小話色々

2009_シンケンジャー,[G]

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父熊子熊(ちちぐまこぐま)

目覚ましが鳴る前に目が覚めた。
二度寝しようと布団をかぶったが、眠くならずに結局おとなしくベッドから出る。
たった一年ですっかり早起きになってしまった……そう思いながら、千明は洗面所へ向かった。手拭を用意してくれている黒子はもちろんいない。広い武家屋敷ならいざ知らず、狭苦しい団地には必要ない。
着替えを済ませて、冷蔵庫を開ける。目玉焼きにしようと卵を出してから、棚の上にある小麦粉の袋に目が留まった。
「……ま、休みだし」
だからこそもっと寝ていたかったのだが、起きてしまったものは仕方がない。千明は腕まくりをしてボウルを取り出した。

朝食はできた。
いつもならその香りにつられて出てくるはずのもう一人が、まだ起きてこない。空腹に耐えかねて部屋に乗り込んだ。
「あーもー、いつまで寝てんだよ! メシ食わねえのか!?」
「んー……」
小汚いヒゲ面が眠そうに薄目を開け、仁王立ちの息子を見上げる。
部屋の中はタバコとアルコールの匂いでよどんでいる。換気をしようとカーテンを勢いよく引き、窓を開け放った。
「寒い! 千明寒い!!」
あわてて頭から布団をかぶった父親を布団の上から踏んづける。
「だらしねえなあ、さっさと起きろ! メシ冷めちまうぞ!」
息子の攻撃に力なく呻いた蔵人は、しぶしぶといった様子で布団の端から顔を覗かせた。
「おれさ……」
小声でなにかを言うから、聞き取ろうと身をかがめると、すばやく伸びてきた腕に掴まれて布団の中に引きずり込まれる。
「ぎゃー! やめっ、やめろ、ヒゲはやめろ……」
自分と同じくらいの体格の息子をはがいじめにして頬ずりするという嫌がらせをやってのけた蔵人は、さっぱりした表情で布団から出てきた。
小さな台所、小さなダイニング。小柄な親子が二人、パンケーキの山を前に向かい合って座る。あまり頻繁ではないが、近ごろはそれほど珍しくもない光景だった。
「予備校は?」
「休み」
父はコーヒー、息子は牛乳。これも最近の定番だ。
真っ白なコップを眺めながら、蔵人は呆れた顔で呟いた。
「あのなあ、もう成長期は終わってるんだぞ?」
「うるせえよ」
そんなことはわかっている。だが、世の中には奇跡というものがあるのだ。もしかしたらここで逆転するかもしれない。それに牛乳が身体にとって悪いことはない。
「オレは健康的に生きるの、だれかとちがって!」
父親の身長が伸びないのは、コーヒーなんか飲んでいるからだ。それとタバコ。この身長をどうしても遺伝だと思いたくない千明は、そう考えることにしていた。だから、高校時代はそれほど嫌いでもなかったコーヒーを今はほとんど飲んでいない。
「いや、志葉のお殿さまもコーヒーくらい飲むだろ」
「飲まないね。じいさんが飲ませないって言ってた。流ノ介もねえさんもコーヒーは好きじゃないって」
目ざす「背の高い侍」たちの名前を列挙すると、自分の言ったことも事実のような気がしてくるから不思議だ。
「ストイックだねえ、近ごろの侍は」
蔵人は肩をすくめてコーヒーをすする。
「侍かあ……」
窓の向こうの寒々しい曇り空にぼんやりと目をやる顔は、なにを考えているかわからない。父親が考えていることを推し量るのも面倒だったので、千明はウインナーをかじりながら言ってやった。
「自分だって侍のくせに」
「……………」
驚いたような顔でこちらを見るから、決まりが悪くなって牛乳を飲み干す。
「だって、オレの師匠だし。侍の師匠は侍じゃん?」
「そっか」
蔵人は照れくさそうに笑って、またコーヒーをすすった。
「おれも、侍かあ……」

幼い千明に侍の心得を教え込んだ蔵人もまた、幼いころから侍として育てられた。父の兄弟も、その従兄弟たちも。
谷家の男は皆、家系図の隅の分家に至るまで侍となるべく教育を受ける。流ノ介の家も同じで、その義務は家業とは関係ない。茉子とことはの家は、その役目が女に与えられたというだけのこと。
先代のシンケングリーンを、千明は知らない。父の従兄にあたるらしいとあとで聞いたが、父もほとんど会ったことはないという。
流ノ介もことはも、先代については名前程度しか知らなかった。先代の直系は茉子だけだった。肝心の丈瑠は志葉家の血縁ですらなくて……思えば、かなりの寄せ集めだったのだ。
千明はどちらかといえば分家の端のほうで、だからまさか出番がまわってくるなど思いもしなかった。きっと父もそう思っていただろう。だが丈瑠と同じ世代の男は、いつのまにか千明だけになっていた。
とんでもない貧乏くじを引いてしまったと気が滅入っていた千明を、息子に甘いはずの父親は厄介者でも追い払うように志葉の屋敷へむりやり送り出した。とても腹が立って、二度とここへは帰ってこないと勝手に決めた。それが一年ほど前の話だ。
今、千明は侍であることに密かな誇りを持っている。そして、自分を侍にしてくれた父をこっそり尊敬している。決して口にはできないことだが。
「ごちそーさまっ」
先に食べ終わった千明は、皿とコップを下げながら父に背を向けたままで呟く。
「なあ……店行く前に、稽古つき合ってくんねえ?」
父は小さな居酒屋をやっている。千明が子どものころからずっと。それが、千明といっしょに昼の時間を過ごすためだということを、千明はかなり大きくなってから知った。
「え……いいの?」
予想外の返事に驚いて蔵人をふり向いた。
「いいのって、おかしいだろそれ。稽古だよ? 遊びにいくんじゃねえし」
だが父はうれしそうな顔で残りの朝食をがっついている。窓を開けられただけで寒いと騒いで布団をかぶっていた男とは思えない。
「やるやる、パパがんばっちゃう!」
「パパとか言うなキモい」
憎まれ口を叩きながらも、千明は頬がゆるむのを抑えきれなかった。

団地裏にある河川敷が、谷親子の特訓場所だった。
遊びなのか特訓なのかわからないその時間が、幼い千明は大好きだった。母はいなかったけれどさびしいと思ったことはない。学校の勉強は大嫌いでも、昔の難しい本を父に読んでもらうのは楽しかった。
何時間でも、父は息子といっしょにいてくれた。夜は隣近所にあずけられたが、朝になると必ず自分の家にいて、隣には父が寝ていた。
しかし中学生にもなるとさすがに煩わしくなる。千明は家からも鍛錬からも逃げ出し、竹刀を手にすることすら少なくなっていた。ふり返ると、ずいぶん貴重な時間をむだにしたと悔しくなる。
「おおっ、ずいぶんと腕を上げたな?」
冴えないジャージ姿で「休日のお父さん」全開の蔵人が、千明の素振りを見てうれしそうな声を上げた。
「ったりまえだろ!」
答えながらも、千明は息を止めていた。蔵人が竹刀を構えたのだ。
今なら、その構えを見ただけでわかる。父の強さと凄みを。肌で感じられる文字力を。実戦経験は千明が格段に上だが、文字力の高さはまだ父に及ばない。
それがわかるだけで、鳥肌が立つほどうれしかった。自分は強くなったのだ。そして、まだまだ強くなれる。
戦いが終わったからといって千明が侍でなくなったわけではない。この先いつ目覚めるかもわからない外道衆の侵攻に備えて、いつでも丈瑠のもとに駆けつけられるように腕を磨いておかなければならない。
そして自分と同じように志葉家を支える、次代を育てること。それが侍の生涯に課されたほんとうの使命なのだと、千明は早くも気づきはじめていた。他でもない、父がそうしたように。
そのためにはもっと強くならなければならない。父と同じくらい、父よりも強く、そして丈瑠を追い越すほどに。
主である丈瑠の顔を思い出す。
流ノ介やことはのようには仕えられないけれど、千明なりに主だと思っている彼の顔を。厳しい仏頂面が、別れるときにはとても優しくなっていた。
千明が強くなればなるほど、丈瑠はもっと前に進んでいるだろう。丈瑠を追い越すためには、彼の何倍も鍛錬を積まなければ。そして次の機会には必ず丈瑠を護る。それが自分たちの世代でなくとも。
「どうした、来い!」
千明はゆるみそうになる口元を引きしめ、竹刀を握りなおした。
「シンケングリーン、谷千明! 参る!」

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