伯爵/ベルッチオ/バティスタン
巌窟王:伯爵/ベルッチオ/バティスタン R18
Harcelement sexuel
その書斎は、彼の屋敷の中では比較的小さめの部屋だった。
ベルッチオが紅茶を持っていったとき、伯爵はいくつかの端末を同時に操作してなにか調べものをしているようだった。
「お茶でございます」
「ああ」
彼は作業の最中で上の空ではあったが、それでも、熱い紅茶に口をつけて満足げに微笑む。ベルッチオは濃いグラスの奥で目を細め、その表情を眺めた。
秘密主義の主人がなにをしているか、家の者は誰ひとりとして詮索しない。だからこの場のベルッチオも、二杯目の紅茶を入れている自分の周りを伯爵が忙しそうに歩きまわっていたところで、まったく気にしなかった。
「ベルッチオ」
なにかの資料を壁の書架にしまっていたらしい。伯爵の声は、すぐ背後から聞こえてきた。
「はい」
振り向くより早く、伯爵の腕が腰にまわされるのを感じてベルッチオは身を硬くした。ティーポットを置くことさえ、一瞬忘れるほどに。
彼のこんな気まぐれは、初めてではないのに。
いつのまにかすべての端末は閉じられ、部屋にはわずかな稼働音も電子音も聞こえない。書斎はまったくの静寂で満ちていた。
手袋をしたままの指が、腰骨のラインをなぞる。
そのまま彼の身体がぴったりと寄せられ、後ろから抱きすくめられるかたちになった。
「伯爵……」
白い手袋が、そっと口をふさいだ。強盗のような手荒さではなく、唇に指を当てるような優雅さで。従僕に沈黙を命ずるには、それだけでよかった。
その手袋はベルッチオの唇をなぞり、頬から首へとゆっくり褐色の肌を撫でていく。そしてスカーフに触れたかと思うとその下にすべり込み、肩から胸を申しわけ程度に覆う服の中へためらいもせずに入り込んでいった。
一方の手で胸の突起を探し当てながら、腰のあたりを撫でていたもう一方の手は、ベルトをはずしにかかっていた。少しゆるめれば、あとは苦もない。股上の浅いズボンは伯爵の手を拒むすべもなく、容易に侵入を許してしまう。
しかし、手袋越しの愛撫はもどかしいほどに緩慢だった。
白い手袋はくすぐるように下腹の茂みをかきわけ、茎をなぞって下りていく。かたちを確かめられているようで、ベルッチオはこみ上げる羞恥をどうすることもできず俯いた。
なにかに酔っているときと同じ、上ずった声が、耳のすぐそばで囁かれる。
「ああ……私のかわいいベルッチオ……」
その言葉が自分ではなく彼の握り込んでいるものに向けられたのだとわかってはいても、吐息のような声だけで下腹部に熱が集まってしまう。
「まだ起きないのか? ゆうべはあれほど私を楽しませてくれたのに……」
ベルッチオの脳裡に、昨晩の出来事がよみがえった。ひどく官能的な主人の痴態と、我を忘れるほどの享楽。まだ、身体が記憶している。
「あれほど激しく抱いてくれたのに……」
自分の手の中でそれが質量を増したことに気をよくしたのだろう。伯爵は今ベルッチオを興奮させたのと同じ調子で再び囁きながら、硬くなったそれに指を絡ませ締めつけてきた。
「………っ」
ベルッチオは思わず口を押さえていた。自らの黒い手袋を噛み、必死に声を洩らさぬように耐えた。それは伯爵にとって愉快な状況らしく、声にならない程度のひそやかな笑い声がベルッチオの耳に這いこむ。
「ベルッチオ……」
冷たい舌が耳朶を舐め上げた。思わず身を震わせたベルッチオの身体を、彼はさらに強く抱き寄せる。
「……もう、声を出してもいいぞ」
だが、まさにそのとき、ベルッチオの耳は扉の向こうから長い廊下を歩いてくる足音を聞きつけていた。扉に近いこの場所で声を発すれば、外に聞こえる危険があるということを彼らはよく知っている。
ベルッチオが歯を食いしばったのもつかの間で、主人の望みどおり次の瞬間には悲鳴のような声がこぼれた。
「ぁあっ!」
屹立した先端を強く擦り上げられたのである。その上、一連の行為で感じやすくなっている肌をもう片方の手が巧みに愛撫しつづけるのだ。ベルッチオはすでに立っているのもおぼつかない状態で、立ったまま伯爵に指先だけで犯されていた。
「ぁは……伯爵……ぅんっ!」
ドアの向こうの足音が止まり、一瞬ためらうような間のあとに、あまり優雅とはいえないノックが聞こえた。
伯爵は顔を上げて平静な声で答える。
「入れ」
ベルッチオはグラスの奥で固く目をつぶった。誰が入ってくるのかわかってはいる。だが誰であれ、こんな姿を見られても平気な相手などいない。
そんなベルッチオの葛藤などおかまいなしに、扉は無情にも開けられた。
「失礼します」
部屋へ入ろうとしたバティスタンは一瞬目を見開いたが、つとめてなにもなかったような顔をして、伯爵の目だけを見つめる。
「モルセール子爵がお見えです」
「アルベールが?」
伯爵が親しげに呼んだその名は、仇の息子のものだった。なんの用かと、伯爵は考え込むように眉を寄せる。
バティスタンがちらりとベルッチオに目をやった。
「……お帰りいただきましょうか?」
今日はとくに会う約束をしていたわけでもない。それでなくてもこちらのほうが身分も年齢も上だ。追い返しても非礼にはあたらない。
「いや、お通ししろ。すぐに行く」
その言葉にはっと振り向こうとするベルッチオを、彼は脇へと押しやった。
それから白い手袋をはずし足下に落とすと、バティスタンの脇をすり抜けて部屋を出ていった。
ドアが閉められたとたん、ベルッチオはその場に崩れ落ちた。
乱れた息を静めようと努力しながら、絨毯の上に落ちている手袋をつかんで握りしめる。
「よお、お楽しみだったようだな、兄弟」
顔を上げると、バティスタンがドアに寄りかかって見下ろしていた。
「……さっさと行け……」
「そのままじゃつらいだろ。手伝ってやるよ」
「……じきに、二人とも呼ばれるぞ」
おそらくはそれほど間をおかずに、あの主人に呼び出されるだろう。召使いは自分たちだけではないとはいえ、主人の呼びつけに遅れるようなことがあってはならない。
だがバティスタンは動じることもなく、ベルッチオの前にひざをつく。
「それまでに済ませりゃいい」
ベルッチオに、拒むだけの気力は残っていなかった。
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