【SS】一海と幻徳(ビルド)
◆フェニックス「永遠」「飛び込む」「太陽」
謎時空です。新世界だろうね。ポテトを食うヒゲ。ほんとうにただそれだけの話。
*
幻徳は腰を叩きながら空を見上げる。
太陽は傾きかけているが、夕方というにはまだ早い。まだ初夏だというのに、今日に限って日差しはじりじりと肌を焦がしてくる。
軍手で汗を拭うと、ざらりとした感触で顔に土がついたのがわかった。
せっかくの休日に自分はなぜ腰を曲げて雑草をむしっているのか。家庭菜園とは聞いているものの、かなり広い。表の畑は農場のメンバーが収穫作業中、おまえは裏の畑の担当な、と丸投げされたが、これほど重労働とは思わなかった。
「おうヒゲ、水分とってるか」
永遠に続く苦行かと思われたが、無責任な声がきしむ背中に投げられる。
「当然だ、それより……」
労働に対する苦情を言おうとした立ち上がったところで、勝手口に立つ男は平気な顔で幻徳を呼んだ。
「休憩だ。中入れ」
「……………」
汗を拭うのもそこそこに、薄暗い屋内へ飛び込む。
「お疲れ」
さっぱりした労いの言葉とともに広い台所の調理台に置かれた麦茶のグラスを、一気に飲み干す。それからそこにあった高い踏み台をスツール代わりにして腰かけた。
古めの日本家屋といえば高級料亭か元大名屋敷程度しか知らなかった幻徳には、なにもかもが新鮮な場所だ。腹の奥底に淀む自責の念も手伝ってか、幾度か訪ねるうちになぜか農作業をするはめになっていた。猿渡ファームの若きオーナーにうまく利用されているだけかもしれないが。
それにしても、だれもいないのはどういうことか。
「他の連中はさっき時間差で休んだから」
たしかに、表からはトラクターの音が聞こえる。屋内もやけに冷房が効いているのは、さっきまで皆が涼んでいたからだろう。自分が一人で黙々と草むしりをしているあいだ、皆で楽しく和んでいたということだ。声をかけてくれてもよかったのではないか。
しかし、先ほどからなにか甘い香りがするし、彼の背後のオーブンも動いているようだ。なにか自分にだけ特別な労いがあるのかもしれない……。
「まあ、これでも食え」
麦茶の瓶の横に出された皿を見やって、つい二度見した。
湯気の立つじゃがいもがごろりと、皮付きのままそこにあった。
「……おい、これはなんの嫌がらせだ」
幻徳の言葉に、一海は眉を寄せてふり返る。
「は? 食わねえのか? それとも食い方知らねえのか?」
あれだけ働かせておいて、芋でもかじってろとはどういう了見か。
「どう見ても嫌がらせだろう!」
勢いで言い返してしまったが、一海の表情が険悪になったのを見てなにかまちがえたかと不安になる。
「言ったな?」
手にしていたテーブルナイフをまっすぐ突きつけられ、なにも言えなくなった。
「てめえに真のポテトを食わせてやるよ」
芋にシンもなにもないだろうと思っていると、一海はそのナイフで皿のじゃがいもを厚めにスライスし、その上に黄色いバターの塊を置いた。通常のパンケーキに乗っているバターの、軽く4倍はある。その量のバターがあっという間に溶けて、熱いじゃがいもにしみ込んでいくのを、幻徳は息を飲んで見つめていた。
フォークが差し出される。
「食ってみな、トぶぜ?」
「非合法に聞こえる言い方はよせ」
涼しい台所の調理台で、熱々のじゃがいも一個を調理台で食べさせられるこの状況はなんだろう。とは思いながらも手を出さずにはいられない。
「あっつ……」
「ゆっくりでいいぞ」
こんな気温の高い日にとは思ったが、たしかに文句を言う隙もないほど美味かった。溶けたバターの塩分も、汗だくの体が求めていたのだと感じた。
「……なるほど」
腕組みをしてふんぞり返った一海が、芋を平らげる幻徳をにやにやと見ている。
「都会じゃ、こういう味にはなかなか出会えねえだろ」
「バカにするな」
とはいえ、足りないものを補ったような心持ちではある。冷たい麦茶を飲みながら、しみじみと満足のため息をついた。この男となにか話をするつもりだった気もするが、どうでもよくなっていた。
「……ところで、甘いものはないのか」
「ああ? 黒飴でも舐めとけ」
渋い菓子鉢を叩きつけるように置かれ、仕方なくそれに手を伸ばす。嫌いではないが、個人的にはもう少し洗練された甘味が好みだ。この田舎では望むべくもないが……。
などと考えていると、一海がオーブンを開け、一瞬こちらまで熱気が流れてきた。
彼が取り出したのは、ずらりと並ぶ艶やかな黄金のスイートポテト。
「おお……」
甘党の幻徳が身を乗り出したをの見て、一海は愉快そうに口角を上げる。
「こいつはディナーのあとだ。楽しみに待ってろ」
「なにがディナーだ」
農場の従業員といっしょに食卓を囲んで大皿料理をつつく、大味な夕飯ではないか。
しかし自分が生き返ったような顔をしていることに、幻徳は気づいていなかった。
*
猿渡ファームと葛城母の所在地を全く気にせず生きてきたとは…壁越えて行けるんだから内地ですよね。