【SS】ビルド「真夜中」
ニッカリの残念な会話シリーズ。
まだあきらめてはいないですけどね……
完成形を愛でるのは当然楽しいのですが、できあがっていく過程が最も楽しい場合もあるわけで。
最初っからできあがってるバディっていうのもそれはそれでいいものなんですけど、やっぱり一筋縄ではいかない二人が「いろいろあって」離れられない関係になっていく過程こそが一番燃えると思うんですよ。ずーっと自覚はないままで気がついたらそういう関係になってた、みたいなのが理想なんですよ。
だからまだ戦兎と万丈はくっつけない。お互いがどういう存在かっていうのはまだ確定してないですからね。待つよ、その時が来るまで半年でも一年でも待つよ……
14話後、戦兎と万丈の話です。
中身は戦マス。
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真夜中
体力勝負には慣れているつもりだったが、クローズへの変身は今までにないくらい消耗させられる。
口にこそ出さなかったものの帰ってくるのもやっとだった万丈は、ちょうど空いていたベッドに倒れ込んだ。
戦兎は浄化装置の前で機嫌の悪い美空をなだめすかしていて、しばらくかかりそうだ。このぶんなら、自分がここで寝てもかまわないだろう……と思いながら夢の世界へダイブしようとしたところで、腰に蹴りが入った。
「なに一人で先寝てんだよ、どけよ」
気づくと美空は装置に押し込まれたあとのようで、美空の不機嫌を引き受けたような顔の戦兎が見下ろしている。
言われるままに動くのも癪で、枕を引き寄せて自分の領地であることをあらためて主張してみせた。見たところ戦兎はまだ体力が余っていそうだから、床で寝たって問題ないはずだ。それに。
「さっきのやつ、俺が倒したじゃねえか……」
ボトル回収の功労者は自分だと言いたかったのだが、戦兎は小馬鹿にした笑いで鼻を鳴らす。
「作戦立てたのは俺だ。つまり俺が倒したのと同じだ」
「なんだよその理屈……」
「オラオラどけどけ」
ぞんざいな口調でむりやり万丈を押しのけようとするからこっちも相手を押し出そうとし、しばらく押し合いへし合いの攻防が繰り広げられた。
結局、戦兎が先に「時間と体力の浪費だ」とあきらめ、しかし椅子に移るわけでもなく万丈の横に体をねじ込んできてここで寝ることに決めてしまったので、疲れていた万丈もそれ以上は面倒になってそのまま意識を手放した。
闇の中、だれかがすすり泣いている。
見渡せばそこは墓場だ。夏でもないのにやたらと蒸し暑い。墓石の向こうには火の玉が飛んでいて、なんだかドロドロとそれらしい音も聞こえる。とすると、この泣き声は……
ふり向くと、女がうずくまっていた。白い着物はぐっしょりと濡れている。気味の悪い嗚咽は、まちがいなく女から洩れていた。女は自分の両手に顔をうずめ、訴えるように、詰るように、恨めしく呟いている。
「ねえ、なんで……」
絶対ろくな展開にはならないとわかっていても、声をかけずにはいられない。そういうシチュエーションだからだ。
「おいあんた、どうしたんだよ」
万丈に気づいた女は、ゆっくりと顔を上げ……
「……!!」
悲鳴を上げる直前に目が覚めた。
シャツが汗だくで気持ち悪い。冷や汗もあるだろうが、すぐ隣、寝返りも打てないほどの幅にもう一人寝ているのだから暑いのはあたりまえだ。万丈は苛々とシャツを脱いで床へ放り投げる。
それにしてもひどい夢だった。
ずっと聞こえてくるすすり泣きが悪い。寝ている万丈の頭の横で、今もずっと……
「……おまえかよ」
寝苦しいのも夢見が悪いのも全部戦兎のせいだとわかって、本気でベッドから叩き出してやろうと考える。
だがその直前にふと気づいた。
なんでこいつは、寝ながら泣いている?
こちらに背を向けた戦兎は、美空のぬいぐるみを抱き枕にうずくまっていて顔は見えない。まるでさっきの幽霊だ。
「マスタ……」
ぬいぐるみの下から聞こえてきた言葉に、息をのんだ。
「なんでだよ……なんで……」
戦兎の寝言はいつも明瞭だ。時々難解な定理だか数式だかを念仏みたいにぶつぶつ呟いていることもある。起きている時よりよほど冷静で理知的な声で。うるさいと思う反面、妙に感心したりすることもあるのだが。
子供のように甘えた声で泣きじゃくるなど聞いたことがない。
「くそ……っ」
思わず口の中で悪態をついていた。こんな姿、見たくもなかったし、見せたくもないだろう。
彼は死んだ……戦兎はそう宣言した。過去は消せないから、自分の未来から彼を消すしかないのだ。戦兎の未来にあの男はいない。
そのはずだった。
「ぜんぜんじゃねえか……」
苦々しく呟いて、ため息をつく。
万丈に聞かれているとも知らず、戦兎は夢の中にいるであろう男に訴えている。
「早くコーヒー淹れろよ、飲んでやるから……」
殺人的に不味いコーヒーを、文句を言いながらも平然と口にできるのはそういえば戦兎だけだった。あの最悪な味でさえ、戦兎にとってはあの男との大切なつながりだったとしたら、あんな別れ方で吹っ切れるはずもない。
過去を持たない戦兎に、あの男がどれほど大きい存在だったのか、万丈には想像もつかなかった。
自分なら、真実を聞かされた時点で本人に食ってかかっていただろう。それをせず冷静に作戦を立てたのは慎重とも言えるが、最後まで認めたくなかったからだと今ならわかる。
「天才が聞いて呆れるぜ……」
思い返せば怪しい部分も、それを追及できる機会もあった。なのに戦兎は向き合おうとしなかった。
ここにいるのは正義の味方でも天才物理学者でもない。親離れできていないただの迷子だ。
だが、今の戦兎を嘲笑う気にはどうしてもなれなかった。
「……さむっ」
汗が冷えたのかぞくりと寒気が走り、足元に蹴り出していた掛け布団をあわてて引き寄せる。
戦兎と同じく相手に背を向け、耳をふさいで目を閉じた。
また墓場の女に会わないようにと願いながら。
女には会わなかったがバリエーション豊かな悪夢で幾度も目を覚まし、やっとうとうとしかけたころ。
電子レンジが不具合を起こしたような音に起こされる。
「できた!?」
隣に寝ていた男が勢いよく飛び起きて、万丈もマットレスの上で跳ねた。
起き抜けとは思えない奇声を上げながら、戦兎は装置に駆け寄っていく。自分よりよほど野生のサルに近いと、いつもサル呼ばわりされる万丈は目を開けずに思った。
とにかくこれでやっとベッドを占拠できる……と寝返りを打った瞬間。
「疲れたし! 眠いし! 万丈ジャマだし!」
最後のフレーズとともにベッドの下へ容赦なく払い落とされる。
痛みに呻きながら起き上がったときには、ベッドは美空に強奪されていた。こうなるとさすがに手出しはできない。
「なんなんだよどいつもこいつも……」
窮屈な姿勢で寝ていたせいか、硬い床に転がされたせいか、全身が痛い。こわばった体をほぐしながら戦兎を覗きにいくと、彼は新しいボトルを握りしめ、ボードの前で新しい発明を考えはじめていた。
テンションのままに元気よく跳ねた髪も、いきいきというよりうきうきとした表情も、悩みなど全くなさそうだ。
「なあ、おまえ……」
真夜中の涙は、自分の夢だったのだろうか。事実だったとして戦兎は覚えているのだろうか。
「ん?」
頭を掻きながら言いよどんだ末に、「なぁに?」とわざとらしいほどすっとぼけた顔でこちらを見返してくる男から目を逸らす。
「……や、なんでもねえ」
「まだ寝ぼけてんのか、町内3周くらい走ってこいよ筋肉バカ」
いつもどおりの無遠慮な軽口に、寝不足でとても機嫌がいいとはいえない頭が沸騰する。
「うっせえ! てめえの寝言がうるさくてちゃんと寝てねえんだよ!」
思わず事実を口にして、すぐに後悔したが。
戦兎は涼しい顔でボードに向かったまま、平然と返してくる。
「おまえだっていつも『うーんムニャムニャもう食べられないよ~』とか言ってるよ?」
「だれがそんなベタな寝言吐くか!」
心配するだけ損だった。
朝食でも取ってこようかと彼に背を向けると、声をかけられる。
「万丈」
妙にまじめな声に思わずふり返ったが、戦兎はあいかわらずボードの落書きを睨んでいた。
「寝ぐせついてんぞ」
「おまえには言われたくねえよ!」
軽やかに跳ねている戦兎の髪に向かって怒鳴る。美空が不機嫌な唸り声を上げ、普段どおりの一日が始まった。
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ナチュラルに万丈って書いてたけど、龍我のほうがいいのかな?
でも龍我って呼ぶのかすみさんだけだしな……