伯爵/ベルッチオ/バティスタン
巌窟王:伯爵/ベルッチオ/バティスタン R18
※3P
吸血鬼の宴
バティスタンは、目の前の光景に息が荒くなるのを感じた。
クッションが山と積まれた籐の寝椅子。異国情緒あふれるその寝台の上で、たくましい腕に包まれるように背後から抱きすくめられ、うっとりと濡れた瞳でこちらを見つめている主人がいた。
いつもの折り目正しい礼装ではなく、この部屋全体と同じ東洋風の……おそらく中国か日本の様式であろうローブを身につけている。
いや、身につけていた、といったほうが正しい。その襟も裾も今はしどけなくはだけて、青白い肌がふだんなら絶対に見せないような部分まで露わになっているのだから。
そして褐色の肌をした男に優しく揺すり上げられるたび、薄い唇を開いて舌を覗かせ、真紅と黄金の瞳を瞬かせながら身をよじるのだった。
その彼が、まっすぐ自分を見ている。それだけで身体が熱くなった。
「バティスタン……」
かすれた声に誘われるまま、床に跪いたバティスタンは力弱くさしのべられた手を取り、その頬に口づけた。唇に触れたのは、人とは思えぬ冷たい肌。ふだんよりいくぶんか赤みが差しているようにも見えるのに、その肌は一瞬とまどうほどに冷たかった。
見かけよりも薄い彼の肩をつかみ、露わになった肌に口づけを落としていく。とがった耳の先端から首筋へ。漆黒の髪にも、あごひげにも。
だが唇だけには触れられなかった。その蠱惑的な青い唇に触れたが最後、すべての精気を吸われて命を落としそうな気がするのだ。根拠のない恐怖だが、バティスタンにとっては真実味のある恐怖だった。
光沢のある白いローブをくつろげながら、不規則に上下する胸を、柔らかい腹を、舌で味わう。やはり冷たいが、慣れてきたのか少しずつ熱を感じるようになってきた。
そうしているあいだにも、彼は背後のベルッチオによって貫かれ、絶えず揺すられている。声こそ上げないが、バティスタンが舌先に感じる筋肉の動きは、二人から与えられる刺激をすべて受けいれて反応していた。
細い腰にかろうじてまとわりついている帯まで達したとき、バティスタンは伺いを立てるように相手を見上げた。伯爵は目をつぶって快感の波に耐えるような表情をしており、代わりにベルッチオとグラス越しに視線がぶつかった。
二人は共犯者のように片頬を上げて、互いの仕事にとりかかる。
バティスタンは迷わずローブの裾を左右に開き、屹立しかけている彼自身をためらうことなく口に含んだ。
「あ……」
声になるかならぬかの吐息を洩らしたその身体を、背後のベルッチオが強く抱きしめる。そして強めに腰を突き上げた。
「んん……っ」
下僕二人の奉仕は、彼の身体を悦ばせ、そして彼の心からは理性的な面をいっさい奪い去った。もとより、彼の望みはそこにこそあったのだから。
バティスタンは再び顔を上げて、伯爵の表情を観察しながらその部分を手で愛撫する。そこは、彼の身体の他の部分よりは温度が高かった。もっとも、そのころにはすでに肌の冷たさなど気にならなくなっていたけれど。
彼は身をよじって快感に応え、無意識のように腕を伸ばして背後の男の頬に触れた。
「ぁ……ベルッチォ……」
甘えた口調で名を呼ばれ、ベルッチオの様子が変わった。腕に力がこもり、動きが激しくなる。伯爵がはっとしたように目を見開く。
「ん……っ!」
長い髪を振り乱してあごを反らせた伯爵を、バティスタンは怪訝そうに眺めた。だがその理由は、ベルッチオの押し殺すような言葉で明らかになった。
「……申しわけありません、伯爵……」
主人を悦ばせるはずの下僕が、彼よりも先に吐精してしまったのだ。
凍るような視線で咎められてもむりのない状況だったが、彼は苦く微笑しただけだった。
「いつまでも……しかたのない男だ……」
力のゆるんだ腕から抜けて前に倒れた身体を、バティスタンが抱きとめる。伯爵はカーテンのような黒髪のあいだから目の前の男を見つめ、それから視点を落として呟いた。
「……嘆かわしいほどに浅ましいな……満たされない者というのは……」
バティスタンはその言葉の意味もわからないまま彼の視線を追い、そして熱を帯びたままの彼自身を見つけた。そこは先端から蜜をあふれさせ、濡れて光っている。
ベルッチオが先に達してしまったせいで、伯爵が身のうちに熱を抱えたままだということに気づいたバティスタンは、卑しい笑みを浮かべた。次は、自分の番だと。
しかし、バティスタンの手が自らのベルトへと移った瞬間、彼は巧みにその腕をすり抜けてベルッチオへ向きなおった。
「さあベルッチオ……今度こそ私を楽しませてくれ」
微笑する視線を正面から受けられなかったベルッチオは、逃げるように目線を落とした。
裾のはだけたローブが、すらりとした脚を惜しげもなく明かりの下に晒している。襟も肩からすべり落ち、その広い胸を露わにしていた。ただ、かすかに赤みの差した顔だけが、長い黒髪に半分以上覆われて見えない。
とまどい硬直しているベルッチオに、伯爵は乗りかかるようにして身を寄せる。そして、きっちりと結ばれたタイの下に手を差し入れ、褐色の肌をそっと指先で撫でた。
「私を受けいれるか、ベルッチオ?」
思わず身を震わせながら、ベルッチオは恭順を示すべく頭を垂れる。
「……お望みのままに……」
その返事を待たず、伯爵の冷たい唇が彼の首筋に触れた。濡れた唇が押しつけられ、鋭い八重歯が突き刺さる。ちがうとはわかっていても血を吸われそうな恐怖に襲われて、ベルッチオの手はクッションのひとつにしがみついていた。
その唇と同じくらい冷たい手が、背骨をなぞって下りていく。蟻走感に思わず腰を浮かせると、手はズボンの中へ巧みに侵入してきた。
「は、伯爵……っ」
何度経験しても慣れない。後ろを探られるこの感覚は。
理解できない、というべきか。この美しい主人が、あの美姫ではなく自分たちのような男を相手にするという事実が。彼の意志はただ一点へ向かっているようでいて、実のところその思惑はだれにもわからない。
「……よけいなことは考えるなと言っているだろう?」
耳元で優しく囁かれ、心を読まれたのかとぎょっとして彼の目を覗きこむ。そこにあったのは、人間の瞳とは思えぬ赤と金の光だけだった。
「あぅうっ!!」
伯爵の肩にしがみついたベルッチオは、彼の背後にただ膝をついているバティスタンに気づく。その顔は、苛立ちと興奮で赤く染まっていた。
バティスタンは伯爵が好きだったが、それは仕える者にも贅沢な生活をさせてくれるからといった理由だった。このような秘密の遊びに招待してくれるという楽しみもある。美しく艶めかしく、なおかつ裕福であるこの主人に、不満などあろうはずもない。
だが、伯爵が今ベルッチオを選んだことだけは不満だった。
ベルッチオは伯爵の家来としては古参であり、伯爵になにか特別な想いか恩のようなものを感じていることは知っている。バティスタンはベルッチオも憎からず思っていたから、そのあいだに入ろうとも思わない。
そう、選ばれた理由が愛ならばまだいい。人間なら愛着による贔屓ということもあるだろう。だが、伯爵の中に愛というものは存在しない。彼の中に執心というものがあるならば、それは憎悪や嫌悪といったたぐいのものでしかないのだ。
そして、今この場で彼が執着しているのは、欲そのものに他ならなかった。彼の欲が、自分ではなくベルッチオを選んだのだ。その事実は、家令としてではなく男としてのバティスタンの自尊心を傷つけた。
彼は伯爵の細い腰を凝視する。まぶしいほどに白い生地が、その腰のラインを浮かび上がらせるように光の陰影をつけていた。
「ぁあっ……伯爵……」
ベルッチオが上ずった声で呻く。彼は伯爵の冷たい手で愛撫され、足を開かされ、伯爵のなすがままにされていた。途中まではバティスタンの存在を忘れていたようだが、一度目が合ってからは常にこちらを意識しつづけている。
愛はいらない。しかし、夜伽役として呼び出されたはずが、一人だけ無視されるのには耐えられない。それでなくても、見ているだけなど……
伯爵の背にまわされたベルッチオの手と、ローブの下で淫らに動いているであろう腰を眺めながら、バティスタンはズボンの股間の部分がきつくなっているのをいやというほどに感じていた。
ベルッチオだけではなく主人にも自分の存在を思い出させようと、裸の肩を乱暴にならない程度につかむ。長い髪が揺れた。彼が、こちらへ顔をかたむけたのだ。だが振り向いたり払いのけたりする様子はない。
「もっと気持ちよくしてさしあげますぜ」
品のない笑みを口元にはりつけた家令は、白いローブにぴったりと身を寄せ、彼の腰に自分のそれを押し当てた。そこはすでに天幕を張っていて、切実に相手を求めている。伯爵もそれに気づかないはずはない。
「バティスタン……!」
咎めるようにその名を呼んだのは、こちらに背を向けている伯爵ではなく、向かい合うかたちのベルッチオだった。だがその彼は言葉をつづける間もなく伯爵に責められ、口から洩れるのは意味をなさないただの喘ぎに変わる。
バティスタンは己のズボンの前を広げながら、彼の耳を舐めるように低く囁いた。
「ベルッチオだけにいい思いをさせていいんですかい?」
返事はなかったが、息だけで笑う音が聞こえた。奇しくもその言葉どおり、ベルッチオは二度目の絶頂を迎えようとしていたのだ。
伯爵の沈黙を承諾と受け止め、バティスタンはローブの下に猛った自分自身を突っ込んだ。そしてそのまま、彼の腰を後ろから突き上げる。
「ぁ……っ」
小さく声を上げた伯爵は、ベルッチオに抱きついてその衝撃をやり過ごそうとしているようだった。
「へへ……こいつぁたまんねえや」
ベルッチオのおかげで中は濡れており、バティスタンの強引な侵入も難なく受けいれてしまった。くちゃくちゃと濡れた音を立てさせ、その締めつけを楽しみながら、伯爵の腰をつかんだまま激しく揺らす。
「ぅああっ!」
「あ……んっ!」
二人の男が同時に声を上げた。バティスタンの律動は伯爵を通じてベルッチオにも伝わる。バティスタンは、二人を同時に抱いているような感覚に酔いしれた。
なにしろ、二人とも自分より目上の人間だ。とくにこの主人……ふだんは眉ひとつ動かさず、青白い顔に冷笑を浮かべているような男が、こちらからは見えないにしろ、淫らに嬌声を上げている。
「見物ですな、モンテ・クリスト伯爵さま……どんな未亡人だって、こんな淫乱にはなかなかなれるもんじゃねえ……」
ふだんなら断罪ものであろう不遜に過ぎる言葉を投げつけられ、伯爵はベルッチオの肩に額を押しつけた。
「ぃや……っ、はぁっ、バティスタン……」
その脆弱な様子を目の当たりにし、バティスタンはさらに勢いづいた。いや、すでに自制できなかった。彼はただ、獣のように主人を責め立てる。
「あっ、ぁあっ、ん……っ」
よく響く低い声がかすれて上ずり、抱いているバティスタンのみならず抱かれているベルッチオの欲までも刺激する。
声を上げる伯爵の顔を覗きこんだベルッチオは、長い髪の隙間から彼が笑みを浮かべているのを見た。その笑みに、恐怖とも畏敬ともつかぬ悪寒を覚える。彼は卑しい従僕にされるがままなのではなく、この状況を楽しんでいるのだ。
動揺のあまりさまよわせた視線と、バティスタンの目が合った。
どちらからともなく、二人は首を伸ばして伯爵の髪越しに唇を重ねていた。
そこで二人は、自分だけでなく相手もまたこの主人を恐れていることを知った。魅惑の肢体で誘われながらも、彼の唇にだけは触れることができないバティスタンと。優しく抱かれているのに、彼の瞳に射られることを恐れるベルッチオと。
至上の快楽を与えられているはずが、時折快感ではなく悪寒に身を震わせる今の状態を、しかし従僕たちは甘んじて受けいれるしかない。
「あぁ……っ」
美しい吸血鬼が、その青い唇から冷たい吐息を洩らす。
しかし二人は身体が凍りつく音ではなく、奥から滾ってくる熱いざわめきを感じていた。
愛も理性もない欲だけの饗宴は、まだ終わりそうにない。
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