侘助/理一

2009_サマーウォーズ,[G]

【ギフト】

海外からの宅配便。
最近個人輸入で買ったものはないし……と訝しがりながら差出人を見る。覚えのないショップ名だが、どうもギフトらしいということはわかった。友人のだれかがサプライズでなにかを贈ってきたというあたりが妥当だろうか。大きさのわりに軽すぎるのが気になるが……
「あ……」
見慣れたビジュアルの、しかし実際には初めて見る物体が現れた。ヘッドセットとアンテナがついた黄緑色のアザラシが、箱の中から理一を見上げている。
取り出すときにメッセージカードが落ちたが、拾い上げるまでもなくわかっていた。
「やりやがったな……」
自分のアバターのぬいぐるみを抱え、理一は足早にパソコンの前に向かった。
世界時計で時間を確認してから、ヘッドセットを着けてチャットルームに入る。海外なら電話よりも音声チャットのほうが都合がいい。画面上をふわふわと漂う自分のアバターを眺め、ついでにぬいぐるみと見比べていると、まもなく相手がやってきた。
「子ども限定じゃなかったのか?」
「ついでだよ。ひとつ増えたところで差はないだろ」
侘助は声に滲む笑みを隠そうともせずに答えた。理一はマイクを口元に寄せ、深いため息を聞かせる。
「自衛官の独身寮の一室に、アザラシのぬいぐるみがある光景を想像してみたか?」
「ああ、アザラシだったのかアレ」
そこは問題ではない。しかしなにが問題かと言われれば、はっきりとは答えられない。
「おれ、実物見てないからさ。画像送れよ」
「そのうちな」
「楽しみにしてるぜ」
声だけでも、得意げな表情が目に浮かぶ。
それからぽつぽつとつまらない近況報告をし合って、通信は終わる。今回は全体的に侘助のペースだった。
理一はヘッドセットを外して、机に置く代わりにリイチの頭につけてみた。もともとヘッドセットをつけているデザインだから見た目には奇妙だが、偶然にも頭の大きさが同じだったらしい。それは見事にぬいぐるみのパーツとして収まり、不覚にも感嘆の声を上げてしまった。
「さて……」
これはどう考えても、サプライズのプレゼントというより、侘助の悪戯に引っかかったという認識のほうが正しい。
仕返しを考えてみるが、すぐにはうまい方法を思いつかなかった。罪のないものから法的・倫理的にギリギリなレベルまで一通り案を出したあとで、理一はあっさりその全てを放棄する。
「餅は餅屋か」
親戚の女子大生へメールを送った。彼女なら、年寄りが予想もつかないアイデアを出してくれるだろう。
それにしても、と自分のヘッドセットを奪い返しながら、理一はリイチをあらためて眺める。
「……よくできてるな」
じっと見つめ合っていると妙な愛着がわいてきそうだったので、視線を引き剥がしてベッドの上に放り投げた。

発端は去年のことだった。
「すげっ、キングカズマだ!!」
「おっきいキングがいっぱいだー!!」
子どもたちが目を丸くして叫ぶ。
小学生の彼らと同じくらいの背丈はある巨大なぬいぐるみが、畳の上に数体横たわっていた。
「ただの商品サンプル。うち置き場なくて」
佳主馬はそう言うが、しっかり子どものいる世帯数ぶんあるところから見て、彼なりに気を遣ったのだろう。妹ができた彼は、前より年下の親戚たちに優しくなったようだと皆が感じていた。
「キングくらいメジャーになると、ぬいぐるみなんて作ってもらえるのねえ」
呟いた直美の声には、明らかに羨望が混じっている。その言葉に応えたのは、だれもが予想しなかった人物だった。
「個人でもできるよ」
部屋の隅でずっと携帯端末をいじっていた、一族の風来坊……だった男。今は、少しとっつきにくいだけの「おじさん」だ。
侘助はどこか得意げな笑みを口元に張りつけて、部屋の親戚たちを見まわした。
「オーダーメイドだから金も時間もかかるけど。ネットで注文できる」
ちょうど近くにいた夏希を手招きして、端末の画面を見せる。興味深々で覗き込んだ夏希は、とたんに歓声を上げた。
「わ、なにこれカワイイ!」
「同僚が持ってたんだ。旦那からのプレゼントだって。なかなかよくできてた」
「どれどれ」
大人も子どもも皆が侘助の周りに集まるという奇妙な光景が生まれる。
画面の中からそのまま飛び出してきたようなぬいぐるみの写真を見た子どもたちは騒ぎ出した。
「ママ、これほしい!」
「おれもほしいー!」
夏希も子どもたちに便乗して、侘助の腕に抱きつく。
「おじさん、あたしも!」
「おまえは健二にプレゼントしてもらえよ」
「う……」
東京にいる年下の恋人を思い出して、夏希はなんともいえない表情になった。もちろん彼から贈ってほしいが、その要求が酷だということもわかっているから。
騒ぐ子どもたちに、直美まで割り込んでくる。
「あ、それならあたしもー。夏希とちがってプレゼントしてくれる男なんていないもーん」
自分と大して歳のちがわないバツイチ女をじろりと一瞥して、侘助はわざとらしく顔をそむけた。
「小学生以下限定で、おじさんが贈ってやる。ほしいやつはID交換だ」
「まじでー!?」
「するー!」
「おれケータイ取ってくるー!」
「中学生以下にしてよ!」
きゃあきゃあと騒ぎ駆け出す子どもたちの後ろで、佳主馬がもじもじしている。
「キングカズマは売るほどあるからいらねえよな?」
「おれは……いらないけど……」
バスケットの中で眠っている赤ん坊を、ちらりと見る。彼女が生まれたときにそのアバターを設定したのは、佳主馬なのだという。ふわふわした愛らしい子ウサギのキャラクターは、無敵のキングとは似ても似つかない。
「侘ちゃん、それっていくらなの?」
聖美の呼びかけにわずかに眉を寄せた侘助は、それでもおとなしく値段を答える。ユーロで告げられたその金額を、少年実業家はレート換算すべくあわてて携帯端末を取り出した。その端末を長い手がするっとさらっていく。
「おいっ、なにす……」
「小学生以下はおじさんが贈ってやるって言ったろ?」
「え……」
にやりと笑う侘助と目が合うなり、佳主馬の顔が年相応の少年らしく輝いた。

理一を驚かせてから数週間後、侘助の元へ日本から荷物が届いた。
差出人は……
「理一?」
開けてみると、中には白いぬいぐるみが入っていた。プレーンの初期アバター。OZの公式商品で、キングカズマよりも簡単に手に入るものだ。首にピンクのリボンが結ばれていなければ、プレゼントとも思えないシンプルさだった。
怪訝に思いながら箱から引っぱり出したぬいぐるみは、やけにぶ厚い封筒を持っている。
「なんだこれ……」
ぬいぐるみを小脇に抱えたまま、封筒を開ける。中から出てきたのは写真だった。
「ああ……」
そういうことか、と侘助は口の中で呟く。
写っているのは実体化した自分のアバターを抱きしめる、子どもたちの笑顔。細い両腕に妹とそのアバターを抱く佳主馬もいる。
携帯電話を掲げてみせる夏希と健二も写っていた。夏希が自力で二人ぶんのストラップを作ったらしい。健二はナツキの、夏希はケンジのアバターをつけているところがいかにもで笑ってしまう。
写真には色とりどりのペンで「ありがとう」「大好き」「愛」「絆」などとメッセージやイラスト、顔文字などが書き込まれている。
各地から送られてきた子どもたちの写真を理一がプリントアウトして、夏希が好き勝手にメッセージを書き入れたのだろう。
「ぶ……っ」
理一のヘルメットとゴーグルを着けてタバコをくわえたリイチの写真が現れたときには、思わず噴き出していた。夏希の字で「ヤケドするぜ」などとかわいらしく書いてあるものだからたまらない。
「ったく、なにやってんだ……」
ぬいぐるみがショップからではなく理一名義で届いたことに納得しながらも、呆れていた。
画像などメール添付で送ればいいのに。このご時勢、わざわざ紙に印刷して郵送する意味などあるとは思えない。
最後の一枚は、侘助が今抱えている初期アバターだった。ただ首に巻かれているのはリボンではなく、ハートのチャームがついたペンダント。夏希のコメントは……
『みんな、おじさんといっしょだよ』
はっとして、侘助はぬいぐるみのリボンをほどく。リボンの下から、ピンクのハートが現れた。
あわててもう一度写真を見なおす。
愛らしい子ウサギの耳に、ぬいぐるみと同じ素材らしいハート型のシュシュがついていた。凶暴な新幹線のしっぽにも、やんちゃなドクロの足にも。
若いカップルのストラップにそれぞれついているハートは、蜜月真っ最中の関係を示すアイコンではなかったのか。
緑のアザラシにだけはさすがになにもついていないと思ったのに、よく見ればハートのクッションを背もたれにしている。
侘助は作業途中で放り出されているパソコン画面を見やった。スクリーンセイバー代わりに、アバターが画面を動きまわっている。
「ワビスケ」は、ハート型の立体的なプレートだった。顔も手足もない。
ラブマシーン事件以降、本名と顔を公開した侘助は、その後も開発者としての責任表示のため、ラブマシーンがエンブレム代わりにつけていたものと同じハートマークをアバターに使用していた。今でも「ワビスケ」は世界中から賞賛と非難の対象だが、時間の流れが速い電脳空間で、その人気はすでに過去のものとなっている。
侘助にとってそれは電脳世界を駆けめぐる自分の分身ではなく、ただのプロフィール画像にすぎない。過去の過ちを忘れないための、烙印でしかない。
なのにこの写真の中では、まるで侘助自身であるかのようだ。彼らの中で「侘助おじさん」は、このファンシーでキュートなハートマークになってしまった。
このプレゼントも単なる気まぐれの思いつきで、ひょっとしたら彼らの親に対する点数稼ぎのつもりだったのに。
「くっそ……ほんっとに、ムダなことしやがって……」
侘助はそう呟いたきり、真っ白なぬいぐるみの胸に顔をうずめた。

たまにはちょっと大人な侘助のお話。

同人誌を作る前に書いた話でして、設定の一部は「SUMMER OF LIFE」で使われてます。あと「それから」の夏希イラストはケンジのストラップをつけてます。そんだけ。


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