【SS】ビルド「残り香」

いろいろ思うところあってピクブラじゃなくてサイトでやることにしました。
SSはここに上げていきます。マンガとイラストはアルカリ日記で出します。たまったらコンテンツにまとめます。これがベストかはわからないけどしばらく試してみます。
元作品を知らない人に二次創作を読まれるのはあまり好きではないので、ジャンル外の方はスルーしてください。


13話を踏まえた、戦兎くんの回想です。
エロはないけどナチュラルにいちゃっとしてます。
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残り香
その香りがしなくなったのは、いつからだったのだろう。
ふと気になって美空に問いかける。
「マスターさ、いつ香水つけるのやめたの?」
しかし彼の娘は首をかしげただけだった。
「さあ……ていうか、毎日はつけてなくない?」
「いや、毎日つけてた、はず」
あの帽子とサングラスとセットで認識していたから、おそらくは毎日だった、と思う。美空は浄化装置に入っていたり一日眠っていたりするから、父親と数日顔を合わせないこともある。一方の戦兎は彼の部屋に行くことも少なくなくて、娘よりは近い距離でそれを感じていた。慣れきった鼻は「香りがなくなる」ことには鈍感で、いつからそれがなくなったのか全く思い出せない。
横で聞いていた万丈が口を挟んできた。
「ここに来て香水の匂いなんかしたことねえけどな。だいたい香水ってキザすぎんだろ……」
「大人の身だしなみもわかんないバカは黙ってろよ……ん? 犬並みのおまえが気づかないってことは、その前か?」
「だれが犬だコラ」
うるさいよその騒がしいとことか頭の中身とか全部だよ、嗅覚も犬みたいなもんだろ、と適当にあしらいながら、店に上がる。
アルバイトに出かけている本人はいなくて、もちろん残り香もなくて。前は出かけた直後に少しだけ、このあたりに残っているときもあったのに。そんなことを思いながらシンクの前に立つ。
「好きだったのに、あの香り」
帰ってきたら理由を訊いてみよう。そう考えるそばから、万丈が駆け上がってきてスマッシュがどうのと騒ぐから、二人で飛び出していってそれっきり、香りのことなど忘れてしまった。
「それ、なに?」
彼の持つ小瓶に目を留めたのは、なんだか薬品のようでおもしろそうだと思ったからで、香水と聞かされて一気に興味を失った。たしかにこの男からは、不快でない程度の人工的な香りがするとは思っていたが。
「そんなんつけて意味あんのかよ。べつに美人のお姉さんが店に来るわけでもないのにさ」
立派なカフェでほぼ毎日開店しているが、美人でもそうでなくても、客自体見たことがない。バイト先にはそういう客も来るのだろうか。
「どういうイメージ持ってんだ……俺はこの香りが好きなんだよ。アガるっていうの?」
「へえ」
貸して、と手を出せば、おまえもつけるか?と愉快そうに手渡される。戦兎は無造作に、自分の顏に向けて吹きかけた。
「くっさ!」
「あたりまえだ! そうやって使うやつがあるか!」
せき込みながら窓を開けて二人でばたばたとあおいで、やっと鼻の周囲の空気が正常に戻った。
苦笑しながら戦兎の手を取った彼は、細い手首にそっと香りの霧を吹きかける。
「ほら、こうして……」
戦兎は自分の手首を嗅いでみたが、なんとなく彼の香りとはちがうような気がする。首をかしげながら、相手の肩口に鼻を寄せた。
「……うん、やっぱこれ」
意識することもほとんどなくなったが、この香りを感じているシチュエーションのせいか、安らぐと同時になんだかふわふわした、浮ついた気分にもなる。
「マスターがつけてれば、それでいいよ」
そう言うと彼はくすくすと笑う。
「そうだな、おまえにはまだ早いか」
「そういうんじゃなくて」
これは彼の香りだから。この香りが感じられる距離にいれば、彼が守ってくれる……漠然と、そんな認識をいつの間にか戦兎は持っていた。
彼の首筋に鼻をこすりつける。
「俺、この匂い好き」
ボトルに閉じ込められている段階のそれではなくて、彼がまとっている状態の。
「そりゃどうも」
くすぐったそうに笑って、大きな手が戦兎の頭を撫でた。
スタークとの戦いを終えて帰る道すがら、万丈が緊張感のない声で呟く。
「腹へったな……」
いつもなら応じてやらないこともないが、今はあいにくそんな気分にはなれない。大事な荷物も抱えているし、ラーメンでも食って帰るか!なんていう状況でもない。
「おい、どうしたんだよ」
戦兎の苦悩も真実も知らず覗き込んでくる万丈の顔を、思わず見返す。
そうだ。万丈と出会ったとき……戦兎が万丈の冤罪を晴らすと決めたとき。居候が増えたあの日からだ。
戦兎は万丈と過ごすことが増え、彼は「バイト」の時間を増やし、二人の時間は少なくなった。少しずつ、戦兎の日常が彼から万丈に置き換わっていった。だから気づけなかったのかもしれない。その香りが生活の中から消えたことに。
「……残り香で、正体わかっちゃうもんな」
拳を交える距離ならば、きっと感じられただろうから。
万丈から目をそらし、また歩きはじめる。
「なんか言ったか?」
パズルのピースがどんどんはまっていく。正解に近づいている手応えはあるが、いつものようにわき目もふらず追いかけていく気にはなれない。
好きだったのに。
もう、どんな香りかも忘れかけていた。
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昨日テンションだけで書いたやつ。
次回楽しみすぎて一週間生きのびられるか不安。
同じ状況の人は感想くれたらうれしいです(笑)

特撮R17_ビルド

Posted by nickel