身の劣情と戦いながら、アンクに苦痛を与えない方法だけを考えつづけていた。
アンクは、心を通わせる睦み合いなど望んでいなかったが、映司が余計なことをいっさい考えず自分だけを見ていることには愉悦を覚えていた。映司がつながることを恐れて嫌がると、怒ったり拗ねたり、涙ぐましいほどの悪あがきをして映司の注意を自分に向けさせようとする。信吾はいつも同情と憐憫をもって、アンクの記憶を辿っていた。
もの足りなくなって、指をもう一本差し入れる。
「あぁ……あっ!」
声が抑えられなくなってきた。シーツに顏を押しつけ、布地を噛んで必死にこらえる。
さっき解放されたばかりの欲望は再び硬くなっていて、先端からこぼれた液がYシャツの裾に染みを作っていた。外すのを忘れたネクタイは、皺だらけになってシーツの上に伸びている。
「んっ、くぅ……っ」
くちゃくちゃと濡れた音に煽られて、信吾はまた指を増やし、自分の中を犯しつづけた。
腰を揺らしながら、映司が真剣な顔で尋ねてくる。
『……痛くない? ぁ……っ、気持ち、いい?』
うるせえ、とアンクなら毒づくところだ。
自分だけが楽しもうとすればいくらでもできたのに、映司は自分の欲望が存在しないかのように、アンクを、信吾の身体をできるかぎり優しく抱いた。行為が避けられないのなら、苦痛ではなく快楽を。恋人というよりは従順な奴隷のように。
映司はアンクに対してこの行為を「得意ではない」「慣れていない」と明かしたが、男としての映司に不満を覚えるのは相当特殊な性癖の持ち主にちがいない。もちろんグリードは除外して。
信吾は自分を覗き込む映司の顔を思い浮かべる。
汗をにじませて、眉を寄せ、ときには安心させようと作り笑いまでして。大きな手でアンクの髪をかき上げ、頬を撫で、唇をなぞり、痛みに呻けばなだめるような口づけをくれる。
「え、いじ……」
アンクと同じように彼を呼んでみたが、自分がアンクでないことを思い知らされただけだった。
映司は信吾を守るために、信吾の身体を抱いた。映司の思いやりは常に信吾へ向けられていた。だが、彼が信吾の名を呼んだことはない。
彼が抱いていたのは信吾ではなくアンクだったから。
「ん……ぁあっ……っ!!」
二度目の絶頂は、信吾の気持ちをさらに沈ませた。
映司を抱いて、映司に抱かせて。それでも映司の相手はアンクなのだ。
彼は、信吾を汚したアンクと自分は同罪だと言った。欲のない彼は赦しすら求めようとはしなかった。ただ信吾の前に跪き、自分の弱さを詫びた。
ならば、信吾もアンクと同罪……あるいはそれ以上の罪を犯したことになる。アンクとともに映司を苦しめ、今また映司を汚している。
映司は必要に迫られてこの身体を抱いたのに。映司に守られ、救い出されたはずのこの身体は、未だに映司を求めずにはいられない。
今の信吾を見たら、映司はなにを思うのか。肩で息をしながら、信吾は考える。
彼は決して信吾を軽蔑などしない。哀しそうな目をして、再び詫びるのだ。自分とアンクの罪を。

シャワーを浴びて着替えた信吾は、澱んだ欲望を追い出すために家中の窓という窓を全て開け放つ。
ベランダに出て風を受けると、身体も頭も冷えていく気がした。
雲ひとつない青空が気持ちいい。
映司がアンクとともに旅立った日も、こんな天気だった。南国柄の服と彼の笑顔には、乾いた青空がよく似合う。
あのとき……彼が別れを告げたとき、行かないでほしいと信吾が乞うたなら、アンクではなくこの自分を求めてくれと告げたなら、映司は応えてくれただろうか。
きっと優しい彼は困った顔で笑って、首を横に振ったはずだ。
信吾のために。そして比奈のために。
わかりきった結末を、あえて試そうとは思わなかった。信吾は旅立つ映司とアンクを笑顔で見送り、泣き出した比奈の肩をずっと支えていた。信吾にも、映司同様に自分よりも優先するべき存在があったから。
比奈の幸せが信吾の望み……アンクに言わせれば、最大の欲望だった。
映司は、兄が世界の中心だった彼女が、初めて心から支えたいと思った相手だ。兄としてさびしくもあるけれど、妹の幸せを願うならその想いは尊重してやるべきだし、彼女から映司を奪うなどなにがあってもしてはいけない。
映司にとっても、比奈は大きな存在のはずだ。映司が再び傷ついて戻ってきたら、彼を包み込んであげられるのは比奈しかいない。アンクや信吾では彼を癒やせないのだから。
だが比奈は映司への感情が恋なのかどうかもわかっていないだろう。映司のほうも似たようなもので、あまりに幼すぎる二人の感情が、信吾を悩ませる。
元凶であるはずのアンクも、信吾はどうしても憎めなかった。
ずっと意識を共有してきた彼のことは、彼自身より理解している。欲望まみれのグリードの心は、人間が触れるにはあまりに醜かったが、その芯にあるのはひどく純粋な「願い」だった。渇きを、餓えを満たしたいという当然の生存本能。完璧な存在になることを欲し、人間を見下す一方で焦がれるほどに羨んでもいる。そして、映司に対する支配欲、独占欲、憧憬……
だが人間でないアンクは、その気持ちの名を知らない。知ったところで否定するだけに決まっているが。

映司も、比奈も、アンクも。皆が複雑な想いを抱え、しかもそれを自覚していない。
信吾だけが、自分の心を知っていた。
「映司くん……」
あきれるほどに単純明白で、だが決して叶わない、想うことすら許されない心。
アンクのように咆吼したい衝動を抑え、信吾は青空を仰いでそっと囁く。
「……きみが、好きだ」
記憶の中の彼は、困り顔で笑うだけだった。


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