映司/信吾

2010_仮面ライダーオーズ,[!],[R18]


※ご注意※
最終回から3,4年後のお話です。お兄ちゃん30手前、映司25歳前後。
比奈ちゃん以外は環境の変化なしという設定です。


【ブーケと告白とトライアングル】

白のネクタイをゆるめながら、映司は黒い礼服の背中をさする。
「もう……泣かないって言ってたじゃないですか……」
「そんなこと言ったって……」
言うそばからまた声を詰まらせた信吾は、ハンカチを顔に押し当てた。
「比奈ぁ~!」
映司は途方に暮れ、よく晴れた窓の外を見やる。レースのカーテン越しに差し込む陽光はあたたかくて、今日という日を祝福しているようだ。
小さな教会で互いの家族と親しい友人だけを招いて挙げられた結婚式は、地球の反対側から駆けつけた甲斐のある、幸福な式だった。なぜか信吾の横に新婦側の家族として座らされた映司も、式の最中はもらい泣きしそうになっていた。
「比奈ちゃん、とってもきれいでしたよ。あんなに幸せそうに笑って……」
「そうなんだよ、比奈はおれから離れて幸せになったんだよ……」
映司の言葉に、信吾はまたすすり泣きはじめる。
これは仕方ないんだろうな、と映司は彼の肩に手を置いて思った。二人きりで身を寄せ合って生きてきた兄妹が今、それぞれの道を進みはじめたのだから。
信吾は今日、最愛の妹とともにバージンロードを歩き、そして彼女を送り出した。比奈にとって信吾は、兄であり父でもある。信吾が抱えている思いは、さびしいなどという言葉で片づけられるものではないだろう。
気持ちはわからないでもないけれど、放っておいたらずっと泣きつづけていそうなので、映司はなんとかして信吾をなだめようと必死になっていた。
「ほら、ブーケもらったじゃないですか。信吾さんも幸せになれますよ……」
笑顔になってもらおうとしたのだが、失敗したらしい。涙目で睨みつけられただけだった。
「男が……っていうか花嫁の兄がブーケ受け取ってどうするんだよ!」
信吾の手には、白いブーケが握られている。
「女の人たちからは睨まれるし……あいつ、最後の最後まで……」
怪力の花嫁が後ろを向いて投げたブーケは、手を伸ばす女性たちの頭上高く通りすぎ、遠巻きに見ていた兄の正面へ飛んできた。間の抜けた沈黙のあと、招待客が爆笑したのは言うまでもない。
「受け取ったのは信吾さんですよ」
「落としたら縁起悪い気がするじゃないか、こういうの!」
「あ、なんとなくわかります」
自分のところに落ちてきたら、やっぱり手を伸ばしていただろうなと映司は思う。
妹を他の男に引き渡し、手元に残ったのはブーケだけ、という切ないのか愉快なのかわからない状況のせいか、信吾はなかなか泣き止まない。
映司は努めて明るい声を出した。
「でも、いい人なんでしょう?」
昨日帰国した映司はそこで初めて比奈の伴侶となる人を紹介されたが、握手をした瞬間に信頼できる人だと直感した。比奈と同じくらいの背丈で、特別に目立つ顔立ちでもない。それでも、比奈が彼を選んだ理由は理屈でなく感じられた。
「そんなことは知ってるよ」
ふてくされたような声で呟く信吾も、その印象はきっと変わらなかっただろう。しかし最初は素直に二人の関係を認められなかったらしい。なかなか会ってくれなかったし、ちょっと意地悪なことも言ったのよ……とは比奈から聞いた内緒話だ。
「でも映司くんとタイプがちがいすぎて、すぐには納得できなかったんだ」
「そこでなんでおれが出てくるんですか」
驚く映司を、同じような表情の信吾が見返す。
「だって、比奈は映司くんのことが好きだったじゃないか」
「えっ……いやまさか! ないない、ないですよ」
「……………」
信吾は怪訝な顔で映司を見つめるが、これに関しては映司も素直にうなずけない。
比奈とのあいだにあったのは、友人以上の気持ちではあったがどちらかといえば家族愛のようなもので、だからこそ比奈は映司を「家族として」式に招待し、「家族として」信吾の横に座らせたのだと思っている。
刑事さんでも事実誤認はあるんだな、と他人事のように考えたとき、控え室のドアがノックされた。
「どうぞ」
信吾の代わりに映司が答える。開いたドアから顔を出したのは後藤だった。彼も折り目正しいスーツ姿で、普段は身につけないドレスシャツを着ている。もちろん警察関係者としてではなく、泉兄妹の友人として招かれたのだった。
「火野、そろそろ行かなくていいのか。知世子さんはもうとっくに帰ったぞ」
「あっはい、今行きます」
腰を浮かせて信吾の顔を覗き込む。
「行きましょう、お祝いのパーティですよ」
信吾は鼻をすすり、映司を見上げて無言でうなずいた。

パーティ会場は、貸し切りのクスクシエ。
映司と後藤が一日だけ店員に戻り、里中がウエディングケーキを運んできて、兄の信吾は花嫁の傍らではなくカウンターに席をとる。それは比奈のためだけの趣向だったが、事情を聞いた花婿も快く受け入れてくれた。
ささやかながらも楽しいパーティはゲストを満足させ、ゲストを送り出したあとは「あのころの」仲間だけで軽く打ち上げという名の三次会が開かれ、全員が満ち足りた気持ちで別れる。
帰るところのない映司は、信吾の部屋に泊まることになっていた。前の晩も泊めてもらったのだが、映司は旅疲れと緊張で、信吾は仕事疲れと緊張で、どちらもゆっくり旧交を温めるなどという余裕はなかった。
今夜もそうなるな、と映司は勧められて入った風呂に浸かりながら思う。式でさんざん泣いた信吾は、さすがにパーティのときには元気を取りもどし、別れ際も笑顔で妹夫婦に手を振っていた。
もう寝てていいよ、という言葉に甘え、彼が風呂に入っているあいだに比奈の残していったベッドに潜り込む。
明日は、何時に起きようか……そんなことを考えながら眠りに落ちる。
久しぶりにアンクの夢を見たのは、なつかしい仲間たちと再会したからだろうか。
クスクシエの屋根裏部屋で、映司はベッドからアンクの「巣」を見上げていた。
アンクはソファの腕を枕に眠っている。狭い寝床でうずくまるようにして、映司に顔を向けてはいるが、その目は閉じられ長い睫毛が頬に影を落としていた。
「ねえ、アンク」
声をかけると、アンクはゆっくり目を開ける。
映司は腕を伸ばし、彼に語りかけた。つもりだった。
だが身体は動かず、声も出ない。そんなことをしてはいけないと強く思っていて、どうしてもその一言が出てこない。

こっちにおいでよ。

アンクは再び目を閉じ、二度とこちらを見ることはなかった。

物音で目覚めたのか、目が覚めたから音が聞こえたのかはわからない。
それでも、キッチンでなにか聞こえたのは確かだ。
映司は布団から抜け出してキッチンを覗く。信吾が冷蔵庫を開けているところだった。
「起こした?」
苦笑しながら、彼はビールの缶を取り出す。
「飲む?」
「……いただきます」
二人はリビングでささやかな四次会を開くことになった。急なことでつまみもなく、酒だけだが。
「アンクの夢を見ました」
それを聞いた信吾は、自分の頬をさする。
「おれのせいかな」
「そうかもしれません」
印象はずいぶんちがうとはいえ、その顔はまぎれもなく……しかしやはり彼ではない。別人だとわかっているからこそ、夢の内容を語ることもできた。
「寒いなら、おれのところに来ればいいのに……意地張って下りてこようとしないんです。あんな窮屈なとこで震えてないで……」
微笑みながら聞いていた信吾が、髪を揺らして首をかたむける。似ている、とまた思った。
「映司くんは、下りてきてほしかった?」
「それは……」
口ごもった映司を見て、彼はグラスをテーブルに置いた。
「意地張ってるのは、アンクだけじゃなかったみたいだね」
意地ではない、と言い返そうとして、しかし代わりの言葉が思いつかずに肩を落とす。
「だって、アンクはただ寝ていくわけじゃないから……」
「おれのために?」
そう、アンクが自分の「巣」から下りてくるのは、映司の体を求めるときだけ。即ち信吾の体を傷つけるときだけだった。
なのに……
「すいません」
「え?」
思わず出てしまった謝罪に、後から居住まいを正す。時効、などという考えはないが、もう隠しきれないと思った。
「おれ、いつのまにかアンクを待つようになってました。おれから手出しちゃいけないから、アンクが来てくれたらって……」
アンクとの共犯関係は受け入れたものの、自分が主導してはいけないと思っていた。だが、一方的につき合わされていたわけではない。
ひざの上で拳を握りしめて、相手を見つめる。
「あなたの身体なのに……欲しくて……」
困ったように眉を寄せているその顔は、自分が体を重ねていた男と同じ表情だった。
「今でも……眠れない夜とか、ときどきすごくアンクが欲しくなる……会いたいとかじゃなくて、したい、って思うんです。でも、信吾さんの身体だし。おれが欲しいのはどっちなんだろうって考えて、また眠れなくなって……どっちにも失礼だなって思うんですけど、結論は出なくて……」
思いつきでしゃべっている言葉はどんどん惨めに聞こえてきて、やがて消え入る。
「試してみようか?」
「え……」
顔を覗き込まれ、ひざの上に手が置かれて。
呼吸をするのも忘れているうちに、信吾の顔が近づいてきて、反射的に目を閉じていた。
すぐに柔らかい感触が唇に触れる。
熱い吐息を感じた瞬間、映司は相手の首を抱き寄せずにはいられなかった。乾いたキスはすぐに濡れた音を立てはじめ、二人は息もつかずに舌を絡ませ合う。
「んっ……」
目を開けた映司の視界には、信吾しかいない。頬を上気させて、焦点の合わない目でこちらを見つめている彼しか。
「……正解はないんだよ」
かすれた声が、そう告げた。
「おれだって悩んだ。きみと別れてからもきみを欲しがってるのは、アンクの名残なのか、おれ自身なのか……」
彼の口から「欲しがる」というストレートな言葉が出たことに、ぎくりとする。そんな映司の動揺に気づいているのかいないのか、信吾は淡々とつづけた。
「おれはたしかにきみと同じ部屋で暮らして、きみとこの身体をつなげた。それだけが現実に起こったことだ。アンクがいなかったらおれはきみを好きにならなかったし、きみもおれ抜きでアンクとあんな関係になることもなかった」
あっさりと口にしてはいるけれど、実際に彼がどれほど苛まれたか想像もつかない。自分の身体を淫らな取引の道具にされ、アンクが去ったあともその感覚に惑わされ、振り回されるほどに。
しかし迷いつづける映司とは対照的に、信吾の言葉にはなんの揺らぎもなかった。
「映司くんとたくさんの夜を過ごしたのは、まちがいなくアンクだ。でもきみが欲しいと思うアンクは、おれだから。だれも代わりなんかじゃない。三人とも切り離せないんだよ」
信吾もアンクもそれぞれに映司を求め、映司は信吾を通してアンクを、アンクを通して信吾を求めていた。その状態を受け入れていいのだと、信吾本人が言う。慰めでも気休めでもないことは真摯な眼差しが語っている。
「信吾さん……」
優しい手が、くせの強い髪を撫でていく。映司は惚けた顔でただ彼を見つめているだけだった。
「信吾さんも……おれを?」
彼は苦笑して肩をすくめる。
「黙ってるつもりだったんだけどなあ。比奈が片づいたから、気が抜けて口がすべったみたいだ」
「なんで、比奈ちゃん……」
「比奈はきみが好きだったからね。妹の思い人を横取りするわけにはいかないだろ?」
またそれだ。映司には真偽の確かめようがないけれど、少なくともこの兄はそう信じている。
比奈のために、映司のために、信吾は自分の想いを押し殺すことを選んだ。
「でも、比奈ちゃんは別の人を選びました」
「大事な兄も放り出してね」
映司はくすくすと笑い出した。
「もう遠慮しなくてもいいんですよ」
「そうだな……もう二人とも比奈からは相手にされなくなったし」
信吾も肩を震わせて笑いはじめる。彼女の幸せを願ってきた男二人が、結果的に取り残されてくっついているのがおかしいらしい。
「映司くんも、遠慮しなくていいよ。もっと欲しがっていい」
同じ顔で、同じ声で、彼と似たようなことを言っているのに、全くちがって聞こえる。映司の手を取った信吾は微笑んでみせた。
映司も信吾の手を握りかえす。
「もう、自分の欲望を他人任せにはしないつもりです。おれの手を握ってくれる人から逃げないって、決めてますから……」
遠いあの日……差し伸べられた手をとるということを覚えたあの日から、映司は少しだけ、自分が強くなったような気がしていた。世界に対して受け身ではなく、自分から関わっていく力を持てたような気がしていた。
そして今、とても遠回りをしたけれど、ようやくこの手を握ることができる。
その右手には赤い羽根も爪もない。映司の肌に傷をつけたり、乱暴にひっぱっていくこともない。
だがそれは確かに同じ手で、映司をずっと待っていた。
「信吾さん」
「ん……」
互いの右手を胸元に引き寄せ合い、二人は初めて、誓いの口づけを交わした。

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